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自分を知るために向き合う

自分の好きなことややりたいことを知りたいのですが、、中々答えが導きだせません。 自分の好きなものは、なんとなく分かっているんですが、それを知ったとこでなにも答えが出ず結局自分が将来なにがやりたいとか分からなくて、迷っています。 自分の好きなものが分かれば自分のやりたいことや、なりたい自分像が明確になるかと思っていたのですが、まだまだ見えないです。。 自分のなりたい自分像や未来でやりたいこと、未来の計画を明確にたてるにはどういった方法で見つけることが良いですか??? 自分と向き合う作業というのはとても難しいです。

みんなの回答

回答No.3

ご質問者様こんにちは。 ご質問者様がご自身の特性や職業に対して、定まらない気持ちをお持ちなのは当然かもしれませんね。ご質問者様の未来には、それだけ沢山の可能性がある証拠なのだと思いますよ(^-^) 沢山の可能性の中から何かを一つ「選び取る」ということは、選んだこと以外の選ばれ無かった沢山の「可能性」が永遠に実現されることが無くなるということです。何かを選び取るということは、選ばれ無かった可能性に引導を渡すことなのです。 悩みや迷いや矛盾をはらんだ複雑な選択がある一方で、日々の生活の中で無意識に判断を下すような何気無い簡単な選択であっても、それは同等の意味を持つもので、それがどんな選択だろうと、自分が選んだこと以外の沢山の可能性は、永遠に実現されることは無くなるのです。 自分で選んだ選択には、その人間が持つ可能性をこの世界に引き起こした「責任」と、それ以外の可能性を引き起こさなかった「責任」の両方を持つのです。自分自身とはこの「責任」のことです。どんな責任を進んで引き受けて来たのか?ということを積み重ねて来たことが、そのまま今の「自分」となるのです。 責任とは「罰として負わされるもの」との認識が一般的ですが、本来の意味は違います。責任とは私がある出来事に対して「応じる能力」が「ある」のか「ない」のかを能動的に態度で「示す」ことなのです。つまり、その責任を十分に果たす能力が私に「備わっている」ことを周りの人間や自分の心の中に「証明」することなんですね。その意味で責任を持つことは、とても人間を積極的で能動的にするものだと思います。 ご質問者様の迷いの原因は、「何をしたいのか?」ばかりをお考えになっているからです。その答えとなるようなものはご質問者様の可能性の中には無限にあるのです。余りにも沢山の選択肢があり過ぎて選びようが無い場合は、選ぶものの視点や順序を変えることがとても重要ですね。 本当ならまず先に、私は絶対に何を「しない」のかを選ぶべきだと思います。私の持つ沢山の可能性の中から、これだけは絶対に生み出さないという「誓い」を持つことです。その誓いに対して態度を守り、責任を果たすことを続ければ、これからどんな選択を選ぼうとも、完全に間違った選択にはならないのだと思います。 人間が絶対にしてはならないことは2つだけありますね。それは「人のものを奪うこと」「人を奴隷のように扱うこと」です。そのような行動の原因となる態度は、何事にも「無関心」で、誰かとの優劣を見つけては「見下し」、そして相手の存在を完全に否定する「無視」のどれかが心の中で沸き起こり、可能性を態度に示してこの世界に引き起こしたときに起こりやすいものだと思います。 人間が絶対にしてはならないことを守っているときにだけ、ご質問者様は自由に未来を想い描くことが出来るのです。誰かの役に立てたり、誰かの助けになれるような仕事や生き方が見つかるといいですね(^-^) これだ!と何かを選んだら「選択と集中」という思考法を使って、モチベーションを保つと良いでしょうね。選んだもの以外は捨てて、選んだものに集中することですね。選択とは、選んだもの以外を「捨てる」ことなんですね。そうやって気持ちを身軽に整理することが、この情報過多の時代には求められるものかもしれませんね(^-^) ご参考になれたら幸いです。

  • eroero1919
  • ベストアンサー率27% (3007/11113)
回答No.2

そうやって真剣に探せば、そのうちなにかやりたいことが見つかるか、あるいは現実の中での自分の役割が見つかりますよ。 私はどうしてもやりたいことがありました。だからやりたいことが特にないって人からよく「やりたいことがあって羨ましい」といわれました。だけど、わざわざやりたくなるようなことって、そう簡単にはなれないものですよね。例えば「自動車免許をどうしても取りたい」とはならないわけです。簡単に実現できるから。「バンドでメジャーデビューしたい」とかそういうものになるんですね。 だけど、そこから先の約10年間は「やりたいけど、やれない」あるいは「ちょっとやってるけど、理想と現実がかなり違う」もしくは「やってるけど、カネにならなくて生活できない」という苦しみの中でした。 そしてその中間にしばしばあったのは、「これはやりたいことではないが、そこそこにやっていてやりがいは感じるし、生活もできるから夢を諦めてこの仕事で生きていくかな」というものでした。一度は本当に夢をほぼ諦めた時期もありました。もしあのとき、あの仕事で生活が続いていたら、今頃はしがないサラリーマンとしてたぶん結婚もして、平凡だけど平凡であるがゆえの幸せな暮らしを静かに過ごしていたでしょう。そして、その生活もそれはそれで満足していたと思います。

  • gragra24
  • ベストアンサー率31% (18/57)
回答No.1

資料を見て頭の中で考えてるだけではなかなか分らないですよ。 なんでも面白そうだと思ったことを、ちょっとやってみることです。 本格的にやろうとするとハードルが高くて始められませんし ちょっと体験してみるだけみたいな感覚で。 それで他人が面白いと言ってるかどうかや流行りなどに関係なく、 自分の心に楽しんでいるかを問いかけてみることです。 待っているだけで楽しいことは向こうからやってこないので、 自分から動くことです。

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