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30過ぎて反抗期かもしれません
- 今年31歳独身、一人暮らしです。心身症等のうつ状態で入院歴あり。現在は治療せず、復職しています。
- 両親、兄、姉、親戚すべてと関わりたくないです。この年齢で反抗期なのでしょうか?いつかは解消できるのでしょうか?
- 家庭環境はとても恵まれていますが、自分自身の問題や過去の出来事が原因で関係が悪化しています。かなり辛く、相談できる人がいない状況です。
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家族の反対を押し切ってまで出産を決めるなんて、あなたは芯の強い人間だと思います。 イヤなら家族と縁を切ってでも生きていける強さを持っているのに、それができずにいますよね。 なぜなら、良い子でいなければ家族の一員として認めてもらえない、家族を傷つけてはいけないという環境の中で育ってきたからだと思います。 だから家族を裏切ってまで自分に正直に生きることは、罪だと感じてしまうのではないでしょうか? でもあなたはやったわけです。 親に反抗して自分の気持ちを通したのでしょう? あなたがやったことは、お腹の赤ちゃんのことを第一に考えてのことだから間違っているとは思いません。 ただあなたの家族の中では、絶縁してまで産む決心が許されない環境にあるのですよね。 自分と家族の価値観の違いにとまどっているのでしょうね。 でもね、そんなの普通ですよ。 家族とはいえ、一人一人違う考え方を持っているのだから、全部右向け右なんていかないものです。 あなたは今家族と違った方向を向いています。 それが一般的には反抗期と呼ばれる時期にはあるものなのですが、これもまたみんながみんな同じ時期にあるわけでもないようです。 あるべき時期になかった人は、大人になってから反抗期を迎えるケースもあるようです。 大丈夫です、あなたは至って普通の人間です。 お兄さんに関しては、たぶん自分が間違っていても自ら謝罪するようなタイプじゃないと思うし、それを望むような家族でもないと思うので、ここはあなたが折れて謝罪が良いかと思います。 もちろん心の底から謝罪する必要はありません。 ただそうした方がこれから先のことを考えると楽だと思います。 結婚だとか葬式だとかイヤでも家族と関わらなくちゃならないときがありますから、ぎくしゃくしたままではあなたが辛いでしょう。 納得できないと思うけど、みんなと同じ方向を見ているフリだけして、心の中では見るべき方向を見ていればいいんですよ。 そしていつか同じ方向を見てくれる人と出逢って、自分が正直でいられる家族を築いて欲しい。 あとね、命より世間体を大事にするなんてどうかしてると思いますよ。 あなたの家族ではそれが当たり前なんでしょうが、私にはそれが素晴らしい環境で素晴らしい両親だとは思えない。 望んでも子供を持てない人が聞いたら、どう思うんでしょうね?
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- ni_si_ki
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私はあなたがシングルマザーになろうと決意した時のことが気になります。 今まで従順だった娘が親と縁を切ってまで、自分の意志を貫いた。 親御さんの立場から判断すると、この時が最大の反抗期だったはずです。 いや、もぅ少し遡る必要があるかも知れません。 何故そういう事態になったのか。 あなたは親孝行だったと仰っています。 しかしあなたの親御さんは生きていくために肝心なことをあなたに教えませんでした。 それは自立心です。 子の為と言いながらあなたの自立心を育ませようとしなかった。 異に沿わないと絶縁宣言し、途中で態度を翻した。 あなたは自分の足で人生を歩みたかったのではないですか?
