• 締切済み

人生の岐路に立たされています

ご覧頂きましてありがとうございます。 まず自身の境遇や経歴についてお話ししたいと思います。 現在23歳、独身、友人無し、遠い親戚も含め親類とは全員死別済み、俗にいう「天涯孤独」の状態 早大商に現役合格、MARCH法に特待生入学後、2年に上がる前に中退、 その後は在宅での仕事で生計を立てており、現在貯金を含めた総資産は約2000万円程度 境遇のせいかもともと少し普通の人とは考え方が違うんじゃないか、と今になって思います。 中退の理由としましては当時は大学は完全に「就職予備校」として考えていたので、在宅の仕事で 生計を立てられるのであればこれ以上行く必要はない、と割り切ってしまったからです。 また、今年に入ってからの失恋後、「遂に正真正銘独りぼっちになってしまった」という自覚のせいか 精神面が非常に不安定で、猛烈な孤独感や絶望感、そして、自殺願望や、 何もする気が起きないといった状態に悩まされています。自殺願望は確かにあるのですが、 「死にたい」というより「生きられない」といったほうが正しいです。 また、明らかに考え方が以前にも増して普通では無いと思います。壊れてしまったんでしょうか。 「うつ病」の疑いがあるのでは、と自覚をしていますが、自分を精神病患者だと認めたくない、 という他人から見れば非常にどうでもいいプライドのために、 通院して抗うつ剤や精神安定剤を処方してもらう、という選択は難しいです。 その中で今後どうしていけばいいのだろうか、と考えたのですが、 頭が足らないので次の3つのような選択肢が頭に浮かびました。 1つ目は「この歳になって再度大学受験をし入り直す」という案です。 もともと勉強自体嫌いではない事もあってかこの歳になって何かを「学びたい」という気持ちが強く、 また年齢面は確かに浮いてしまいますが、大学生活を再度送ることで 友人や恋人に恵まれるのではないか、という非常に浅はかな考えです。 今になっていわゆる「学生生活」が恋しくなってしまったわけです。 そして、あわよくば大学を通して学び、年齢制限ギリギリとなってしまいますが、 公務員を第一目標として就職の道も選択肢として無いわけではないのかな、と考えています。 非常に甘い考えだとは思いますが可能性は0%ではないですよね。 具体的な大学としては少なくとも現役時のMARCHより上の、自由な校風で幅広い年齢が居る (という印象を勝手に持っているだけですが)早稲田大学の文系学科を考えています。 仮に早大がダメだった場合、この選択肢の場合はレベルを落とし、大学には進学すると思います。 幸い?なのか受験がまるまる一年後くらいになってしまうのでMARCHくらいには行けると思います。 今から失敗することを考えていて、そんな気持ちで成功すると思っているのか、 と思われるかもしれませんが如何せんネガティブな状態になっているのでご了承ください。 せっかくなら旧帝大くらい目指すべきなのかもしれませんが、流石にそこは自身の実力を弁えます。 2つ目はいわゆる「バックパッカー」と呼ばれる人たちのような事をやってみようかな、という案です。 もともと海外旅行が好きなのですが、今までツアーでヨーロッパや北米、 ハワイにしか行ったことがなく「バックパッカー」が集まる東南アジア地域は行ったことがありません。 ある意味過酷、かつ新しい世界を見ることで何か得られるのではないか、 また、その中で交友関係なども生まれるのではないか、という短絡的かつ確実性が無い考えです。 この選択肢の場合いざ行ったあとに将来はどうするのか、という点は非常に曖昧、不安です。 資金が尽きて野垂れ死んだり、日本と比べ治安が悪い海外で犯罪に巻き込まれ死んでもいいかな、 という一種の投げやりな考えも持ち合わせています。 3つ目は自死の選択です。 現時点で心身ともに個人的には割と限界に来ており、この道を選ぶのも悪くはないかな、と。 