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モンゴル力士はチンギス・ハーンの末裔だよ

日本相撲協会や横綱審議会の狭量さと自分本位な考え方にはホトホト呆れる。 外国力士を入れて、日本の力士のように振舞えと要求する。彼らの振る舞いが受け入れられないなら、外国から力士を入れなければいいだろう。100%純日本力士だけでやればいいのだ。 彼らは、嘗て世界を制覇したモンゴル帝国の末裔であることを日本人は忘れている。サラセン帝国も地球の半分以上を制覇した。両民族に共通するのは、自己中心性と性格の荒っぽさである。私は実際に彼らに接した経験があるのでそれが分かる。今尚、嘗ての時代の民族性を維持している。 それを、狭い島国で農業だけをやって来た農耕民族の日本人に合わせろと要求することにムリがある。私の見聞では日本人が世界一大人しい民族だ。力でねじ伏せようとすると、いとも簡単にねじ伏せられるのが日本人である。従って"型にはめやすい"。 モンゴル力士を日本人の標準と比べて"傍若無人"だと日本人は批判する。三つ子の魂百までと言う。モンゴルで生まれ育った彼らが日本人のように大人しくなると思う方がおかしい。それを強制されている彼らに同情を禁じ得ない。 日本の国会議員に日本国籍を要求するのは合理性がある。国会議員には日本の国益を考えてもらわないと困るからだ。しかし、親方になるのも日本国籍が必要だと言う。 外国から力士を取り入れ、外国人力士を最大限利用しながら、親方はだめよとは余りに自分本位過ぎないか? 日本相撲協会と一部の狭量な相撲ファンに物申したい。

みんなの回答

回答No.4

 相撲をスポーツ・格闘技の一種目だと考えるなら質問者さんと同じ意見になります。  しかし相撲は競技である前に神事なのです。今では相撲協会が忘れてしまっているようです。協会が忘れ、親方が忘れたら、力士にも伝わらないのは当然でしょう。国籍は問題としては小さいと思われます。つまり、たとえ外国人であっても、日本古来の神事であることが理解できれば、横綱でも年寄りでも務まると思います。  例えば「四股」を踏むをと言いますが、本来は「醜」の文字を当てて、地面の下の穢れを封じ込める儀式を指していました。地震や津波で緩んだ土地を固めたり、作物の収穫を妨げる悪気を退治していたのです。そして民の安心安全と五穀豊穣を願いを込めているのです。それが腹の底から理解できれば、かちあげや変化などのような横綱らしくない取り口や、審判に不足を訴えたり、三本締めなどは慎んでしかるべきだと思います。国籍だけに囚われていては、この点の説明ができません。

0123gokudo
質問者

補足

回答ありがとうございます。 相撲は神事だと主張する人が多いです。どこの国の神事ですか?日本の国の神事でしょ?だったら日本国の神事に何故外人を参加させるんですか? その国の伝統は所詮、その国の人間しか理解出来ません。 我々日本人がいくら勉強してもキリスト教文化が理解出来ないのと同じです。ヨーロッパに数十年住んでも理解出来ない部分は残るし、特に深層面では不可能と言えます。 相撲が神技だと言い張るなら、外国人には参加させるべきではないのです。 異文化とか伝統というものは簡単に外国人が理解できるものではないことを知るべきですね。はっきりとそれは「不可能」と言ってる人は全て実際の経験者に多いのです。

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noname#236288
noname#236288
回答No.3

外国人が海外の競技に参加すれば、その土地のルールに従う、これは相撲に限らず全て同じですけど。

0123gokudo
質問者

補足

回答ありがとうございます。 スポーツのルールならそう言えますし、事実モンゴル力士もそうしています。 しかし、狭量なあなたのような日本人が要求しているのは、スポーツのルール以上のものでしょ。土俵上でガッツポーズをするなとか、三本締めをするなとか、横綱の品格とか、土俵上の戦い以外のことで要求が過剰なんです。

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回答No.2

貴方は勘違いしています。 相撲は国技であって単なるスポーツではないんです。 そこを理解しなきゃ。 相撲はおかしなところがいっぱいあります。でも伝統なんですよ。 私も大相撲にはいっぱい言いたいことがありますが、 日本の伝統には逆らえません。 日本の伝統の重み。 貴方はそこがわかってない。 でも貴方のような人が時々出てきて意見を述べることは正常な現象だと思います。大相撲はそれに耳を傾けるふりをしながらまったく無視するんです。(笑)

0123gokudo
質問者

補足

回答ありがとうございます。 相撲が日本の国技で伝統? それほど、日本ということに拘るなら、外人を引きづりこまなければいいのです。日本人の子供が相撲に興味を失い、新弟子が集まらない。このままでは相撲が衰退し、存続できなくなる。外国に目を向け、外人を日本の神事に引っ張り込むことを考えついたのはアナタたちなんです。外人を入れることをした以上は、外人は性格も考えかとも違うのですから、妥協というものが必要でしょう。何もかも従えでは余りに自己中です。

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回答No.1

だったら相撲を見なけりゃいいやん。 文句が言いたいスポーツをいちいち見なければ良いだけのこと。 世界中何処に行っても、郷に入っては郷に従えですよ。 その国の国技であることを分かった上で来るなら、何処の末裔であろうがそんなことは関係ない。相撲でトップを取りたければ相撲道から外れたことをしないこと。 そんなことは当たり前のこと。 そして引退して親方になるためには日本国籍が必要だということも分かった上なのだから文句をいうならモンゴルに帰ればいいだけのこと。 何も無理して日本人になってくれとは言わないよ。

0123gokudo
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >何処の末裔であろうがそんなことは関係ない アナタは観察眼が非常に乏しいようです。というより観察しようとする姿勢が丸でない。生まれ育った土地で育まれた人間の性格というものはちょっとやそっとで変わるものではない、ということが理解出来たないからそのような言葉が簡単に出て来るのでしょう。

0123gokudo
質問者

補足

回答ありがとうございます。 >世界中何処に行っても、郷に入っては郷に従えですよ。 これは間違ってますよ。あなたはこの諺の意味や成り立ちを考えたことがないようですね。英語でも同様なのがあります。Do in Rome as Romans do. ローマではローマ人のように振舞えです。これは征服者の傲慢さが言った言葉です。征服者の傲慢さが作って言葉なんです。例えば、ヨーロッパに攻め込み征服したモンゴル人は食事は箸を使っていました。ヨーロッパ人がナイフとフォークを使っていたからと言って、箸を捨ててナイフとフォークに変更したでしょうか? 征服者はそんなことはしません。 日本人はヨーロッパ旅行したら、努力してナイフとフォークを使って食べようとしますが、中国人はパリと一流レストランでも箸で食べます。どこのレストランでも一流であればあるほど箸は用意されていて、箸を所望すると箸をくれます。中国人は決して「郷に入れば郷に従え」とは思っていないのです。つまり日本人のように白人に劣等感を持っていないのです。 私が言いたいのは、「郷に入れば郷に従え」と外人に言うのは、彼らを見下している傲慢さから来ているということです。 アナタが当たり前と思っていること、実はアナタ以外の所では当たり前ではないのです。

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