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「失敗は成功の元」は本当に正しいのか?
- 「失敗は成功の元」は成功者たちが残してきた名言ですが、これは必ずしも真実ではないと思います。
- 成功するためには環境も重要であり、劣悪な状況では名言は役に立たない場合もあります。
- そのため、「失敗は成功の元」を信じるかどうかは個人の判断に委ねられるべきです。
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>皆さんはこの私の結論をどう思いますか? 当たり前の事をなに長々と語っちゃってるの? が率直な感想 成功者の残した言葉や経験談が万人に当てはまる訳ではない。当たり前でしょ 成功するには非常に様々な要因があって、言葉に出来るのはそのうちの極一部だし 質問者さんも言っているように環境は人によって全然違うんだから 成功した人がそうしていたというだけであって、そうすれば成功する訳ではない そういうのは何が正しいとか何が間違ってるとかそういう問題じゃない 実際、人によって全く真逆の事を言っている場合もある 途中で投げ出さず、できるまでやることが成功の秘訣・・・と言っている人もいれば 才能がないと感じたら早めに見切りを付けて他の事を・・・ みたいな事を言ってる人もいるよ 成功者の言葉でも、ことわざでも、格言でも なんでもかんでも鵜呑みにするのは馬鹿のすることです そういった格言はあくまで"参考"程度にすることですね 自分の考えに合う格言を"参考"にして、自分の意思を持つことです
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- ノーバン(@nobound)
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「普通にパフォーマンスできるか」も重要ですが、ワールドカップ予選の本田がPKを決めたシーンを見て、「勝負に勝てるか」も人生の重要な要素のような気がしています。ドーハの悲劇や、あと一球でノーヒットノーランなどで、その失敗はどんな意味があるのか?ちょっとしたスキとか、投げたコースの違いとかは、戦略とか意志とか運でもない、相手との勝負の一瞬の駆け引きのような気がします。 結局、勝つことに意味がある、勝たないと意味が無い、ギャンブルのような行動も人生の醍醐味と言えるかですね。
- hyuuma8579
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時間・空間・環境は、人間が管理しなければならない対象です。 環境すら管理できなければ、その時点で既に失敗したも同然なのです。 というより、環境に負けたら人間と名乗ることはできません。 環境は、あくまで人間が自由に管理できる対象だからです。 人間であり続けたいのなら、環境管理は必須条件です。 ある環境下で「〇〇だから△△できなかった」のだと環境のせいにすれば、その人が成功者として表に立つことは不可能なのです。 言葉や名言として表に出るような人は、最低でも環境を克服するのが大前提です。 あなたの挙げた名言が名言である理由は、その一言に辿りつくまでの人知れぬ努力や流した血と汗と涙が込められている故でありましょう。 1を聞いて10を知るという言葉がありますが、そのフレーズに秘められた奥妙な真理がわかるかわからないかも聞く側に問われるのです。 成功者の言葉を・・・言葉として矛盾があるように見えてしまうのは、1を聞いても1しかわからないからです。 成功者の言葉を聞き、それを真の意味で理解できる者は、少なくとも成功者と同レベルの苦労の土俵に立っている者でしょう。 10を聞いても1しかわからない者からすれば、成功者の言葉に対しても「言葉じりを取る」ことや「揚げ足取り」的な解釈しかできないかもしれません。 1を聞いた時に、語られていない100の言葉を噛み砕ける人間でありたいものです。 言葉がわからない人がその真意を知ることができないのです。 もっと言えば、成功者の言葉が言葉にしか見えていない時点でどうしょうもありませんね。
- tomban
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うーん…私はそうは思わないな。 泥沼にハマった時、そのまま沈んでしまう人もいれば、助かる人もいるんだよね。 いろいろな要素はあるけどね。 助け舟が来たりとか(運)、そのままで冷静にしていたら浮いたとか(判断)、ともかくもがき続けてたら岸についたとか(死力)…いろいろあるけど、事実助かる人はいたんだよね?。 なんらかのムーブメント(行動)をすることで、結果としての成功はあった、というのもあるんじゃない?。 だから「成功」したんだと思う。 必ずしも努力が報われるなんてことは私は言わないけど、でも、努力すること、考えること…状況判断とか、逆転の発想とか、そういったものはやはり「諦めないからこそ」得られるんじゃないのかな?。 