TPPは完全にダメになったわけではなく、米大統領選挙でクリントン候補が勝利すればアメリカに有利な修正をした上で批准して成立するというシナリオとなる可能性もあります。ただし、現在の協定がまとまるまでのすったもんだを考えれば、わずかな修正でも、アメリカ以外の他国がそのような修正を簡単に受け入れるとも思えず、米議会の説得も含めて協定成立まで難航することは必至です。
こうした事態になったのは、いわゆる経済のグローバル化の光と影となる部分が固定化してしまい、TPPが成立しても少数の恩恵を受ける層と逆に多くの困窮につながる層の格差は、縮まるどころかむしろ拡大するだろうと多くの人が考えるようになったからに他なりません。
これに対してTPP推進派は、世界やその国の経済全体にとってプラスとなるので、短期的には不利益があっても長い目で見ればすべての人に恩恵をもたらすと反論してきました。一昔前ならマクロで見ればその通りだったかもしれません。しかし、今ではそうしたシャンパンタワーのようなモデルそのものに疑いの目が向けられるようになっている上、人間は「理」ではなく「利」や「情」で動くものです。
アメリカのいわゆるラストベルトと呼ばれる昔の工業地帯の失業者が「中国から安い鉄鋼が輸入されるようになって職場だった工場が閉鎖され、自分は失業したけれどアメリカ経済全体にとっては良いことなので仕方がない」と思うでしょうか。また日本の農家が「アメリカなどから安い農産物が入ってくると経営が悪化するけれど、都会にいる子や孫が豊かな食生活ができるようになるので仕方がない」と考えるでしょうか。
この人たちの苦境のすべての原因がTPPに象徴される自由貿易体制や経済のグローバル化のせいでないことは明らかですが、人はわかりやすい「悪者」を好みます。TPPを「諸悪の根源」のように主張する方が米大統領選挙などの選挙では票を得やすいのです。