世間一般的に自死をする場合「残された親や友だちの気持ちも考えろ」とよく言われますが、 自分の場合はそれらの存在自体がそもそもなく、 自室で自死した場合発見されるまでまずどれだけかかるかわからない、という状況です。 無神論者なので魂が、死後の世界がといった論は残念ながら理解できません。 自室で死んでも結局隣人や遺体を回収する方等にご迷惑はかけてしまいますが、 そこは申し訳ないですが割り切って下さい、すみません、と言った感じです。 この選択肢の場合、結局自死に踏み出せる器量があるかどうかが一番の問題なのですが。 今は比較的落ち着いているのでこの文章を打ち込んだり1、2つ目のようなある意味将来を考えた 考え方もできるのですが、非常に浮き沈みが激しく、基本的には一日中無気力なのが実情です。 正直な話そんな状況で大学へ向けて勉強をしたり海外へ行くことが出来るのか、と疑問なのですが、 自死を選ぶ以外に何かしてみたいなあ、と思ったのがこれらの選択肢なのです。 根も葉もない言い回しになってしまいますが、 「精神病患者のお前じゃ無理」というのは無しでお願いします。 客観的に考えると「通院して精神状態を落ち着かせた上で現在の在宅の仕事を続ける」のが 最善の選択肢なのかな、と思うのですがどうにもそれは「生きながらえる」 という風にしかとらえられず、結局のところ何がしたいんだ・・・とまた陥ってしまいそうなのです。 これは何故かこのように凝り固まってしまった考えで、正直今の仕事を続ける気はありません。 失恋をする前はなんとなく延々とそれを続けていくつもりだったのですが、 今となっては全くもってその考えは無く、仮に通院し精神が落ち着いても変わらないでしょう。 在宅の仕事、というか要は株の取引なのですが、仕事の性質上人との出会いがありません。 それを理解し、今のような果てしない孤独感を味わった上で続けていくのは残念ですが無理です。 それこそこの仕事を続けていても、お見合いや街コン、オフ会やはたまた出会い系サイトを使えば 人との交流はあるかもしれませんが、なんとなくそれは嫌なのです。 それならば交友関係を広めるための場としてバイトをすればいいのでは、という考えもありますが、 これもまた明確な理由があるわけではないのですが嫌なのです。わがままですみません。 結局、今の、今までの状況を大きく一新した上で孤独感を拭い去りたい、というのが希望です。 そして、今のこの絶望感や無気力感、自殺願望を無くしたいのです。 精神病患者だということ認めたくないと言った反面、明らかに普通の精神状態でないことは 自分自身重々理解しています。それ故に、と言うと語弊がありますが、色々と突っ込みどころや 論理破綻、こいつ頭おかしいんじゃないかと思われると思いますが、この内容をお読みになった上で どうしようもない自分に薦めるとしたらどのような選択がいいと思いますか? 異常者にある程度の時間と自由とお金を与えてしまった結果こうなったとでも言うべきでしょうか。 守るべきものや想うべき人が居ないからこそこんなに投げやりな考えになってしまうんですかね。 「死にたくない」という気持ちが完全に無い訳ではないのでせっかく恵まれた環境にいるのだから まだ死ななくてもいいのかなあ、と漠然と考えており、 自身としては大学再入学の選択肢がいいのかな、と思っています。 24歳になって大学入学、笑ってしまうような境遇ですよね。 仮に大学に入っても交友関係に恵まれず、就職もなく結局何も変わらないまま年月だけが経った、 という現実が残った場合はその時にまた幼稚な頭を使って考えてみたいと思います。 その時こそが自死の選択の時だと感じればそれはそれで仕方ないです。 「1、2の選択肢を選んだとしてこんな考え方の人間の元に人なんか集まって来ないよ」 と言われたらそれまでなんですけどね。ただ僅かな可能性にでもちょっと期待してみたいのです。 自身の生に対しても死に対しても執着がなく、我ながら23歳とは到底思えないような、 幼稚な考えかつ稚拙な文章ですが、お暇な方がいらっしゃいましたらご回答よろしくお願いします。

