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私は元々理想が高い方で、日々頑張ったり努力したりし
私は元々理想が高い方で、日々頑張ったり努力したりしてます でも全然理想通りにいかないし 夢も叶いそうにありません そんな感じで、最近は夢って夢なんだ。 夢を見ると叶わなかった時に絶望する。だから夢や理想なんて持たないでひびの生活で小さい幸せを見つけて生きて言った方が賢いんだ、と思ってきました みなさんは どう思いますか?
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- izumi044
- ベストアンサー率36% (1333/3622)
偉業を成し得た方は、目の前のことにのみ集中し、気が付けば結果大きなことを達成していたという方も少なくないと聞きます。 夢なんて、十年、二十年それ以上の長いスパンで叶えるものじゃないでしょうか。 ※オリンピック選手やノーベル賞なんてまさにですよね。 どんな理想を描いているのかわかりませんが。 その道が実力次第なら、才能ある人には敵いませんよ。 自分が血反吐を吐くほど努力しても、天才たちは楽しみながら軽々とステップアップしていきますから。 そういう場合は、一流など目指さず、二流、三流で満足する必要もあります。 >夢を見ると叶わなかった時に絶望する。 厳しい言い方ですが。 それくらいで絶望するくらいなら、その道で生きていくという覚悟すらないのでしょう。 そんな方が夢など語らんでください。
- aneq
- ベストアンサー率16% (145/868)
高い理想を持っているなら、人生が激変するような大チャンスで勝負しなきゃいけないので、大事なのは、それをし続けても何がどうなるわけでもない日々の努力よりも、理想に直結する本物のチャンスを見つけて、そこに食らいつくことですよね。 夢があるから頑張っていると言っている人は多いですが、夢の設定の仕方も、努力のしどころも間違っていることが多い気がします。 例えば、絵を描くのが好きだから、絵を描く仕事をするのが夢だと言って、一生懸命絵を描き続けていたって、生活のためにバイトしながら、お金にもならない絵を描き続ける人生になっちゃうとか。 そうじゃなくて、「社会的に成功してお金持ちになりたい」が夢なら、そのための手段として、得意な絵を描く能力を活かせないか考えるし、絵に固執しないで、他の手段でも使えるものは何でも使おうと考えられるし、そういう柔軟さがあればチャンスに気づくし、ここだと思ったところで勝負もできますよね。 夢が叶うと信じて努力し続けても、夢が叶わずに終わる人もいるんでしょうが、夢を叶えることができる人は、自分には夢を叶えることができると信じて疑わない人だけですよね。 それと、夢が叶わなくて絶望するのと、夢を持たずに最初から絶望的な人生を生きるのと、たいして違いはないし、どんな失敗人生にだって小さな幸せぐらいあるでしょうから、叶わない夢なら持つのも持たないのも同じでしょ。 だったら夢は持った方がいいし、夢が叶うと信じていた方がいいんじゃないですか。
- ayeaye(@heriotoro-pu)
- ベストアンサー率25% (212/836)
書き忘れました。 ハードルを少し下げて、自信をもってから立て直しってこともあります。 綿密な計画の練り直しです。 とりあえず計画通りに努力を続けれていけば、何がしかのゴールが見えるはずです。 自分をワクワク乗せながら、進まないと! 時々、褒めてくれそうな人もみつけておきましょう。やる気が出ます。
- ayeaye(@heriotoro-pu)
- ベストアンサー率25% (212/836)
目標には、意気ごみや高い理想だけを掲げていませんか? そういう人は、なかなか計画通りにいかないそうです。 目標には(目標を書くのではなく、それを実現するために)今日、するべきことを 書いて、それが出来たのかどうかをチェックするほうがいいそうです。 自分のレベルを知るために、いろいろな勉強会に出たり、その夢を実現している人に 合ったりして、自分の計画を具体的に練り直しするのもいいと思います。 そして、夢をみるだけではなく、自分が「夢」に向かって近づいているかを日々、 実感することが、明日の活力と努力につながります。 夢は、階段をあがっていくようなものです。 あなたの日々の努力というものが実らないのは、大きい目標だけをみて、階段をみて いないような気がします。
- ithi
- ベストアンサー率20% (1972/9601)
rieeeeeee2 さん、こんばんは。 私は元々理想が高い方で、日々頑張ったり努力したりしてます でも全然理想通りにいかないし 夢も叶いそうにありません そんな感じで、最近は夢って夢なんだ。 小説か何かにそんなフレーズがありますね。小説は小説ですよ。 夢を見ると叶わなかった時に絶望する。だから夢や理想なんて持たないで日々の生活で小さい幸せを見つけて生きて言った方が賢いんだ、と思ってきました やっと、現実に戻ってきたわけですね。よかったですね。
- kaitara1
- ベストアンサー率12% (1154/9141)
私は出来ることを丁寧にやることが小さな幸せだと思っています。特に幸せを考えないで丁寧に生きられれば良いと思っています。逆に出来ないことをやろうとあせらないことにしてもいます。
- 山田 太郎(@f_a_007)
- ベストアンサー率20% (955/4574)
Q、目標達成よりも日々の生活って考えをどう思いますか? A、それは、間違いなく挫折の一種ですね。 >夢を見ると叶わなかった時に絶望する。 >だから夢や理想なんて持たない。 >日々の生活の中に小さい幸せを見つけて生きるのが賢いんだ。 一見、もっともらしい考えだ。しかし、間違いなく挫折の一種。その挫折を合理化する言い訳。 《夢(目標)に向かって努力すること》と《日々の生活の中に小さい幸せを見つけること》とは、全く次元の違う話。前者は、才能・資質を開花する取り組みの問題。後者は、取り組みの結果として手にする脳の問題。 朝の美味しい味噌汁に幸せを感じ、愛犬とのジャレあえることに「私は幸せもんだ!」と思うことがハッピーな暮らし。でも、《人生の目標を達成すること=ハッピーな暮らしの保証》という等式は存在しません。朝食を美味しいと思う脳、一杯のコーヒーに幸せを実感する脳。そういう脳の持ち主でなけりゃー日々の暮らしの中に幸せは発見できません。物質的、社会的に幸福と言える生活であっても、本人の脳が「ああ、ハッピーだ!」と思わなきゃーそれまで。 しかし、「ああ、ハッピーだ!」と思う脳の状態を持続的に維持するには、夢(目標)に向かって努力することで「私なりに頑張った!」という結果を手にする必要がある。そのことを横に置いて、《日々の暮らしの中に幸せを発見すりゃー、それで十分》という考えはまずい。一歩間違えば、刹那的な享楽に走りかねない。それに、《それで十分》と自分に言い聞かせても常に虚しい思いが頭をもたげる。 ということで、《目標達成よりも日々の生活って考え》は間違いなく挫折の一種ですね。
夢や理想を捨てると,「今よりもっとひどい状態」ひいては「とことん墜ちた生活」に安住することなると思います。
- 中京区 桑原町(@l4330)
- ベストアンサー率22% (4373/19606)
「全然理想通りにいかないし」・・・そんなの当たり前です だから、目標を見直すのです