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事件関係者がTVカメラの前で殺された事件で

1985年6月18日にマスコミの取材中 https://matome.naver.jp/odai/2140469064979181901 容疑者がケーサツの取り調べで黒幕のダレダレに依頼されたと自白した例はありますか? というか政治や企業の重要情報を握っている人がなぜ不特定多数の人ごみの中で取材の応じるような迂闊な行動をやってしまうんでしょう? まさか暗殺されないだろうと当人は思ってるんでしょうか?それとも何か脅されて覚悟して場に出たのか?背景を知りたいです。

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  • eroero4649
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回答No.1

んん?1985年6月18日に起きたのは、豊田商事会長刺殺事件ですよ。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%94%B0%E5%95%86%E4%BA%8B%E4%BC%9A%E9%95%B7%E5%88%BA%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6 オウム事件で村井幹部が刺殺されたのは、1995年4月23日です。 豊田商事会長刺殺事件は、会長だった永野一男の「逮捕間近」の情報を受けてマスコミ各社が彼の自宅(だったか愛人だったか)のマンションの前で張り込んでいたところに二人組の男がやってきて彼の家の前で「(ドアを)開けろコラァ!」と騒ぎ始めてドアの横の窓を破って侵入、そのまま家の中に押し入って刺殺したのです。血まみれになった二人が「今(永野を)殺した。警察に電話せえ」といって通報を受けて駆け付けた警察官にそのまま逮捕されたのです。 オウムの村井幹部は、当時上祐史浩と一緒に連日テレビ番組に出演していたのです。当時の世間のイメージは口が立つ上祐のほうが上で、「上祐のお付き添いの人」という感じでした。事件が起きたときは、どこかのテレビ局に行くためか何かで車に移動する途中だったと思います。最初に襲われたときは服を切られた程度で、犯人の男が引きはがされたように見えて村井幹部が「あぶねーあぶねー」みたいな感じで切られた袖を見ている隙に後ろから体ごとぶつけられ、そのときに刃物がグッサリ刺さって致命傷になったようです。 だけど彼の死後、どうも地下鉄サリン事件は麻原が自ら命令したことではなくて、村井幹部が「これはグル(麻原)の意志である」ということで実行されたのではないか、ということになってきましたね。教団がやっていた一連のテロ・犯罪行為を実質的に指揮していたのは村井幹部であったという話もあります。ただ、この辺りは死人に口なしでヤバいことは全部村井幹部の指示だったってことにしてしまえとなっている部分もあるんじゃないかなとは思います。 黒幕があるような事件というのは、黒幕と実行犯の間が直接繋がっていることはまずないと思います。そしたら簡単に黒幕にはたどり着けますからね。黒幕は自分に返り血が飛んでこないことが肝心ですから、実行犯と黒幕の間には取り持つやつがいます。 だいたい死ぬのがその間を取り持つやつですね。ロッキード事件やリクルート事件では秘書が謎の自殺をしましたし、新井将敬自殺事件のときも彼の背後にはもっと大物がいたという話もまことしやかに囁かれています。あのライブドア事件のときも「懐刀」と呼ばれてウラの仕事を仕切っていたといわれた幹部社員が沖縄でこれまた謎の自殺をしたということがありました。