ウィーン体制で成立したドイツ連邦について
ドイツ連邦について教えてください。
ドイツ連邦は、自由主義を弾圧する一方で、ドイツ統一を抑圧する機関でもあった、
という説明がいくつかの書籍に書かれていました。
しかし、統一をしないのであれば、単にオーストリアもプロイセンも、そのまま独立
国家として存在するのがいちばん手っ取り早いような気がします。
もともとは、大国の勢力均衡を現出するために作ったのが、たまたま後付けで、
ドイツ統一を抑圧する機能をもったということなのでしょうか?
また、後の経緯からもわかるように、プロイセンもオーストリアも一国にまとまった
ほうがドイツ民族としては有利な状況を作れたはずです。他国が反対するのは
わかりますが、なぜこの両国は自ら統一に反対したのでしょうか?
おわかりの方、ご教示ください。