回答者が若い方が多いのか、かつては憧れのシンボルであり、よくとは言えませんが、それでも結構売れたことを、お忘れのようです。
それくらい現状は、日本のマーケットからアメリカ車が消えてしまっていますね。
いくつかの理由があり、皆さんが書いておられる通り、税制を考えると排気量が大きい、車体が大きくて取り回しがし難い、全体の品質がプア(に見える)などの理由の通りだと思います。
しかし1950-70年代途中までは、アメ車は「あり」でした。
結構品質も、日本車が劣っていた頃は、上に見えたのです。そしてアメリカンライフは憧れのオール電化生活でした。
またスポーツカーというより今考えれば、スポーティーカーだったと思いますが、カッコ重視の2ドアクーペやハードトップ、オープンカーは、夢、憧れだったのですよ。
当然広告も多くしていました。
どこからアメリカ車が、栄光の座から転落したかというと、一つが石油ショック(1973年暮れ)でガソリン価格が高騰したことと、もう一つが変動相場制の以降で1972年8月までは、1ドル=360円で固定でした。
考えてみたらそりゃ儲かるでしょう。アメリカ車も日本で走りにくいことが多少の欠点であっても、売れればもうかるのですから、イメージだけ良けりゃいいという考えでした。
石油ショックはアメリカ自動車産業に大ショックで、それまでの巨大さを誇りにしていたマッスルカーたちも現実の路線になり、排気量もボディサイズも小型にして行きました。
それが現在に至っています。
しかし往年のような伸びやかなデザインは復活できず(近年少し名車復活のようなトレンドもあり)じつにショボいアメ車の時代が、ずっと続いて、日本にも積極的に輸出しなくなり、反対に日本のメーカーがアメリカに進出し、国内より排気量、ボディ共に大きい日本車を大量に売るようになったというのが、こんにちの姿です。
あとはフォードはヨーロッパフォードがあり、GMはドイツのオペルがアメ車の代わりに日本で、ある程度売れるのが、それぞれの本社の国際戦略です。
フォードは一時期、長くマツダと提携しました。マツダの一時の窮地を救ったのが、フォードが窮地になると、マツダが開発してコンポーネンツを輸出するまでに。
またGMはスズキといすゞの関係が深い時期があり、オペルも性質がかぶるクルマが多かったので、それぞれ自由に販売拡大できない時代が続きました。
それも日本市場からイメージが薄くなった理由のひとつです。
もう2010年代になり、それほど大家や“親戚”の顔色を伺わなくてもよい時代になっていると思います。
ただアメリカの自動車産業に、残っている力は、あるにはあるのですが、欧州車の力と魅力の方が大きく、国際的なトレードを考えれば、自動車産業以外の分野で、日本に攻め込む方がTPPの目的を達するのではないか。
5年後の日本を今見られたら、びっくりするような変化も起きているかもしれませんね。
教育とか、介護サービスとか、病院とか、ごっそりアメリカ型になっていたりして。
そんなところです。
それでは。
お礼
なる程、そうでしたか。有難う御座いました。