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祖父の死を受け入れられない
私には今、危篤状態の祖父がいます。去年ちょっとした病気をこじらせ入院、当時予想もしないほどに衰弱してしまいました。母曰く、今月持つかどうか…といった症状のようです。 今まさに闘病中の祖父に失礼だと思うのですが、涙が止まりません。日中は平気でもいつその連絡が来てしまうのか、見送る日が来てしまうのか、考えただけで悲しくて苦しいです。 今が気持ちの準備をしなければならない時だというのは頭では理解できています。時が経てばきっといつか思い出に変わってくれるということも。 ですが私の成長を無償で喜び、見守ってくれた祖父が亡くなる悲しみに取り乱さないでいる自信がありません。大切な方が亡くなった方、どのように覚悟をお持ちになりましたか。アドバイスというか、経験談などございましたら、ご教示お願いします。
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- hekiyu
- ベストアンサー率32% (7193/21843)
私の成長を無償で喜び、見守ってくれた祖父が亡くなる悲しみに 取り乱さないでいる自信がありません ↑ 取り乱していいんですよ。 大切な人が亡くなるんですから、 こういう時は取り乱してもいいのです。 アドバイスというか、経験談などございましたら、 ご教示お願いします。 ↑ お爺さんは、最後の教育をしているのです。 己の死を目撃させることにより、人生とは 人間とは、という教育をしているのです。
- dottimiti
- ベストアンサー率12% (286/2363)
自分だったら、無駄かもしれないけど、できるだけ手をにぎったり、名前を呼んだり、ということをできるうちにするかなあ。後悔ないように。 気休めになるかはわかりませんが、 永六輔さんが亡くなったとき、ご本人の言葉が語られたようです。 人は二度死ぬのだということです。 http://www.excite.co.jp/News/music/20161127/E_talentbank_18295.html 「もう会えない」んじゃなくて「その人のことを知っている人がすべて亡くなくなるまでは、生きている」と考えることもできます。 お葬式のような儀式は、残された人たちが納得するためのものだと思います。事故で亡骸がない場合でも行われますし、芸能人などの場合は家族とお客さんや世の中のために別途大きな式が行われます。多くの人にとっての納得のために。 過去その人と共に生きた時代の影響をうけて今があると思えば、一緒に生きていける気がしないでしょうか。
- pct10968
- ベストアンサー率21% (641/2971)
じじいです。 >アドバイスというか、経験談などございましたら、ご教示お願いします。 2年前に母親を亡くしました。 病院から危篤を告げられ、仕事を放り出し母の死に立ち会いました。 呼吸が細くなりやがて止まり、心臓の鼓動も次第になくなり医師に臨終を告げられる事で母にお別れしました。 >ですが私の成長を無償で喜び、見守ってくれた祖父が亡くなる悲しみに取り乱さないでいる自信がありません。 あなたも出来る事なら祖父の臨終に立ち会い、お別れをして下さい。 この大好きだった祖父とのお別れが出来ていないと、殊更いつまでも心の踏ん切りが付かない事になりかねません。 臨終に立ち会うのは、忍耐力が必要になります。 仕事や勉学も一時放り出す結果になるかもしれません。 私も危篤だけで2週間休みましたからね。 お別れを言うにはそれだけ長い時間が必要だったのです。 可愛い孫との別れにも、おそらく長い時間が要るのかもしれません。 お別れの瞬間に、手を握ってお別れしてあげて下さい。
- nekosuke16
- ベストアンサー率24% (903/3668)
おふくろが亡くなって9年になりますか、当時私は50を前にしたオヤジでしたが、涙が渇れるまで泣きましたね。 父が亡くなった時には、父のとても仲の良かった友人が火葬場まで見送りに来てくれましたが、何と、ぐでんぐでんに酔っ払っており、呂律も回りません。 家族として、とても有り難かったことを覚えています。 おじいちゃんの死を受け入れられないという気持ちは、ある意味、当然のことです。 だから、取り乱しても、泣き叫んでも構わないと思いますよ。 ただ、涙が枯れたなら、ちゃんと見送ってあげないと、おじいちゃんが困ってしまいますからね。 あと少しの時間、おじいちゃんに寄り添って、その顔、その姿をしっかりと思い出に残してあげて下さいね。 そして、現実に戻って、新たな気持ちで未来に向かって歩かなければね。