お礼
ズバリのご指摘ありがとうございます。 私の両親、特に父は世間体を大変に重視する人間です。 口癖は「俺はお前らをここらの近所の中では絶対に負けない不自由させない環境を与えてきた」ということです。 裕福ではないにせよ、お稽古事や食事を始めとする生活環境、教育環境は世間一般より上を経験させたというのが父の誇りだそうです。 その件はとても有り難いと思っています。 始まりは私の結婚でした。 婚約者の彼が高卒、専門卒だということと家柄が気に入らないということで両親に強く反対され婚約破棄となりました。 ちなみに姉の旦那様は高学歴(東大院卒)である国家公務員のキャリア組です。今でもよく覚えていますが姉が結婚する際、母から「あの人の学歴と職業だからお父さんは簡単に許したのよ。あなたは分かってるわね。」 と諭されました。 兄と兄嫁と長年交際し結婚に至りましたが、兄嫁が片親だったのでひどく反対をされていました。また、結婚式の数ヶ月前に妊娠が発覚したのですが後に「順番は絶対に守らなきゃ駄目だよ」と兄嫁に言われました。きっと彼女は私の父にずいぶんキツいことを言われたのだと思います。 さて、私が妊娠し出産を決断した時の反応はみな一環していました。 父→世間に好奇の目や後ろ指を指される人間は我が家にはおけない。 自分の常識は我が家の常識であり、それを逸脱するならお前は我が家の一員ではない。二度と顔を見ることはない。 母→どうしても生みたいのなら産んで養子か孤児院に預けなさい。絶対に面倒なんて見ません。 姉→自分の息子の教育に悪いのであなたはどこか海外に行ったということにする。 兄→絶縁。どこでも野垂れ死ね。 世間に恥ずかしくないこと、とても大事だと私も思います。彼らはきっとキツいことを言えば私が改心するのだという思いで全て本心では無かったのだとも思います。 それでも私はあの子を生み共に生きたかった。 あの子を守りたかった。 そのために一世一代の決断をしたのです。 子供を堕胎したのならどうぞ家族の輪にと両親に言われても、素直に受け取れません。 ですが、彼らにとても辛い思いをさせたので家族として仲良くすることが償いになるのだろうと思っています。 ですが、どうしてもそれが出来ない。 そのことが辛く、自分が情けなくなるのです。 ご回答に対する返答になっておりませんね。申し訳ありません。 ご回答者さまのご意見、自立ということ、とても有り難いと思いました。 感謝いたします。
- freegon2010
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先ずどう考えても反抗期じゃないですよ。正常な体験ですよ。 大体、人間失敗のない人生なんてあると思いますか。人には言えないで黙って唇をかみしめる様な思いを一生抱いていること皆さんあるでしょう。少なくとも私はあります。 それでも、人生捨てないで生きています。 貴方は「恵まれて育った」と仰っていますね。もしかしたらそこらがちょっと躓きの時にブレーキをかける力を育てていなかったのかも知れませんね。 みんな、失敗して利口になるし、育つのが人生で、無傷で力を得るのは難しいみたいです。 お兄さんは、まだ失敗のない人生を送っていらして、人生の悲しみをご存じないのでしょう。お気の毒ですけど、貴方にはさしあたりどうして差し上げることも出来ませんよ。ご自分で手痛い失敗をしないと無理でしょう。 貴方のお考え方は、本当に後ろ向きですねえ。折角、こんな経験をしたのに、折角こんな利口になったのに、お若いのだし、もっと前向きに生きましょう。怪我したのだから傷は痛いです。代わりに経験という知恵を得たのですから、傷をなめなめ頑張りましょう。
お礼
叱咤激励のご意見、心に沁みました。嬉しいです。 兄はきっと私が正式に謝罪をし、絶縁を申し出たことを取り消ししないと受け入れないという意思なのだと思います。 両親や兄嫁にひどく心配と迷惑をかけましたので、その件は私も申し訳ないと強く思いますし謝罪を彼らにしました。 妊娠のゴタゴタ(この表現は本意ではありませんが)の際、入院の際、実際にお世話になった両親、姉、兄嫁には上記のとおり許してもらい、水に流してもらっています。 兄とは話していません。 なにを謝罪すればいいのか分からないのです。 「妊娠してごめんなさい」「出産を決断してごめんなさい」 いずれも兄が謝罪を求める件に対し、私は後悔や失敗だったとは思えないからです。 ただ兄も私もそして父も性格が頑固だというのは家族として誰よりも分かっています。[絶縁する]と言ったことを簡単に翻せないという気持ちなのでしょう。 兄の家族は私の家族の中心です。 兄嫁も子供たちも私の両親、親戚に可愛がられており、兄が右と言えばみなが右に進むという感じです。 私は彼らを羨ましいと思っているのかもしれません。 ご回答の内容からだいぶずれてしまいましたが、 ご指摘頂いたとおり、私はこれまで大変恵まれて育ち失敗という失敗を経験したことがありませんでした。 妊娠したこと、元気な子供を産めなかったことを失敗とは思いたくはありませんが、決して幸せな成功の通過点では無かったです。 遅ればせながらの挫折ということなのかもしれませんね。 前向きにということはすぐには難しいですが、そのように捉えることも可能なのだと知ることが出来ました。 長文失礼しました。 ありがとうございました。
