建築物を機能性だけで考えればさほど必要と言うわけではないですが、一種の彫刻として捉えれば、デッサンは重要です。だって例えば中国とイタリアの車を比べたときにどっちを欲しいと思います?どちらもちゃんとブレーキもあればタイヤもあります。でもただそれだけじゃつまらないとは思いませんか。
建築でのデッサンは上手く描けるかどうかというよりも、三次元でものをとらえられるかに意味があるものです。よくある話が、勤めて10年の一級建築士が図面で考えた建物が実際出来たとき、”あぁ、こういう感じになるんだぁ”って自分で考えておきながら、驚いたなんてことがあります。これは、三次元で考えることが苦手な人の話ですが、図面と実物との間を行き来する経験が増えていけば、いくらかは感覚の誤差を埋められるかもしれません。誤差を埋めるための確認作業の一つとして、事前に模型を作ったり、パースを描いて見たりすることもあります。
またお客さんや施工業者に建物を説明する手段として、簡単なスケッチでもいいから描けたらどんなにか楽でしょう。
単純な質問をします。例えば巾が5センチで厚みが2.5センチ、長さが50メートルのアルミ材が、学校の体育館の天井から2メートル30センチのところに吊り下げられていた場合、その状況が頭の中に浮かびますか?そしてそのアルミ材は1.6メートル間隔で100ワットの電球がついて光ってたりする絵を想像できますか?さらに映画のマトリックスのように360度グルッと見た時をイメージできますか。三次元とはそういうことです。
ただ、建築業は歴史が古く、とても懐の深い商売で仕事も細分化されているため、デッサンが出来なくても、仕事は十分可能です。積算とか、構造計算とか、年中計算ばかりしてる人や、壁面タイルなど部品の割り付けだけをしている人々もいるくらいです。
ある高名な建築家への賞賛の言葉として、”あなたの平面図ならその1枚で、側面図がどんなものであるか、見なくてもわかるね。”というのがあります。それは図面という2次元の紙切れに線を引きながら、その1本1本が実際の三次元の立体物にどう影響するか理解していると言うことなのです。
建築業を目指すのなら、下手でいいから絵を描くのはとてもよいことです。
実際の仕事ではパース屋とかに発注することも多いですが、最低限自分のための、イメージの整理と、より膨らます手段としてのみ考えたとしても有効です。小説家のメモとか、下書きって感じでしょうか。そんな程度ならいらないやと思われるかもしれませんが、今までろくに絵を描いて来なかった人は、イタズラ描きでさえ思うように描けなかったりするものです。繰り返しますがへたでいいんです。(あ、そりゃあ上手いに越したことはありません)。