みんなの回答

回答No.15

どうも、鬱経験者です。 僕も死にたいと毎日思うような時がありました。(今もたまにありますが。。。) 僕がとった行動は、心の中で自分を殺してみることでした。 これまでの人生はここで終わりって、いったん線を引いてみました。 すると、生きる事にフォーカス出来ます。 死んでしまって終わりにしようと思う事って簡単なんです。 ゲームのリセットボタンを押すような感覚ですよね。 でも、これまで生きてきた事実は変わらないので、 一度、今の自分の嫌いな所も好きな所も全て受け入れてみる必要があると思うんです。 で、僕は自分の人生の第2章って感じで、いったん第1章の幕を下ろしました。 死ぬって選択肢は現実逃避出来て楽なので、どうしてもそっちに思考が流れて行ってしまいます。 いったんその選択肢を外して考えてみる時間が必要なんだと思います。 oronain1019さんはやりたい事が無いって訳ではないようなので、やりたい事をやっていけばいいと思います。 その中で人との関わりを持てるようになれば、楽しい人生になると思いますよ(^_^) やっぱり、人間、人との関わりの中で感情が動くのだと思います。 一度、死んでみて、精一杯生きて下さい。

回答No.14

こんにちは。 ご自分の気持ちを整理して考えるには、文章に起こすと効果的ですよね。 冷静にもなれますし。 私も、一時期似たような気持ちになったことがあります。 あなたのように、高学歴・高収入ではありませんが。 「今後どう生きていったら良いか?」としばらく思案したことがあり、こちらにも質問させて頂いたことがあります。 3つの選択肢を検討されているのですね。 3以外はとても素敵です。 将来を踏まえて、これから始めることは慎重にやっていきたい、計画的に進めていきたいと思っていらっしゃるのだと思います。 でも、計画的に進めても、案外計画通りにいかないことが多々あるように思います。 であれば、1、2のどちらか、または3以外の違うことで、今すぐ始められることをまず始めて見ても良いのではないでしょうか。 「まず始めてみる。→ダメなら違うことを始める」を、繰り返しても良いじゃないですか! そのうち、あなたが人生に対して真面目に考え、悩み、チャレンジしてきたことが、あなた自身の知識や経験となって、魅力的な人に変えてくれて、自然と人も集まってくるのでは・・と、思います。 無力感に襲われているときって、新しいことを始めたいと思わないのだと、最近私も気づきました。 でも、打開したいと真剣に考えているなら、まず、自分自身に鞭打って、行動を起こしませんか? 人生を真面目に考えているあなたなら、大丈夫です。 まだ23歳ですもの。 まだ死なななくて、いいんです。 何か、やってからにしましょ! 20年後のあなたがステキな方になっていますように。。

  • demerger
  • ベストアンサー率26% (152/578)
回答No.13

【在宅の仕事で生計を立てられるのであればこれ以上行く必要はない、と割り切ってしまった】 僭越ですが、ここに問題点が潜んでいるように感じました。 つまり。 質問主様の特性として、学歴偏重ではなくいわゆる「拝金主義:金が稼げれば問題ないだろう」という視点です。 ・・それでは・・残念ながら、他人はついてきません。 今回、失恋の痛手を被られた、とのこと。 さもありなん、です。 そこを、自覚されないと・・・。金は蓄えられても、孤独は深まる。 質問主様の特性に合った環境に身を置きつつ、 意識改革としては。 女ゲットや友人ゲット目的の為に高い学費を払って大学に行くよりも。 ワーキングホリデーの制度を用いて、 出来るだけ日本人の居ない地域で働きながら、地域でボランティア活動をする、という方向性を 提案します。 日本で脳に汗をかく前に 世界で身体に汗をかいてみるのが・・質問主様に向いている気がします。

回答No.12

こんにちは。 幅広い年齢層のいる早稲田の文系をいい歳して卒業しました。多分あなたより上の歳で。 一度受験して見たらー。きっとうかるから、そしたら後のことはまた考えましょう。あまり先のこと考えず一つ一つクリアして行くのもよいのでは。受からなかったら、違うことすればいいのよ。 私なんか、何一つ思い通りにならない生き方だったけど、二回目に早稲田行って何か開けたわ。いいところでした。 いいところにするのは貴方次第だけど、志あるところに道は開けるでしょう。 どうか頭でっかちにならないで、大学生活を楽しんでくださいな。 悩みあぐねても、仕方ない。動いたらいいのよ。きっと出来るから。今の悩みや、努力を楽しんでね。 私も鬱の既往があるけど、まー真面目にやろうとすれば、程度の差があれ誰でもなるわ。精神病だなんて、大げさに捉えずに、あーまたこんな感じになったー。仕方ねー、薬のんどくか。位でもいいかもねえ。

