東武東上線が小川町で区切られたのはいつから?
こんにちは、ghq7xyです。東武東上線のファンですが、気になることがあります。今回はマニアックな質問ですが、宜しくお願いします。
私が今はなき祖父に連れてってもらって東武東上線に初めて乗ったのは私が小学生の時のことですから、16,7年も前のことですが、このころは池袋~寄居間を直通して運転していて、池袋から乗換えなしで寄居まで行けたような記憶があります。確か、祖父と乗った当時の列車の種別は準急だった、と記憶しています。
しかし、今は寄居行きとして、直通している電車は土休日の一部の特急電車を除き、全てが小川町止まりですね。東武竹沢から先へ行くには小川町で寄居行きに乗り換える形ですね。なにか不便な気がしますが。
そこでお聞きしたいのは、いつ頃から、現在のように小川町で区切る形になったのでしょうか。池袋発着の電車は10両編成が基本ですから、10両編成に対応しているのが小川町までなので、小川町で区切るのは分かるのですけれども。でも、それなら小川町で下りなら切り離し、上りなら増結する形でやっていったらいいかとも思うのですが、無理なのでしょうか。
東上線に詳しい方、お願いします。