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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:無宗教の人は初期佛教に近く 覚っている?)
初期佛教に近い無宗教の人達の心理とは?
このQ&Aのポイント
- 初期の佛教は無縁の生き方を説いており、無神論の教義に近いと言われています。
- 無宗教の人達は合理主義と現実主義に基づいて生きており、死や葬儀に対しては無意味と考える傾向があります。
- 彼らは霊魂を否定しても遺伝子のつながりを受け継いでいると認識しており、自分自身の人生を大切に生きることを重視します。
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言っていることと、していることが矛盾している人って、結構いますよね 自分が無宗教である意味は、めんどくさいからだと言いながら、無宗教であると公言した結果、その説明など、めんどくさいわけです つまり、言動と行動が不一致であり、また、人との共感を絶っておきながら、逆に、自分の意思を主張するという・・・どこまでも矛盾の人です どこで、親や家族、先祖に感謝しない心が植え付けられたのかは、その人にしかわかりませんが、その感謝の仕方などを示しているのが、仏教などの宗教の中にある大切な部分だと思います つまり、誰にも感謝の形を示す必要がないと・・・悟っているのだと思います しかし、ひとくちに無宗教の人たちの心情を、一括りにはできませんので、あくまでもその親戚の人は・・・という回答となります 蛇足としてですが、ゴミをただのゴミと思っているだけの思考が、今の社会全体の考えになりつつあるやも?とは、ココ最近、感じています そのゴミも、なにかの役に立つものだ・・・、もしくは、何かの役に立つように考えるべきだという「始末」の考えが、今の日本から無くなりつつあり、その親戚の人のように「始末」と「不始末」を混同してしまう人が増えていくことに、不安を覚えますし、そこにこそ、宗教感というものが存在するのでは?と感じます
お礼
ご回答有難うございます 無宗教であると公言した結果、その説明など、めんどくさいわけです 云われている事は良く解ります ゴミをただのゴミと思っているだけの思考が、今の社会全体の考えになりつつあるやも?とは、ココ最近、感じています 「始末」の考えが、今の日本から無くなりつつあり、その親戚の人のように「始末」と「不始末」を混同してしまう人が増えていくことに、不安を覚えますし、そこにこそ、宗教感というものが存在するのでは?と感じます その様な処から儀礼も墓参りも生まれて行ったのだと思います。 が「生と死」で「死体はゴミ「役に立たない」その様な考えが蔓延する 事が今日の状況を象徴していると思います。