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女工哀史の時代。
女工哀史という言葉をきいたことがありますし、あゝ野麦峠という映画も見ました。 あの少女たちは将来どんな人生を送られたのですか。 一定の契約期間を設けて働き、その後は実家に帰るのですか。それとも親が望めば帰れるのですか。または転職とか結婚を機に辞めるのですか。(そんな機会を待つ余裕もなさそうですが) なんにも機会がなかったら大人になってもそこで働いたのですか。
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何年か働く人もいたみたいで場所にもよるのでしょうが 入って最初の1年は10円2年目は25円3年目は45円8年目には95円と昇給はしていったみたいです。 賞与として1円~5円とちょっとですが貰っていたみたいで 1年働いて100円もらえる人は優秀だったらしいです。 ちなみに100円あったら家が建つというくらいの価値です。 長時間低賃金で苦しいというのは若干いたみたいですが それでも家の仕事をしているよりかは楽だったとインタビューで答えているみたいです(家に居たらもっと長時間低賃金)
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- tzd78886
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「女工哀史」というのは、集団生活のため結核に感染した若い女工が帰されて亡くなったことを「悲劇のヒロイン」として描いたものでしょう。確かにそういう例は少なくは無かったようですが、女工に限らずそれはいたるところであったことなのです。それまでほとんど海外と交流が無かった日本に明治維新以降欧米人が流入するようになり、それまで免疫が無かった日本人はひとたまりもなく、若い人ほど感染することが多かったからです。
お礼
ありがとうございました。結核に関しては製糸工場に限ったことではなかったようですね。 滝廉太郎、石川啄木、樋口一葉、正岡子規、太宰治などは特に有名ですし、日本中の人が苦しんだことでしたね。
- y-y-y
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「ああ野麦峠」という映画は、NHK大河ドラマドラマと同じく、有る事、無い事や、事実と違う事など入れて、観客受けするように、脚色されています。 私は、映画「ああ野麦峠」の工場群のあった、長野県の標高758mの諏訪湖周辺に住んでいます。 当時の女工さんは、地元の人と結婚して亡くなった人もいて、その孫・ひ孫も何人かいますが、その孫・ひ孫は、女工さんだったおばあさんたちから、映画「ああ野麦峠」の様な悲惨な事は聞いたことがないとのことです。 むしろ、親元と離れているから大事にして貰ったり、寮の生活や、町へ遊び・娯楽に出かけて楽しかったらしいです。 女工たちは、工場内の私設の学校で読み書きそろばんや、裁縫などの教育を受けたり、盆正月などの親元へ帰郷するときは、給料や、お土産をたくさん持たせて返したそうです。 だから、盆正月が終わって戻るときは、話を聞いた女工希望がたくさん来たそうです。 事実でないことを、さも事実の様な「ドキュメンタリー」だとか、記録映画だとか、思わない様にしましょう。 ドキュメンタリー とは https://www.google.co.jp/search?sxsrf=ALeKk01odARcnpXS0DiP5VIIt0POXm_kEA%3A1593168608968&ei=4NL1XqXcOpvrwQPnxp-gAw&q=%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%80%80%E3%81%A8%E3%81%AF&oq=%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%80%80%E3%81%A8%E3%81%AF&gs_lcp=CgZwc3ktYWIQAzIKCAAQsQMQRhD5ATIECAAQHjIECAAQHjIGCAAQBRAeOgQIABBHOgIIADoFCAAQiwM6BAgAEARQ76IGWMqrBmCNtwZoAHABeACAAYoBiAHWApIBAzEuMpgBAKABAaoBB2d3cy13aXq4AQI&sclient=psy- ---------------------- 群馬県の世界遺産 の富岡製糸場は、前述の長野県の標高758mの諏訪湖周辺での女工さんがいた企業の一つが建設した建物です。 女工さんたちの生糸の技術は、 どちらも同じくらいの技術で、富岡製糸場工機械類は、諏訪湖周辺の岡谷市の企業が開発の国産の機器もいくつかあります。 諏訪湖周辺の岡谷市には、岡谷蚕糸博物館「シルク ファクト おかや」があり、博物館の中では実際に生糸を取っていますから、観光に来てください。 https://www.google.co.jp/search?sxsrf=ALeKk00fAI7Bdd1wskevDHwM9oI3Yd7WZA%3A1593167989452&source=hp&ei=ddD1XtCvGY31wAOOsreoDg&q=%E5%B2%A1%E8%B0%B7%E8%9A%95%E7%B3%B8%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8+%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%AF%E3%83%88%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%84&oq=%E5%B2%A1%E8%B0%B7%E8%9A%95%E7%B3%B8%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%AF%E3%83%88%E5%B2%A1%E8%B0%B7&gs_lcp=CgZwc3ktYWIQARgAMgYIABAEECUyBggAEAQQHjIECAAQHjoHCCMQ6gIQJzoECCMQJzoHCAAQsQMQBDoFCAAQgwE6BwgAEIMBEAQ6AggAOgQIABAEOgQIABBDOgUIABDNAlDMG1jetwFgvtEBaAJwAHgAgAHgAYgBxhaSAQYyMS43LjGYAQCgAQGqAQdnd3Mtd2l6sAEK&sclient=psy-ab
お礼
ありがとうございました。イメージを変えます。
お礼
ありがとうございました。哀史という表現は誤りですね。