泥沼=死、と決めたら、そこで確かに「ジ・エンド」かもしれない。 でも「いや、そうなのか?」と疑問を持てば、状況だって逆転する可能性があるんだ。 投げ出したらおしまいだが、投げ出さなかったからこそ、死地から生還できた。 そういうことも有ると思わない?。 すべての人が成功するわけじゃないよ。 「結果として」生還できた人や勝利者「こそ」が吐ける言葉には違いない。 でも…それで私はいいんだと思う。 人生敗北は一度きりじゃないし、何度でもチャンスは有る。 成功は一度だけでも良いんだよ…そしてその時にこそ「成功の秘訣」というのは話せる資格が出来るんじゃないのかな?。 仕事は泥沼と違ってやり直しはきくじゃない?。 部活だって「こだわった結果として」イジメを受ける羽目になったんだから、それがどんなに理不尽と言えども、そこから抜け出すのには「自分の判断」だけしか最終的には頼れないだろ?。 他人が頼りにできない以上は、自分で自分を諌めるしか無いやね。 そのことで自分が無くなるわけじゃないんだから。 どうにもならんことなんぞ、捨てるほど有る、人生には!!。 そんなことにいちいち付き合っていたら、人生が終わっちゃうぞ?。 上手い具合に行ったならばよし、努力しても結果的に無理だったら捨てる。 成功、というのは、そういうものだ。 数々のものを捨てまくった先に、やっと一個の「成功」を掴んだ、って、ただそれだけの話しなんだよ?。
- lunalian
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「失敗は成功のもと」とは、 成功という到達地点へ至る際にある障害を、失敗を経験することで理解し、その障害を軽減もしくは回避できるようになることで、よりベターな道のりを導き出せる、ってことではないでしょうかね。 投稿者さんの考えでいうなら、足を引っ張る方々を失敗からその存在を理解し、その人達の影響を受け辛い、または受けないようにする手段を思いつくきっかけになる、のではないでしょうか。
当然のことながら『失敗』の質によるでしょう。人生を棒に振るような『失敗』では『成功の元』たって棒に振った人生は取り返せない。何で『成功』する? 他人が『失敗』とも思わないような『失敗』を大げさに考える奴の“戯言”でしょうね。この社会は、残念ながら、本当の『失敗』を『成功の元』に出来る程“優しい”社会じゃありません。またそういう『失敗』が本当の『失敗』ナンです。
- 神野 ロ〇(@keieiemuai)
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「失敗は成功の元」 コレって諦めたく無いなら絶対条件の必然事項なんよ!100%と言える位w 道に例えるなら、左右に別れた2つの道を、右に行って失敗だったら左に行くんよ! 「左」この字の読みを「みぎ」って答えて、間違えて、正解したいのに、また「みぎ」とは答えないんよw 屁理屈の垂れようが無いんよw 野球でも、諦めたく無いなら「このままじゃいけない」「この場じゃいけない」「変えないといけない」「変わらないといけない」コレらの選択ミス、行動ミス、思考ミスを「元にして」じゃなく、元するしか無いんよw 「成功の反対は失敗では無く、行動しないこと」 コレは、タダ単に当たり前の事を述べてるだけ!w 行動しないと、成功どころか失敗すら「しない」じゃなく「無い」でしょw 「失敗を恐れず行動する」 コレは、やるからには、当たり前!wしかも、成功の事を言ってるんじゃない! どちらかと言うと本番の事を説いてる! 過程を、やるだけ、ヤッた奴に言う言葉w(ぶっつけ本番も可w) 「途中で投げ出さず、できるまでやる」 ん~…コレはねぇ…俺も違うと思うw「途中で投げ出さず、できる所までやる」がいいww 最後にw 「成功=ゴール」 コレが、すごーく大きな間違いw って言っても「ゴールが成功」でもいいんよ!w でもね「成功」って言うのわ、ゴール出来なくても、ソコを頑張って、必死に目指した自分の「成長」「精進」「満足度」とかの「納得出来る自分」「悔いの無い自分」の事なんよw 100年かけても登れない、クソ険しい山に挑戦して、頂上(ゴール)に辿り着かない事が失敗じゃないんよw 限界まで行って、悔い無くやり尽くした時には、景色も広大になってるし、成長してるし、満足出来て「納得出来る自分」「悔いの無い自分」になってるんよw 「成功」してるんよw むしろ「成功」って、自分でしか決めれないんよ! 「成功の反対は失敗じゃ無く、後悔」 って俺は思うね…w
- pain68
