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日舞の名披露目は省けませんか?

名取になりたいのですが、裕福ではないため、出来る限りお金を使わずに 名取になりたいです。 師範になるつもりはありませんが、がんばってきた証に資格が欲しいと思っています。 名取になるための試験を省くことはできませんが、 その後にやるといわれる名披露目をせずにいることは、不可能なことですか? ぜひ教えてください。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • tarohkaja
  • ベストアンサー率29% (66/221)
回答No.1

極めて難しいのではないでしょうか。 名取というのはプロの舞踊家になるという事です。 師範にはなるつもりがなく名取にはなりたい、とおっしゃっいますが、その道の研鑽に邁進するとかその舞踊の裾野を広げるとかの、名取の責任を果たさなければなりません。 自分が打ち込んだ証がほしいのはわかりますが、芸道の資格には責任を伴います。 単に稽古料(月謝)を稼ぐだけのような師範がいるともいないとも、それには触れませんが、いま習っている師匠に対し、師範になるつもりはないが名取になりたいというのは、失礼でもある。それでもいいというような師匠は、それこそ名取の免許料を取りたいだけの師匠でしょう。 まあ、名披露目もやれば師匠の実入りにもなりますけど、 そういう収入がなければ、師匠も一人の舞踊家として自己研鑽に励み芸道を追求していくことはできません。メディチ家だとかローマ法王だとかのパトロンがいれば、ミケランジェロもダ・ヴィンチだとかも一般から月謝を取らずに芸術活動ができましたが、現代はパトロンになる財閥の大物もいませんし、広く月謝を集めなければ自分の芸術活動はできません。 だから、自分の頑張った証に名取免状だけをほしいという気持ちを理解する師匠は、あんまりいないと思います。きちんと名披露目までやって、プロの舞踊家として芸道の追求と師範として裾野を広げる責任を果たしてほしいと思うでしょう。 ※月謝稼ぎ、免許料稼ぎばかりを考えている師匠が多いのかどうかは、存じません。社会的な芸道文化としては月謝や免許料は、師匠のぜいたくな暮らしのためではなく、暮らしのためは暮らしのためですが、素人弟子の発表会が師匠の芸術活動の資金としての実入りとなっていると言えます。

monsan
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 師範になり、踊りで収入を得るようになって初めてプロと呼べるものだと思っていました。 古典芸能は、いろいろ難しいのですね。 お金がかかるからと諦めるのは、なんだか根性がないと思われそうですが、(まあ、そうなのかも)庶民には、その先を考えると、 生活が出来ない方がつらいので、名取は諦めます。 ありがとうございました。

その他の回答 (1)

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11074/34518)
回答No.2

それは無理ですね。名取というのは単なる資格ではなくて、「権威」というものも込みのものだからです。 誰だってね、「名取」って響きは欲しいのですよ。だけどそれでホイホイ与えていたら権威がつかないじゃないですか。お金がかかるというのもそう簡単に乱発させないための防止策のひとつでもあるんですよ。 それをやらないことは、質問者さん自身だけの問題じゃなくて、その名取を与えた先生にも恥をかかせることになります。だって披露でお金がかかるっていうのは、その披露で儲けられる人たちがいるってことでしょ。その人たちからすれば「本来あるはずの売上がなくなる」わけですから、生活に関わります。そんな師匠が業界でのさばられたらみんな干上がってしまいます。 また業界や流派によっては、それで披露でお金がかかるとその披露に関わる業者からキックバックが入ることもあります。それも師匠にとっては大事な収入源のひとつです。 そういうのが嫌ならば、伝統芸能なんてやっちゃいけません。そういう曖昧で不透明なところも日本の伝統のひとつですからね。 噺家さんでもお金が用意できないから真打になれないなんて人だっているんですからね。

monsan
質問者

お礼

お金が必須の世界なんて、庶民には、厳しい世界ですね。 名取は諦めます。 ありがとうございました。

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