noname#246720
noname#246720
回答No.11

選択肢から少し外れますが、 「海外の大学に入る」っていうのはどうでしょうか。 大学生としての道、海外で生活するという道、両方を一度に経験できます。 日本でもレベルの高い大学へ行けば年齢も経験も様々な人が集ってくるとは思うのですが、それでも所詮は日本人…という気がします。 質問者さんの場合、そこでもちょっと浮いてしまうような気がするんです。 それ自体は構わないと思うのですが、質問者さんの最優先事項は孤独からの脱出ではないかと思いますので、せっかく良い大学に入れても溶け込めなければあまり意味がないと思うんですよね。 海外だったら、24歳くらいは見た目も若く見られるでしょうし、興味から話しかけてくる人も多いと思います。 あとはご自身がそことコミュニケーションが取れるかどうかですが、日本よりは「自分に興味を持ってくれる人」が多くなると思うんです。 資産もそれだけあるなら、海外で暮らすにも大して不自由しないと思いますし… どうでしょうか?

回答No.10

こんにちは。 私も似たような気持ちで大学へ入ったことがあるので 1についてのことのみお答えします。 1の案はアリだと思います。 ただ、大学生活を求めるならやはり上位ランクの大学に入らないと意味が無いでしょう。 何故なら誰もが現役で入れるような大学ならば、現役入学生ばかりで生活がし辛いからです。 旧帝大や早慶ならば、浪人生や再受験者も少なくないと思います。 MARCHだと学部にもよりますが微妙になってくるでしょう。 私自身の話ではないので申し訳ないですが 私の恋人が旧帝大卒であり、学生時代の友人にも当時20代後半だった方が2,3人いるようです。 その方達は経歴は様々ですが、勉強面でも優秀だし在学中に友人や恋人も作って今は立派なところで仕事されているそうです。 公務員になった方もいます。 やはりそういう人達が当たり前のようにいるような大学が良いでしょう。 また優秀な学生は視野が広く、良い意味で常識にとらわれていない人が多いと思います。 普通の大学へ行けば24歳で大学生というのは驚かれたり敬遠されたりするかもしれないけど、 優秀な大学へ行けばそれも個性とされ、また4年間を経てあなたも自分のことを少しは好きになれるかもしれません。 行くなら絶対早稲田、落ちたら諦めるくらいがよろしいかと思います。

回答No.9

肉食って、走って、筋トレ。 気分転換になるし、元気も出る。 肉食獣が単独で行動できるのは、肉食ってるから。 孤独に関しては、完全自由なんでしょ、羨ましい限り。 こっちなんか、孤独と言えば、ちょー孤独だけど、でも、ちょー大勢と関わっているという変な状況・・・。 それから、これも微妙だけど、一応、30で国立医学部に入った経験から言うと、二浪、三浪はちらほらいたし、こっちより一つ上の人もいましたね。 歳は関係ないという雰囲気で、勤務先に関しても、最初に心配しなくていいと言われたので問題ないと思いますが、ただ、一つ、強く言われたことがあって、それは、医学部は潰しが利かないので、入ったからには絶対に卒業しろということだったので、この点は覚悟して選択する必要はあると思いますね。

  • kanakyu-
  • ベストアンサー率30% (1916/6194)
回答No.8

悩みは「孤独」なんですね。 まあ、わたしもちょっと似たような所です。 いまどき、 結婚しない人、子供を持たない人、 実家と絶縁している人とか、よくいるんですよね。 それでもみんな、家族がほしい。 孤独な人生を送りたくない。 こんなに増えているのだから、 孤独者どうし助けあって暮らせるコミュニティが 今後増えてくるんじゃないかな、と私は思っていますよ。 いつまでも今と同じ社会じゃないです。 今は海外でシェアハウスに住んでいます。 家族とは違って他人ですし、 友達というわけでもないですけれど、 人と共同生活をするというのは、不便もあるけど、 いいものです。

