• 締切済み

勉強をする意味がわからなくなってきました

例えば東大卒の人が「毎日毎日十何時間も勉強した」なんて記事を読んで、何のためにそんなに勉強するのでしょうか。 私は高い目標をあまり持ったことが無いというか、「普通でいいや」「現状の生活でいい」と思ってしまうので、余計に何をそんなに勉強しろ勉強しろと言うのかわかりません 例えば勉強頑張って偏差値高い学校に入れたり有名企業に就職できる可能性は高くなるでしょうが、それが幸せなのかと思うと疑問です

みんなの回答

noname#258718
noname#258718
回答No.24

 勉強とは、”強くなることに、勉める”です! https://kotobank.jp/word/%E5%8B%89%E5%BC%B7-626150    学問は、勉強とは、別物と考えた方がいいです。 但し、その方面で、強くなってやろう、と思ったら、それは、勉強でしょう。「数学に強くなる!」とか。

  • tnwhern
  • ベストアンサー率28% (77/272)
回答No.23

質問者さんが野球が得意でその関係の才能があると認められるような状況ならば、フツーに一生懸命に練習をして甲子園なりプロ野球なり大リーグを目指しますよね? 質問者さんがサッカーが得意でその関係の才能があると認められるような状況ならば、フツーに一生懸命に練習をして全国選手権なりJリーグなり海外リーグなりを目指しますよね? それの勉強ヴァージョンみたいなもんですよ。

  • Brian12
  • ベストアンサー率26% (206/788)
回答No.22

意味がわからなければ、自分で調べましょう。 人の意見をいくら聞いても意味がありません。 無論、感ずる意見もあるでしょう。 しかし、自分で納得する答えを見出すのが良いと思います。 いずれにせよ、勉強しろと言われてするのでは勉強になりませんよ。 自らの意思で行動するところに結果がついてくる。 幸せはなろうと思ってなれるものではない。 結果として、幸せを感ずるものでしょう。 笑顔で朗らかに積極的楽天的にいきましょう。(中村天風)

回答No.21

まあ、これだけ回答がついているので、 同じことを言っている人が居るであろうとは思いますが、 重複していても、敢えて記載いたします。 「勉強は好きになってやるもの」 何のためではなく、勉強をするためにやるもの。 これが、勉強をする真髄です。 成果はおまけです。

noname#258718
noname#258718
回答No.20

No.10ですが、URLで示した『合格体験記集』  昭和の頃とは、別物になっているようです。(受験産業寄り。儲け主義=儲かれば、何でもあり)  そもそも、勉強とは? やりたいことをやった方がいいかと思います。 (「勉強しろ」と言う方々、自分は、勉強していないことが、ほとんどです。 本当に、勉強した方々は、「勉強しろ」とは言いません。「勉強すると、こんなに楽しい。単に、楽しいから、やっているだけ」など。 勉強がやりたくて、やっているだけ=やりたいことが、勉強)  勉強と言っても、実際には、多岐多様で、今度の一万円札の肖像画の方は『論語(中国古典)』で、有名なお方です。 (ところが、中国古典は、大学入試では、まず、出ません 笑)    何かのプロにでもなるのでなければ、通常は、充実した生活(人生)を送ることが、勉強の目的かと。(多分・・・・

