- ベストアンサー
天竺に行きたい
- インドの旧名、天竺(てんじく)について知りたい
- 天竺は極楽的なニュアンスを含む言葉で、瑠璃の水や蓬莱の玉が存在するイメージもある
- 三蔵法師の一行が目指したような「天竺」に行ってみたい
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
仏跡の多い北インド、ビハール州 三蔵法師が行ったのはナーランダ 今のインドに天竺を感じないのは時代の問題です。 ナーランダの遺跡を見て思いを馳せましょう。
その他の回答 (2)
- nobu1717
- ベストアンサー率17% (218/1217)
1ですが、 三蔵法師はナーランダ大僧院で5年は勉強したようです。 当時は中国から出る許可を三蔵は貰っていないので、街道はあまり使えなかったと思います。 また、巡礼の旅でもあったので真っ直ぐに向かってはいないです。 西遊記は三蔵法師の巡礼の旅を軸に書かれた伝奇小説ですから、イメージだと天竺は当時だとガンダーラかもしれませんね、歌にもありますが。 ガンダーラも北インド地方、アフガニスタン、パキスタンですから現在は寂しいかぎりですが。
お礼
再度のご回答をありがとうございます!!! なるほど、三蔵法師はある意味秘密裏に中国を出て、各地の仏跡(とかですかねえ)などを回りつつ天竺へむかったのですね。そう考えると、トラブルに会うことも多かったでしょうし、17年という歳月がかったのも少し理解できますね。 ガンダーラの歌でも「They said it was in India」と過去形なので、やはり天竺はいにしえの浄土と思ったほうが良さそうですね。 アフガニスタンやパキスタン、内戦やテロリストによって素晴らしい仏教遺跡が破壊されていくのは、本当に忍びないですよね。バーミヤンの二の舞いが起こらないよう・・・そして、ブッダも望んでおられるであろう、平和な世の中になることを切に祈りますね・・・
- okappasan
- ベストアンサー率60% (66/109)
インドは独特の雰囲気ではありますが、天竺と言われるとインドの雰囲気とは少し違う(個人的な)印象があるので、質問者さんの疑問は共感できます。 色々な文献によると、三蔵法師は中国の長安から出かけ、天竺に辿り着き、17年かけてまた長安に帰ったそうです。 天竺がインドだとすると、直線距離でも徒歩で約700時間、頑張ったら一ヶ月で行けそうです。 17年間も何をしていたんでしょうね。それだけ道が険しかったのかしら。 さて、天竺は現在のナーランダ大僧院(インド ビハール州)とのことです。 久しぶりに堺正章の西遊記を観たくなりました。
お礼
ご回答ありがとうございます! え?三蔵法師、17年て!!!本当に何をしていたんでしょうね。三蔵法師はすごくまっとうな方だったと思うので、寄り道とか無駄な事をしていたとは思えませんよね。 ツレがよくなかったのかもしれませんよね。明らかにトラブルメーカーを3名連れていますもんね。(孫悟空、猪八戒、あと河童みたいなやつ) すみません。話しがそれてしまったのですが ナーランダ大僧院が、天竺なのですね! 実際に行ってしまったら、想像力が乏しいわたしの天竺感が崩れ去ってしまいそうなので、グーグル画像検索結果を見ながら、イマジンしようと思います!
お礼
早速のご回答をありがとうございます! 三蔵法師が行ったのは、ナーランダというところなのですか! ナーランダ遺跡、画像検索してみました。 こちらの画像の木漏れ日の感じとか、わたしのイメージする「天竺感」を感じる事が出来ました。 http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/500/26/70/77/500_26707737.jpg たしかに・・・仰るとおり天竺を感じないのは時代のせいなのかもしれません。アドバイス頂いたように、イマジンで補ってみます!