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日本語に「最善を尽くす」という言葉があります。 英語に置き換えるとネバーギブアップでしょうか? その状況、その事態、その環境、どんなに切迫し劣悪な状況であれ、 自分が対応できる全てを駆使し、全知全能を傾けてその状況をやり過ごす。 7人の敵がいたら8人の味方を付けるよう応援を頼む。 死なないように死んだらおしまいだから・・・・・・ そして、反撃のチャンスをうかがい、相手を叩き潰す、若しくは状況を好転させる。 諦めたり、逃げ出さずになんとか柳のようにフラフラとやり過ごすか、 強硬手段で突破するかはその時の判断。 自分の経験で申し訳ないが、魂をこめて対応すれば何故か「反省とひらめき」が脳裏をよぎる。 それこそが「失敗は成功の元」だと思う。 適当にあしらって。逃げてばかりの人生は「反省も、ひらめき」も空虚で空しい。 一度きりの人生だが、運がいいとか悪いとか、いろいろあるがいろんな経験を 重ねることの方が次に的確な判断をできる大きな武器になる。
- まさしろ(@masasiro)
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ご質問者様こんばんは。 シェイクスピアの言葉に「世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるのだ」というものがありますね。ご質問者様は失敗の後の行動は環境が整ってこそだとおっしゃいますが、成功や幸せへの下地となる環境が既に整っているのなら、もうその人にとっての幸せは実現していると言えるものかもしれませんね。 与えられた環境によって人間は生きるしかありませんが、中世の時代のように外界に出ることが許されない、環境が「定まった」時代では現在は無いのです。個人的な思想を持って行動を起こすことで自分の環境を変えて行くことは、近代の社会では容易になったといえるのではないでしょうか? 最善を尽くす為の行動を「選択」することが現代人には求められますね。しかし、良い結果だけ得られることを期待すれば、人間は行動を起こせなくなるでしょうね。何もしないことが人間にとってはとても悲劇的なことですね。 この世界に起こる出来事は大まかに3つに分類できると思います。それは「起こり得ること」「あり得ないこと」そして「避けられないこと」です。 起こり得ることとあり得ないことの違いは、そのことに意識が及んでいたかどうかの違いですが、避けられないこと、「運命的な」ことということも人間には起こりますね。引き起こされた出来事が、運命的なものなのか、そうではないものなのかを見極めることが今後、行動を選択する上で必要な能力になるでしょう。運命的な出来事に遭遇したとき、人間はそれを無条件に受け入れるしかありません。それを受け入れた上で、今後どうするのかを選択するしかありません。 ご質問者様のお友達のように、人生は自分の思い通りにはならないことの連続です。例えば、演奏家が事故にあってプロとしての道を絶たれたといったことも起こり得ますね。事故を避けられたものと捉えれば、それにこだわって、恨んだり悔やんだりしながら長い期間を過ごさなければならないでしょうが、避けられない運命的な出来事が自分に起きたのだと、人生そのものを切り替えてしまうような大きな思考転換に人間は至ることもできるのです。 その人にとっての未来に至ったとき、過去に起こってしまった避けられない運命的な出来事、(そのときは不幸な出来事としか思えないような出来事)が、「導かれたもの」と感じたり、自分にとっては「なくてはならないもの」と思えたり、その出来事に「感謝」したりすることも起こり得るのです。未来にそう思えるように、現在に与えられた選択肢を自分なりに精一杯選択することを愚直に積み重ねること。その「行動」が人間に必要なのですね。 先人の言葉には、このような意味が含まれるのだと思います(^-^) ご参考になれたら幸いです。
- kazukun-z
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いい線いってると思います。 名言に限らず世の中には、その命題が成り立つ条件が省略された言葉が多々あります。 水は零度で凍る(但し、1気圧に限る) やさしい人が好きです(但し、イケメンに限る) 国民の所得を150万円増やします(但し、公務員と上場企業正社員に限る) 人生には何の意味もない(但し、凡人に限る) 言葉が発せられるとき、その人の環境や立場が当然の条件として省略されてしまうようです。 ですから、環境や立場が違う人が会話してもかみ合わないし、時には喧嘩になってしまいます。 相手の環境や立場を理解し、省略された言葉を補うことは円滑なコミュニケーションの 第一歩だと思います。
環境込みでってことじゃないですか? 劣悪な環境に入ってしまったからと言って諦めず、そこから這い上がることができれば「投げ出さずに続ける」っていうのと同じだと思います。 事実、そういった経験談を語る有名人もいますよね。 中学時代いじめられてました、みたいな。 普通にパフォーマンスできるっていう時点で「普通」なわけなので 普通じゃない環境に置かれた時にどれだけやれるかが成功へのカギじゃないでしょうか。
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