今まで、人を愛し、気遣って生きて来られたのですね。 かわいそうに。こんなに悩んで…と、率直な感想です。同情でも慰めでもありません。 あなたは反抗期ではありません。 自分を責め過ぎているだけです。 世間一般で常識を尊ぶご家庭に育てられたようですね。 少しくらいハメがはずれたご家庭なら、質問者様もこんなに悩まれなかったのでは…? お兄さんが辛い態度なことが相当こたえていらっしゃるようですね。もしかして、それまですごくお兄さんと仲良しだったのでしょうか? ご両親と仲を回復したければ、『お兄さんが許してくれない』ことを伝えてもいいかもしれません。 でもね、本当に大事なのはあなたが背筋を伸ばすことです。 親に絶縁を申し出た信念の時のように、実家に悪いとばかり思わず、あなた自身がしたいこと、しなければいけないこと、気分転換にお稽古でもいいですし、家族以外に周りを見て、少し大人の女性になってください。 絶縁にあったり、中絶をされたり、もうあなたは十分辛い思いをしてきたのだから、これ以上責めることも責められることもないです。 まずはご自身が自分を責めるのをやめて、無視するお兄さんにちゃんと話す勇気を持ってください。 それでお兄さんがわかってくれなくても、時間をかけて、焦ってはいけません。 あなたが泣く日がこなくなりますように、無力ながら応援しています。
お礼
お心あるご回答ありがとうございます。 兄は昔から私のことを嫌っていました。年がだいぶ離れているせいか、共に育ったという実感はありません。 口を聞かないという期間が何年も続き、近年、兄が家族を持ち丸くなりようやくわずかながら会話ができるようになっていた最中のことでした。 姉も私とはだいぶ年が離れており、内向的な性格だった彼女は外交的で誰にでもチヤホヤされていた私を疎み嫌っていました。 大人になりようやく最低限の交流が持てるようになりましたが、姉妹らしいやり取りは一切ありません。 私は自分本意の考えで彼らを裏切り傷つけてしまっています。 子供のこともそうです。 もっともっと苦しまねばならないのです。 ですが、辛い。 なんて矛盾した甘えた感情なんでしょう。 あまり心配をかけないようFacebookでは楽しく明るい近況を偽ってアップしています。義理の兄と義理の姉が見てくれているので。 元気で明るい妹(娘)は崩すことができません。 これ以上傷つけたくないです。 ですが、どうしても自分を許し、家族の愛情を受け取ることはできません。 せっかく親身にお話を頂戴したにも関わらず、本当に私は駄目ですね。 最低な人間です。 それでもお気遣い頂いたこと、心より感謝いたします。 本当にありがとうございました。
- 7964
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現在の生活環境を変えるほうが良いかもしれません。毎日、死にたいと思い生活するなら、最後は死ぬしかなくなるかもしれません。あなたなりに、こうならなくなりたくないなら、どうすれば良いか?考えてください。
お礼
ご回答感謝いたします。 私の幼なじみは長年ひどい鬱病で入退院を繰り返し、自殺しました。 東日本大震災では地元仙台で被災しましたが命は助かりました。 私の子供は私のせいで元気に生まれることが出来ませんでした。 たくさんの尊い命が非情にも消えるのを間近にしているにも関わらず、自分はどうして死にたいと思ってしまうのでしょう。 私がいなければどんなにか私の家族は平和に幸せな生活ができるのに…と常々思っております。 今、考えられることは混沌として正直わかりません。 本当に家族の幸せを壊す存在でしかない自分にどうしたらいいのか全く分からないのです。 やはり死をもって償うしかないのですね。 貴重なご意見ありがとうございました。
お礼
お礼として入力したのですが補足になってしまっておりました。 大変失礼致しました。
補足
理解あるご回答ありがとうございます。 百人十色たくさんの人種、経験、環境、価値観があります。 けれど私のそれは決して家族に受け入れられるものではありませんでした。 社会に出れば皆様のように受け入れて下さる方々がいるということが分かり感謝いたします。 ですが、彼らの立場で言えば「所詮、他人だから許せるのだ」ということです。 身内だからこそ、自分や護るべき家族に危害が加えられるかもしれないということで両親、兄姉みな私を排除したのだと思います。 幸せかつ恵まれた家族環境で育ちました。 ですが、実は物心ついた時から分かっていたのです。 年の離れ反抗期の兄と姉、仕事が多忙で帰宅は遅く理想が高い父、それに反発し仕事を始めて外に出た母。 バラバラの家族をつなぐのは幼い末っ子の私の存在だと。 適度にやんちゃをし、甘え、わがままを言うことで両親は喜びましたし、兄姉は安心して県外へ出て家庭を設け両親の面倒は私が看るものと。 期待を裏切ってしまうことの苦しみがこんなに辛いとは。 であれば私の生き方や意思などとるに足らないものだと思ってやみません。 事実として私には生きている子供がいないので。 子供を産みその亡骸と対面した時に、私は死んだと思いました。 私という人間の心は死んだのだと。 それであれば今いる私はいくらでも心を偽ることが出来るのですね。 両親に対し自分を偽ることは大変申し訳なく、辛く、悩みの根っ子なのでこれは解消すべきことですが、 残念ながら兄に対しては偽りで構わないから謝罪をし当面の心配事を解決する…これはご回答者さまのご意見に賛同いたします。 毎月、月命日に花を手向けにお寺へ足を運びます。 早1年経ちますが涙が枯れる日などありません。 私の伯父夫妻は子宝に恵まれない夫婦です。 母に「あと10年早ければその子をあの夫婦に養子にしてあげられたのに」と言われていました。 私の子供の命は何だったのでしょう。 今もって分からず、過ごす日々です。 話がそれてしまい申し訳ありません。 今回ご回答下さった方々の皆様そうですが、もしあの時このようなお考えの方々がお近くにいて下さったら私も子供も違う人生を歩めたのではと思わずにはおりません。 本当にありがとうございます。