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ドラキュラ1992翻訳について
- ドラキュラ1992年版のブルーレイをレンタルして鑑賞中。字幕の設定を変えてシーンを見返していると、翻訳が違っていて不思議に思っている。
- 特に、ドラキュラとミナがカフェで話すシーンでの会話に注目している。英語字幕では「In my mother's tongue it is called Argesh. River Princess.」とあるが、吹き替えでは「故郷の者たちは、この川を、涙の川と呼んでいるのだ」となっていて、この訳に疑問を感じている。
- また、「Argesh」という単語や「River Princess」という表現の意味についても調べたがわからなかった。原作ファンや歴史に詳しい方に解説してほしいと思っている。
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Argeshの語源は私もわからなかったので置いときます。 で、River Princessのところは「In my mother's tongue it is called Argesh, River Princess.」です。つまり、「私の母語ではArgeshと呼んでおるのだ、川姫よ」みたいな感じ。呼びかけです。 この映画を観たのはだいぶ前なので記憶があいまいなのですが、もしもここで初めて「River Princess」という表現が出てきたのだとしたら、なんと申しますか、怪奇物のお約束というか、「ほほほ、おぬし、自分が“川の姫”だと悟ったのお」みたいな宣言ですよね。勝手にそう呼んじゃって、もうそういうことにしちゃってる、みたいな。それまでは平凡な女の子だったはずなのに悪魔の申し子だったのねえ、とか、なんちゃらの精だったのねえ、みたいなシーンなわけです。わかっていただけます? さて、問題の「涙の川」という訳。翻訳をする際には、現実の事実関係に比較的忠実に訳すやりかたと、物語のムードを盛り上げる訳し方とがありますが、ここでは後者を用いたのではないかと思います。 つまり、「アルジェシと言うのだ」と訳せば、オタッキーな映画ファンは、あとで調べて「おお、あの実在する川かあ」と、芸の細かさにほくそ笑むでしょうけれど、その他大勢の人々は「アルジェシって何じゃ??」となるわけです。で、幸か不幸か、日本の娯楽作品では、あまり疑問を残したがりません。わかりやすさが重視される傾向にあり、メジャー作品であればあるほど、その傾向が強まります。 ここでも「涙の川」と訳せば、「Argesh」という、英語圏の観客にとっては異国情緒たっぷりの表現が葬り去られますが、ずっと日本語で鑑賞している観客は、雰囲気を感じ取って、それはそれで完結するわけです。 ちなみに私自身は、英語で鑑賞している人と日本語で鑑賞している人との国際結婚カップル同士が、一緒に観て同じ感覚を味わえるような作品が好きなのですが、これはこれで満足する観客が大勢いるのでしょうね。それに、ここは英語圏のファンのあいだでも評判の名場面なので、どうにかして目いっぱい盛り上げる必要があり、その点に関しては成功と言える訳なのかもしれません。ただし、あとでイギリス人の彼氏に「あの『涙の川』ってセリフ、感動したよねえ」と言っても彼の反応は「は?」でしょう。
お礼
お礼が遅くなって申し訳ありません。 丁寧なご回答ありがとうございました! もう…本当にすっっっきりしました! あれは「呼びかけ」だったんですね。わかりますわかります。 ああ…そういうことだったのかあ。 もうずーっと、英語圏の人はみんな知ってる「River Princess」にまつわる逸話や神話があって、それが涙の川と何か関係が…!?等とぐるぐる悩んでいたので助かりました。 なんだかロマンチックですねえ。また好きになりました。 「涙の川」の解説もありがとうございます!! すごくタメになります。 英語圏の方にとっても「Argesh」は耳慣れぬ言葉なんですね。 だから、観客にとっては異国情緒に溢れる素敵な囁きになる。 伯爵にとってはずっと会いたかった愛しい人に初めて「あの時2人が使っていた」国の言葉で語りかけているわけで、 ミナにとっては「知らないはずなのに馴染みのある」響き…。 素敵なシーンです…。 確かに、日本語で伝えようとすると難しいシーンですね。日本人にとっては英語もルーマニア語も異国語ですから…。 もし直訳だったなら、こうして調べようとも思わず、なんとなーく見て終わっていたと思います。 むしろ意味も分からず、映画に取り残されてポカーンとしていたかもしれませんから、成功と言えるのかも? 翻訳って、大変なんですね。 貴方様のおかげで、この映画がもっと大好きになりました! ほんとうにありがとうございました。