• 締切済み

あなたにとって「強い」ってどういうことですか?「弱い」って?

 タイトルどおりです。  少年マンガなんて読むと、「強い」ってすごくシンプルです。とりあえず、相手を腕力(知力を用いても)叩きのめすこと。あんまり卑怯なルールはだめだ、とか、技の競い合いとかいろいろありますが、基本的な判定基準はこうですよね。腕力で強いほうが優れてる。  皆様にとってはどうでしょうか?「強い」ってどういうことでしょうか?自分が「弱くなる」って考えるのって、どういう意味ですか?  こんなことを書いている理由は、男性の一部にとって、女子どもが腕力的に男性に劣ることを、すべての面において劣り、主導権を握る資格がないかのような解釈になるかららしいと思ったからです。  どれほど論理的に筋道を通しても、こちらが女であるかぎり、腕力ではかなわないくせにと言って、彼が気に入らないというだけでそれを否定したり、ぜったい勝てる相手だからこそ自分が「強い」という優越感を味わうための相手に選んだり、強い相手にはしない攻撃を、手加減なく加えてきたり。守るという強くなければできない立場にたつために、こちらに弱くあることを強要してきたり。  暴力が否定されるのは、ある種の腕力が状況打破に求められることはあっても、「常に論理を腕力が打ち負かすだけ」の社会は、種の繁栄には不都合だから、だとも思うんです。  「強く」なることを求める人々は、肉体的な強さを、どのように考えているのか知りたくなりました。「強い」ってどういうことでしょうか?  暴力は嫌いですが、格闘技には好きな面、肯定している面もあります。だから、聞いてみたいと思いました。  勝手なお願いですが、字数制限ですべてかけなかったため、補足を少しずつさせて頂きます。それにおつきあいしてくださるかたに、特にご回答いただければ嬉しく思います。

みんなの回答

  • SPLINTER
  • ベストアンサー率40% (412/1028)
回答No.6

質問者様はDVの被害者でしょうか?家庭で暴れる人は内弁慶が多いですね。道場やジムで自分より強い人と会えば家庭で暴れる事に空しさを感じるでしょう。 強さを追求すればプロ、その先は世界王者ですが凡人には無理ですよね。個人の目標はそれぞれだと思います。地区大会優勝でもいいし健康の為でも立派な目標です。物騒な世の中ですから自衛手段と考えている人も居るでしょう。 私はボクサーへの憧れから始めてみて自分の器を知りその後は総合格闘技を楽しみながらやっていました。もちろん強くなる努力はしますが一緒に練習していた凄く強い人が試合で負けたりすると上には上が居ると実感させられるので普段も強がる事はしません。 一つだけ良い点は体がゴツイので親父狩りに合わない事でしょうか(笑)それが犯罪の抑止力になれば強さも捨てたものでは無いと思います。

Yusura
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >DVの被害者でしょうか? いいえ、違います。暴力らしい暴力に面したことは、姉妹と掴み合いのケンカをしたこととか、 電車で隣に座った中年男性から鞄をぶつけられた(わざと)とか、その程度です(^^;。 恐縮です。 それでも、私の中には暴力を強く忌避する気持ちがあります。 暴力を振るって、というより、単純に腕力で強いというのはすごく有利なことだと思います。 今まで自分はその腕力がないから暴力を否定するのだろうか?と思ってきました。 この質問を立てた理由は、つきつめて言えば、個人の腕力を否定しながら、否定するためにその暴力を振るう個人を腕力的な問題解決方法で排除することの是非がわからなくなったからです。 直接的な理由は、女子高生コンクリート詰め事件と呼ばれる主犯の一人が再び監禁事件を起こしたニュースを読んだからです。 被害者の高校生がどのような目にあったか、ネットで詳細を読んでしまいました。 他人の人格性・尊厳を認識できない、人を物のように扱う、非常に自己中心的かつ少し先のことすら考えが及ばない稚拙さ。 そういう存在も人間であるという事実に正直、苦しさと理解が追いつかない苛立ちを覚えます。 弱いとか強さを追求するとか、そういうものではないような・・・。 ご回答ありがとうございました。 変な質問しちゃってごめんなさい。