- aneq
- ベストアンサー率16% (145/868)
私は15年ほど前に両親をたて続けに、しかも突然亡くしました。受け入れることなどできるはずもなかったし、取り乱したし、辛くて苦しくて、全身に針が刺さっているような痛みを感じて息もできないほどでした。 もうずいぶん時間が経っているのに、悲しみが消えることはないし、今でも親のことを思い出すたびに泣けてきます。多分死ぬまで、親の死を悲しみ続けるんだろうと思います。 ただ、親を思って泣いている時に、悲しいんだけど、それと同時にふんわりと心が温かくなるのを感じます。親を亡くしてこれほどまでに辛く悲しいのは、不幸なことじゃなく、ものすごく幸せなことなんですね。大切な人を失って感じる痛みは「愛」ですから。 あなたも、大好きなお祖父さんが危篤状態でお辛いでしょうが、今は回復を信じて祈ってあげることだろうし、もしもの時には猛烈に嘆き悲しめばいいんじゃないですか。愛する人を亡くした悲しみは、忘れる必要なんかなくて、ずっと持っていられる人の方が幸せだということを覚えておいてください。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
僕は二人とも祖父を亡くしました。 母の父は、「手を握ってあげなさい」という母の言うとおりにし、臨終に居合わせました。父の父は夏休みは健在、冬休みに帰省した時はもういませんでした。 「私の成長を無償で喜び、見守ってくれた祖父が亡くなる悲しみに取り乱さないでいる自信がありません」。これは当然で、取り乱すのが当たり前だと思います。
- pipipi911
- ベストアンサー率22% (1029/4602)
御爺様が超近未来に御亡くなりになられても、 アナタ様と御爺様との思い出は、アナタ様の 記憶に残りつづけるでしょう。 流れ出る涙は、涸れ果てるまで流してください。 そうすることで、その果てに、御爺様との 美しい思い出が蘇って来るでしょうから、 それを全てエッセーに書いてみませんか。 悲しみが減衰するまでは半年は要するでしょうけれど、 1年経ても、2年経てもどうしても悲しみが軽減しない場合は、 グリーフ・ケアの専門家に相談してみることを御勧めします。 明日にでも、そちらの地域にあるホスピス病棟の看護師長さん等に この質問と同じようなことを訊いてみることも御勧めします。 ホスピスは末期癌の人たちが過ごしている入院病棟ですので、 ホスピス病棟の看護師さん達は死別の家族を慰める プロフェッショナルですので、頼り甲斐があるでしょう。
- akauntook
- ベストアンサー率19% (295/1481)
まず、私が質問から読み取った、あなたの考えに反対です。 >今まさに闘病中の祖父に失礼だと思うのですが、 何が失礼だかわかりません。 大切な祖父だから、万が一のことを考えたら悲しくなって何が悪い。 そんなあなたをあなたの祖父が見たら、あなたのために頑張るかもしれないし、それで苦痛により長く耐えなければならない事になるかもしれない。 どちらにしても、その選択をするのはあなたではなく祖父です。 あなたは今あなたが出来ることをすればよい。 >今が気持ちの準備をしなければならない時だというのは頭では理解できています。 そんな決まりはありませんけど。 気持ちの準備が出来ていた方が、その時には辛くないかもしれませんね。 それだけです。 >私の成長を無償で喜び、見守ってくれた祖父が亡くなる悲しみに取り乱さないでいる自信がありません。 取り乱して何が悪いのかわからない。 悲しい時に悲まないなら、いつ悲しむの? その後も、しばらく悲しいかもしれませんし、ずっと悲しいかもしれません。 祖父があなたの成長を無償で喜んだのはなぜ? 見守ってくれたのはなぜ? あなた自身で考えて、今もその後もあなたに出来ることをしたら良いです。 あなたの祖父は、今も生きているのでしょ?
- fugaerr
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死は 有限な身体から無限の身体に切り替わるだけです・・ 年老いて 細胞が朽ち果てる前に 心だけが入れる世界に行くのです・・ 人間の本質は心・・この世の身体は その心を成長させる為にあるのです・・ あなたも いつかは死ぬ・・その時に 又 祖父に逢えます・・