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1498/3648)
回答No.19

回答者がこどものころ、NHKで放送していた「ひょっこりひょうたん島」という人形劇のなかの「勉強なさい」という歌が子どもたちに大人気でした。 「男らしい男 女らしい女 人間らしい人間」になるために「勉強なさい」という「サンデー先生」と「えらくなるために お金持ちになるために」「人にほめられるために お気に入りになるために」「そんなの聞きあきた」と反論する子どもたち(「博士」)との主張は最後まで平行線で、歌の最後が子どもたちの「そんなの聞きあきた」で終わるところも秀逸でした。大人の「社会のタテマエ論」と子どもの「世間のホンネ」とのすれ違いをユーモラスに描いていたと思います。 >例えば勉強頑張って偏差値高い学校に入れたり有名企業に就職できる可能性は高くなるでしょうが、それが幸せなのかと思うと疑問です。 それは、その人の考え方次第ですが、勉強を「偏差値高い学校に入れたり有名企業に就職できる可能性」を高める手段とだけ考えるのは疑問です。単純に「勉強好き」の人もいるからです。さほどうまくないのに朝から晩までスポーツの練習をしたり、プロを目指しているわけでもないのに1日中音楽に打ち込む人がいるのと同様です。また最初は「手段」としか考えていなかったが、そのうちに勉強そのものが「目的」になってしまう人もいるでしょう。 さらに、「勉強好き」というより「競争好き」というべき人もいます。他人に負けるのが大嫌いで、将来の進路を考えてではなく「その大学で最難関の学部・学科を目指す」ような人です。 また「幸せ」については具体的な個人の環境によるところが大きいので、もちろん「偏差値の高い学校」や「有名企業」が必ずしも幸せにつながるとは言えませんが、世間の多くの人(特に子どもの親)はその逆よりは良かろうと考えているのでしょう。かくして、「ひょうたん島」の放送開始から60年近くたった今でも、「勉強なさい」「そんなの聞きあきた」が繰り返されることになります。 余談ですが、大学の寮に住んでいた時のこと、寮に住む友人の「合格体験記」が某受験生向け雑誌に掲載されました。1日十数時間も勉強したと書いているので、「本当にそんなに頑張れたのか」と聞けば、「できるわけないだろう、でも少し大げさに書かないと面白くもなんともないだろう」という返事でした。すべての合格体験記がいい加減だとは思いませんが、「話を盛っている」可能性はあり、すべて真に受けるのは考えものでしょう。

  • habataki6
  • ベストアンサー率12% (1182/9781)
回答No.18

とても簡単、日本は学歴社会です、つまり何もしないで 椅子に座り、のんびりとする学歴が有る人と、学歴 無く、必死に頑張って汗流す人は、どちらが優秀かと いえば、学歴が有る人が評価されるのが現実です、な ぜなら椅子に座る事で、監督しているよねと、見なさ れます、つまり印鑑押して物事を判断するだけです。 <何のためにそんなに勉強するのでしょうか。 給料が高く優遇されます、頭悪いと門前払い という事です、つまり社会から相手にされ ません。

  • KGS
  • ベストアンサー率24% (1324/5321)
回答No.17

日本は学歴社会で、偏差値の高い学校も有名企業も入るためには試験があります。 競争という名の戦争だと考えていいでしょう。 学歴というのは、一生付いて回るものであって身を守る武器であり防弾スーツなのです。 受験もそうですが、就職はもちろん仕事で成果を上げて昇進していくには勉強が必要であり、他人を蹴落とすことなど日常茶飯事です。 一部の天才を除いて、普通や現状を維持するのは並大抵の努力ではできません。 普通の人が必死に勉強し、仕事してトップを目標に目指した結果が「普通」であり「現状の生活の維持」というのが現実です。 「2位じゃダメなんですか?」と言った政治家がいました。 この発言の何がいけないのでしょうか? 必死で努力した結果が2位だったなら良いでしょう。 その結果が「普通」という状態です。 でも、2位というのは敗者なのです。 1位以外はすべて敗者であり、2位を目指すというのは敗者を目指すということです。 何を持って幸せとするのかは個人の考え方もあるでしょうが、少なくとも偏差値の高い学校に入れない、有名企業に就職できない人より入れる、就職できる人の方が自分の希望する人生選択の自由度ははるかに大きいです。 私は年金を貰うような年齢になりました。 もし、もう一度過去にさかのぼって人生のやり直しができるのなら中学生くらいに戻って、今度こそ必死で勉強し有名企業に就職するでしょう。 それが自分の考える「幸せ」に確実に近づける方法であることを経験的に知っているからです。

  • ALFa8C
  • ベストアンサー率26% (315/1187)
回答No.16

達成感かな!? オリンピック選手だって毎日練習して答えなんかないし… 登山とかと一緒 日数はちがうけど

回答No.15

勉強を、手段でする(偏差値の高い大学に行って大企業に就職する)か、目的(興味のある学科を教えてくれるところで更に研究したい)でするかによります。 また、勉強は選択肢の一つにすぎません。高校を卒業して、就職したり。専門学校に行ったりすることなども選択肢です。 自分なりに目標を定めることが大切です。そのためには、学校の先生や先輩と話をしてみてください。

関連するQ&A