回答No.7

私は旧帝大出身で、現在社会人です。 (1)再受験の選択肢について参考になると思うので書き込みます。 私は現役で旧帝大に入りましたが、やはり再受験の方はいましたよ。 文系学部にはほとんどいませんでしたが、医学部医学科に1学年に2,3人ぐらいはいました。 ただ皆さん非常に優秀で、私の知り合いでは、旧帝の文学部、薬学部、歯学部等々から、 または早稲田、東工大などがらの再受験でした。年齢は、上は35歳ぐらいまでいましたね。 医学科なので、就職について心配ないとの考えで、年齢を気にせず再受験する人は多いようです。 しかし、入学後は金銭面で苦労するらしく、アルバイトを詰め込んで必死でやりくりする人がほとんどでしたよ。 今度は文系学部への再受験ですが、あまりお勧めできません。 実際に旧帝の文系学部の知り合い(現役入学)が国家公務員試験に合格しましたが、 1年留年してやっとだったそうです。 友人は決して遊んでいたということではなく、それだけ難関で、倍率が厳しいそうです。 公務員試験でもレベルはありますから、質問者の方がどこを目指すかはわかりませんが、 再受験して公務員試験を受けるとなると、相当時間を要するうえ、年齢制限にも引っかかってしまうのではないかと心配です。 だからといって、再受験を反対しているわけでなく、忠告として心に留めておいてほしいのです。 必死で悩んだ末、再受験の選択肢をとり、あとで後悔してもらいたくないからです。 私の案ですが、 理系で資格取得のできる国立大に入学して、(2)のバックパッカーをやればいいと思いますよ。 資金が2000万もあれば、どうにか(1)と(2)の選択肢は並行してやれると思います。 まだ23歳で若いですから、(3)の自殺だけはやめましょう。 私も20代前半ぐらいまで自殺を何度も考えたことがありますが、しばらく耐えて生きてきたら、 自殺なんて考えなくなりました。 外車を買って乗りまわしたり、旅行へ行ったりとして、結構、生活を楽しめてきました。 ある時期を境に、質問者の方も気持ちが変わる時がくるかもしれません。 若いうちは、皆、誰しも多感な年頃なのでしょう。 そこを越えることが人生の一つの山かもしれませんね。 耐えても耐えても、自殺願望が消えないならば、そのときは死を選ぶしかありませんね。 とりあえず35歳まで目標にして生きてみましょう。 あと10年、生きる価値はあると思いますよ。 若くて健康体なのだから、自殺する覚悟があるならば、 将来のことや金銭のことを気にせず、やりたいことを素直にやってみましょう!

