米ソは、機動部隊の単冠湾出撃を知っていた?
アメリカとソ連は、日本海軍のハワイ作戦空母部隊の単冠湾出撃情報を掴んでいたのでしょうか。
(以下、いずれも日本時間)
【A】昭和16(1941)年11月26日午前6:00、択捉島の単冠湾に集結していた日本海軍機動部隊(ハワイ作戦空母部隊。総指揮官は南雲忠一中将)が単冠湾を出撃しました。(大本営から、日米交渉が妥結したらハワイ作戦を中止して内地へ帰投せよと命令されていたから、「出撃」とは言えないかも知れないが。)
【B】11月27日午前6:45、米国ワシントンで、コーデル・ハル国務長官が野村吉三郎大使と来栖三郎補助大使に、米国側の条件を記した文書(いわゆる『ハル・ノート』)を手交した。
1。ハル四原則の無条件承認
2。支那・仏印よりの軍・警察の全面撤退
3。日独伊三国同盟の死文化
4。重慶政権以外の政権の否認
これらの内容は、それまでの日米交渉のプロセスを無視した強硬なものであり、米国側には交渉を纏める意志がないと見受けられた。
【C】同日、モスクワに迫っていたドイツ軍に対して、ソ連軍の猛反撃が開始された。(ソ連は事前に、日本軍に備えて満州国境に配備していた兵力の半分を西部へ移動させていた。)
以上の三つの出来事は、密接な関連があるように思えてなりません。アメリカとソ連が日本の機動部隊の単冠湾出撃情報をいち早く掴んでおり(多分、日本の暗号無線を傍受、解読して)、日米交渉を決裂させるために、日本が拒絶する事が確実な強硬な条件を突き付けた。つまり、日本を開戦に追い込んだ。(交渉が妥結した場合は、日本がハワイ作戦を中止することさえも知っていた)
ソ連は、日米が開戦すれば東部(満州方面)の安全が保障されるから(日本が米ソ両国を相手に、同時に二正面作戦を開始することは不可能だから)、安心して対ドイツ戦に専念できる。ということで、ドイツ軍に猛反撃を開始したように思えます。
アメリカとソ連が、日本海軍のハワイ作戦空母部隊の単冠湾出撃情報を掴んでいたという私の仮説は間違っているでしょうか。
ちなみに、私は、日本の政府または統帥部の中に最高軍事機密をアメリカまたはソ連に売り渡した者がいるのでないかと疑っています。宮中(昭和天皇の周辺)さえ怪しいです。
お礼
主語がない言葉は意味が不明です。
補足
質問に答えていない。というか、回避している。 もうあなたの意見は聞きたくありません。