  • fujishiro
  • ベストアンサー率28% (162/574)
回答No.5

>「強い」ってどういうことでしょうか? 自分がやりたいこと、やらなければならないことの能力・意思があることでしょうか。 つまり、人によってやりたいこと、やるべきことが違うように、人によって求める能力=「強さ」は違うと思います。 腕力が強さのひとつであることはまぎれもない事実なんですね。少なくとも腕力が通用する段階までは自分の能力なんですから。 もちろん、社会は個人の暴力は認めません。どうやって押えるかというと集団の暴力でおさえます。逆に言うと腕力が無い人間達の集団的な力で抑えているわけですね。私は集団や社会に所属することも能力、強さのひとつだと思っていますので、社会の安定を維持したいと思い、それをするということはその社会の構成員の(個人の)能力なわけであり、力なわけです。 さらに逆に言うと、その社会が気に食わなくてそのルールに逆らうということ、壊すことも含めて能力のひとつだと思いますよ。 …米軍が気に食わないからといって他国を壊すことも強さなんです。 究極的には(それを思想的に受け入れることができるかどうかは別として)腕力が自分よりも弱い人間を屈服させるのは事実です。 私は格闘技=個人の暴力のぶつかりあいを楽しみます。しかし、それは自分が(肉体的に)強くありたいというあこがれを転化しているだけであって、はっきりいいますと、興味があるのは自分がどう強くなるかであって、自分より弱い人には何の興味も無く、弱い人に暴力を振るおうとも思いません。 自分よりも弱い人にしか暴力を振るわない人は格闘技によって強くなりたいと思っている人とは対極に位置する人だと思います。

回答No.4

人間的な強さには色々あると思いますが、今回の質問は肉体的な強さについて、ってことですね? 腕力の強さというのはあくまで色々な強さの中の一つに過ぎないと思います。でも生き物として最終的な強さはこれで、腕力で攻撃してきた相手に言葉、知力、哲学なんて無意味になりますね。 >「強く」なることを求める人々・・ 周りの影響ではなく自ら極端に肉体的な強さを求める人っていうのは、他の変えられない自分の弱い部分をフォローする気持ちが深層心理にあります。 つまり、自分の弱さを確実に実感したことのある人達です。 >自分が「強い」という優越感・・ 他の自分の弱さを痛感して力でフォローしてしまった場面。逆に言えばそれしか自分に手が無くなった状態…なんですが、しかたなくではなくではなく常に力を誇示して主導権を保とうとしちゃう人もいますね。こういう人は必死で弱さを隠そうとしている別の意味での強くなれない人。 現実は今の時代腕力なんて普段必要ないし、人と争う時にもそれを使ったときには人としては犯罪者になるようになっています。 でも力に頼って自分の誇りを保ってきた人からするとそこで認めてもらわないと困ってしまうんです。言葉のうまさ、知力でやられっぱなしではいられません。 力に頼っている人は他の実用性のある力を持つ人を怖れています。 周りの人はそこを分かってあげて他のいい所を見出してあげる必要があります。じゃないとどんどん力だけの人間になってしまいます。そんな人間はただのヤクザですから。 書いてるうちに極端な文になってしまいました。 質問の回答からもズレてるのか?俺的には色々考えるきっかけになりました。。

回答No.3

全然別角度からの答えをします。 (1)『強い』方が勝つのではない。  『勝った』方が強いのだ。 (2)-1『力の無い正義は、無力なり』 (2)-2『正義の無い力は、暴力なり』

  • kevinkun
  • ベストアンサー率9% (53/551)
回答No.2

>あなたにとって「強い」ってどういうことですか?「弱い」って? 私にとって「強い人とは」と聞かれると、精神面を思い浮かべます。 肉体的に「俺は強いんだぞ」と言う人は、馬鹿なんじゃないの、と思ってしまいます。 本当に強い人は宣言しません。 (格闘技やスポーツ、特にプロの方たちは別で「俺は強い」とアピールしなければ意味がありませんが。) どんな逆境に陥ってもけして諦めないで打開策を探す人。 理不尽だと思っても、誰かを守るために人に頭を下げられる人。 そういった人が「精神的に強い人」だと私は思っています。 回答になっているでしょうか。 (私も格闘技は好きです)

  • akamanbo
  • ベストアンサー率17% (462/2680)
回答No.1

>「強い」ってどういうことでしょうか? 自分がこうありたい、という理想のイメージがあり、そのイメージを実現するために自分と周囲の環境を自分でコントロールできる状態。 >腕力ではかなわないくせにと言って、彼が気に入らないというだけでそれを否定したり、ぜったい勝てる相手だからこそ自分が「強い」という優越感を味わうための相手に選んだり、強い相手にはしない攻撃を、手加減なく加えてきたり。守るという強くなければできない立場にたつために、こちらに弱くあることを強要してきたり。 そいつがそういうダメそうな人間になりたがっている場合、そいつの態度を変えるのは難しいですね。

Yusura
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 周囲の環境を自分でコントロールできる、とは腕力以外にも含むのだと思いました。 ↑単純に読むと、腕力で自分の意のままに周囲の人間を従える、と読むこともできますが、 そうではないですよね?なかなか深いです。 腕力を振るう人間が独善的であったり、専横的であったりすると、 周囲の人間は迷惑を被りますが、そういうダメそうな人間になりたがる人間を抑えるためにも腕力が解決方法の一つでもあるんですよね・・・。 ご回答ありがとうございました。

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