  • Yusura
  • ベストアンサー率50% (607/1207)
回答No.6

どうしても、何がなんでも1、2、3だけからというのならば、私は2です。 理由は1に比べて金銭と時間のムダが少なく、その場での人間関係に失敗しても次の場所に移動すればすむからということ、あなたの社会性が磨かれるチャンスはより大きいように思うこと、海外というまるきり違った環境に行けば強制的に目が開かれる蓋然性が高いこと、なにより、異邦人がバックパッカーでフラフラする生活は今よりもずっと命の危険性が高いため今のお悩みがちっぽけなものに感じられるようになって結果的に荒療治が成功する可能性があると考えるためです。 ご自分でも何度もお書きのように、あなたのお悩みは孤独から来ている。 10年ほど前に私は別の質問者さんに「孤独は人をむしばむ」と書いたことがあります。 確か小学生か中学生で、親の海外転勤に伴い言葉がほとんど話せない海外に移住した子どもでした。 この子のことを思い出すとき、バージニア工科大学銃乱射事件の犯人も同じ境遇だということを考えます。 親の都合でアメリカに移住し、言葉の壁を乗り越えられず社会になじめなかった犯人。 生まれつき無口であまり社会性が高くないタイプだったようですが、事件前に、周囲に自分がいかに孤独かというSOSをちらほら出していたそうです。 でも急には周囲を変えられず、乱射事件を起こして自殺しました。擁護と受け止められかねないけれど、この犯人の孤独を思うと非常に胸がいたみます。 上の私が回答した子も、極端なやりかたで人目を引くことを考えて投稿していたんです。 飛び下りて足を骨折して入院したらきっと皆心配して、一回だけでも話しかけてくれるはずだということを夢見ていました。 あなたの選択肢はそれに近い。つまり、問題解決策としてあまり有効ではありえないものにすがろうとしてしまっている。余裕がなくなっているから解決策じゃないことが考えられなくなっている。そういう印象を受けます。 あなたは社会性が高いタイプではない。失礼ですが。 それが生まれつきなのか、生育歴や環境にあるのかそれとも両方なのかはわかりませんが、大学進学をおすすめしない大きな理由にはこれもあります。 おそらくは上手く交友関係を築けないほうが可能性が高いようにお見受けします。(もし、そんなことはない、1年通った間に友だちはたくさんいました、というのなら、その人たちと連絡を取ることを試してみるのが孤独感解消の一番早い足掛かりだと思います。) 1年でも学生生活の経験があるならおわかりだと思いますが、高校までは友だちができたのに大学に入ったらいわゆる「ボッチ」になっちゃった、という人はけっこういます。 大学の方が動き方を誤ると交友関係は厳しい上に、早稲田でも文系だと年齢がだいぶ上だということを理由に周囲が遠慮がちになる可能性が高いし、勉学を目的にする人たちが集まる大学への進学が人間関係という副産物目的になってしまっているために余計に人間関係に失敗する確率は高くなっている。 公務員になれても同じことです。 仮に希望の大学に進学でき、友人ができたとしても、今と同じ空虚感に悩まされている可能性は依然として高いように思います。 乱射事件の犯人同様、人に囲まれていれば孤独感が癒されるかというと、そうではありません。 絆とか結びつきと呼ばれるもの、これがないと人がどれだけ周囲にいたってダメです。 合コンがイヤだ、出会い系はイヤだということをわがままですみませんとおっしゃっていますが、これがイヤな理由は「単に人がまわりにいるだけではダメだ」ということをご自分でもよくおわかりだということもひとつにあるんじゃないでしょうか。 理由をよく分析してみるといいと思いますが、上っ面のつきあいで絆がない、弱い、本物の関係ではないから、今の孤独感を本当に救ってくれはしない、そういう印象を持つからイヤなのでは? あと、この手のものに手を染める人間を見下しているから。自分はそんな人間じゃない、という軽蔑があるのがイヤな理由のひとつだと思いますが…。精神科への通院も、劣等者の烙印を押される気がするからイヤだと思っている気が。 質問者さんにとって人間関係は人生の成功感(造語してみました)とも結びついているんだと思う。 要するに、今の「株の取引で生活」という生き方は、会社でイヤなことがあってもがんばって出世して、イヤな上司や同僚もいるけど仕事で揉まれて切磋琢磨し、家に帰れば奥さん、時にはケンカもするけれど家を任せられるる奥さんが子どもを育ててくれて…という人生に比べて「負けた」感じがするのもあるのでは? 劣等感がもし理由のひとつにあると自己分析するのなら、大学進学は余計にお薦めしない。 3番の否定に絡みますが、あなたの悩みの本当のところは、自分が社会の何になっているのか実感をもてないための充実感のなさではないかと思います。 それで生に執着できるわけがない。あなた個人の本質というよりも、似たような心境に陥れば人間誰だってなげやりになります。生に執着している人というのは、自分が社会でなにがしかの役割を持っている、と思えるから執着できるのです。 まあ長々と書いてずばりの解決策は示していないわけですが、1は無駄足になりかねないし、3はそもそも悩みと解決策が転倒しているので論外。 なので、2は、リハビリとしてならアリだと思います。最初から深い関係を期待せず、自営業で引きこもってさび付いた社交性を鍛える目的でなら最悪の策ではないと思います。 ただ、孤独が深まる可能性も高いですし、 >資金が尽きて野垂れ死んだり、日本と比べ治安が悪い海外で犯罪に巻き込まれ死んでもいいかな、 >という一種の投げやりな考えも持ち合わせています。 これでは誰とも仲良くなれないと思う。生きようとしている人は投げやりな人を避けるものですから。 あなたが元気な人だったら、死にたいほど孤独でそのためにあなたに寄り掛かってくる赤の他人と深くつきあおうと思いますかね。その状態では悪人が寄ってくるだけ。 いちど孤独になっちゃったら、そこから抜け出すのは難しいですね。 本当は、オフ会とか、株仲間の親睦を兼ねた勉強会とか、趣味の社会人サークルとか、もうバーに通うでもいいから、何か根づけるところを探してリハビリを始めたほうがいいのではないかと思います。 そういう趣味色が強いところでも何かの組織に属して、そこから女性と出会って自分だけの家族を作ることが、今の孤独感を払拭する道だと思います。(男性と出会って、海外で内縁の式でもいいですけど。) 家族ナシだと基盤がなくて不安になりがちなんですよね。でも今の段階だと藁にすがりついてさらに傷つきかねないほど弱っているから、まずはリハビリですね。

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