そもそも築地に市場が作られたのは、関東大震災によってなのです。それまでは主な魚市場は日本橋にあったのですが震災で壊滅し、じゃあどこにしようかとなったときに当時は「閑散」としていた築地に作られたのです。
築地に作られたのには、場所が鉄道線に近いという理由もあります。築地市場が扇型のユニークな形をしているのは有名ですが、これはかつてここに貨物線が引いてあって貨車から直接荷捌きをしたからです。
ところが戦後になって都内が発展するようになって、手狭になったのと大正時代以来ですからさすがに老朽化が激しくなりました。火災に対する備えも不十分ですし、なにより大地震が来たらもう大変なことになります。それに流通の主流が鉄道からトラックになったら交通面でも不便となりました。
そこで都内中心地からは少し離れていて、できれば高速道路へのアクセスも良い場所に立派な施設を作って移転しようという話になるのはまあ当然というか必然というか、そういうものですよね。
移転計画そのものは悪いことではないですし、防災面から考えてもいい考えです。築地では拡張することもできません。移転先は埋立地になるのもまた当然でしょう。都区内でまとまった土地を確保したいなら埋立地しかありません。ただ、ちょいと移転先に問題がありました。豊洲市場が計画された場所は、かつて東京ガスの工場があったところだったのです。化学工場だから、土壌が汚染されているのはお勉強が多少できて常識がある人なら誰でも想像がつきそうですが、なぜかそこに決定されたのです。それを決めたのは、石原慎太郎のお爺ちゃんでした。
で、ここからはあくまで「噂」です。なぜ曰くつきになりそうな場所になったのかというと、当初は旧東京ガス跡地は大型マンションなどを計画していた。けれども場所が土壌汚染されているとなると、当然のことながら公けになると売れない。だからマンションは建てられません。けれど企業などを誘致するといってもお台場でさえちょいと余り気味の状況では企業は入らない。なのでここに市場を作るってことになったと。その過程では結構裏工作のためにお爺ちゃんに対して裏金が動いたとかどうとか、ま、いろんな噂があります。
そしてここからは私の意見です。同じく老朽化と建替えが計画されていた国立競技場をお台場辺りに作るって計画があったんですよ。東京オリンピックの招致活動のときにそんな話が出ました。東京ドームと神宮球場も手狭なので、競技場とドーム球場を作ろうって計画がね。
それがいつの間にやら市場になりましてね。まあ競技場も何万人もの人が集まりますが、そこに住んでいるわけでもないし、あの辺りだったらスポーツイベントやコンサートで大騒ぎしてもあんまり近所迷惑にならないと思うんですけどね。まあ競技場ならゆりかもめだけでは客をさばききれないですから他の交通手段を整備しないといけませんけどね。
お礼
そうでしたか。 詳しくありがとうございました。