• 締切済み

想像力、創造力のある人

私は昔から「手本を真似ていかにそれに近づくか」ということにはやる気や興味が出るのですが、一から自分で何かしら作り上げることがとても苦手した。 絵画→デッサンや風景画は得意だけどポスターや抽象画は描けない ダンス→振りを教えてもらって踊るのは楽しいけど自ら創作はできない。浮かばない。教えられるのは楽しいけど人に教えるのはどうしたらいいかわからない。補助(アシスタント)なら大丈夫。 仕事→言われたことはできても、企画や発想は浮かばない。教師や自営業、管理職はできない気がする。 「自分はこうしたい、こんなことがしたい、作りたい」という気持ちが持てる人をとても羨ましく思ってしまいます。 友人の一人に、家庭と子育てと仕事、さらに習い事の先生までこなしている人がいます。先日、「(指導している習い事の)記念イベントをするのでぜひ来て下さい」という手紙が届きました。 私になくて欲しくて仕方なかったものを全て持っているようなその友人に年甲斐も無く嫉妬している自分が情けなく、気持ちのやり場もなくて悶々としています。 創造力、想像力、発想力、バイタリティー、… どうして持っている人と持てない人がいるのかと、一日24時間なのは変わらないのに、何でも出来る人と何も出来ない人は何が違うのかと、…考えてしまいます。 この「自ら考え出しそれを実現したいと思う気持ち、それを叶えるバイタリティー、行動力」 は育った環境なのか生まれもっての性質か、大人になってからでは変わりようがないのか、について、どちらの立場の方からでも構わないので考えを聞いてみたいと思い質問しました、宜しくお願いします。「大人になってから努力して出来るようになった」という経験談などもありましたらぜひお聞かせ下さい。 まとまらなくとりとめのない文章で申し訳ありません。目に留めて頂いてありがとうございました。

みんなの回答

noname#246720
noname#246720
回答No.8

自分の中に吸収したものの量によると思います。 私はいわゆる創作を仕事にしていますが、10代のころは自分の好きなものしか見ず、世間で流行っているようなものは何となく汚らわしい感じがしたのと、その感覚を超えてまで接するのが面倒だったのであまり見ていませんでした。 しかし「好きなもの」に関してはオタクと言われるまでに追求したので、それが創作の元になり、一応プロにはなりましたが、やはり元々自分の中のストックというか、そういうものが少なかったようですぐに枯渇していくのを感じました。 これについては人間関係にも言えることで、上記のように以前の私は「好きなもの以外には極力触れたくない」と思っていましたので友人関係もかなり狭かったです。 二人、友達と呼べるくらいの人がいた程度で、人間関係は本当に薄かったです。 また、学問も、得意なものは高得点でしたがそれ以外は「やる意味がわからない」と屁理屈を言って、平気でサボっていましたし… これも自分の見聞を狭めることになっていました。 それに気がついてから、色々な物を見て、色々な人と接触して、学問も様々な分野に興味を持つようにして… とやっていったら、自然と自分の中の創作に関する基盤も厚くなりました。 いわゆる「引き出しが増えた」という感じでしょうか。 質問者さんに足りないのはそれかな?とご質問文を拝読していて思いました。 違っていたら申し訳ないのですが、質問者さんも私と同じように、好きな物や気持ちのいいものにしか触れないようにしてきていませんでしたか? ちょっとできないことがあると「自分にはできない」とすぐに諦めてしまっていませんでしたか? バイタリティーに溢れ創作意欲がある人はおそらく、自分にとって都合が悪いことからもとことん逃げません。 それを幼少から続けてこれた人は、かなり若い時から同年代の中で飛びぬける存在になりやすいです。 >一日24時間なのは変わらないのに、何でも出来る人と何も出来ない人は何が違うのかと、…考えてしまいます。 この時間、もったいないです。 24時間なのは変わらないなら、余計なことを考えている間に「引き出しを増やす」努力をしましょう。 毎日少しずつの積み重ねで、数年後にきっと何か変わっているはずです。 ネットで興味のあることを検索したり、映画を見たり、テレビを見たり、本を読んだり、ラジオを聞いたり。 積極的に「自分になかったもの」に触れてみましょう。

  • eroero1919
  • ベストアンサー率27% (3007/11113)
回答No.7

私は質問者さんと真逆で、アイデアマンではあるのですが、地道な作業が苦手です。特にその地道な努力が苦手で、子供の頃なんぞはそういうことに見向きもせず、今にして思えばそういう地道な努力をしなかったせいでどれだけ損をしたことか・・・大人になってようやく「基礎が最も大切」ということに気づきました。 さて、私のようなタイプはゼロからなにかを作るのは割と得意なのですが、「完成されたもの(完成された仕事)を維持する」というのが苦手。「今あるやつをただ持続するだけなら俺は必要ないじゃーん。ヘタに色々アイデアを出すとかえって和を乱しちゃうからここでは黙ってまーす」なんて、やる気モードゼロになることもあります。 「サービス精神旺盛と面倒くさがり屋」とは、そのとおりだと思いますね・笑。私も自分でいうのもなんですがサービス精神旺盛でなおかつすげー面倒くさがりです。面倒くさがりだから「楽するための努力」は怠らないのです・笑。 だけど面倒くさがりだから、地道な努力が大嫌いなのです。 世の中、私のような人ばかりでも、質問者さんみたいな人ばかりでも世の中は上手くいきません。新しいことを立ち上げるときは私のような人材が必要でしょうが、立ち上がって安定して運営するためには質問者さんのような人材が必要です。そこが「適材適所」ってやつです。 仮に、質問者さんが努力しても発想力という点では私みたいなタイプには勝てません。だって、そこで負けちゃったら私みたいなタイプは存在意義がなくなっちゃうじゃない。質問者さんには「地道にこつこつ努力できる才能」があるので、その自分の得意な分野を伸ばしていくのがよいと思います。 裏方的な仕事が性に合っているのではないでしょうか。ステージでスターがスポットライトを浴びていられるのも、誰かがスターにスポットライトを当ててくれるからこそなんですよ。

  • kaiyukan
  • ベストアンサー率15% (482/3140)
回答No.6

もって生まれた才能が大きいと思いますけどね あとは、出来ない何も浮かばない、とすぐ諦めないで、 ナニクソ!と思って何度でも挑戦努力するハングリー精神の差とか。 天才型もいれば、努力型も居ますからね 質問者さんには質問者さんの才能が眠ってるかもしれませんよ まだ出会ってないだけで。 十人十色です

noname#181154
noname#181154
回答No.5

サービス精神がある人とか、面倒くさがりは良い発想出します。 変化を嫌う人は頭が固いですね。

noname#160007
noname#160007
回答No.4

>育った環境なのか生まれもっての性質か、 >大人になってからでは変わりようがないのか それは現在の科学では解明されていません。 ですから、このOKWaveに限らず、世界中のどこで質問しても答えは得られません。 私が見る限り、あなたは自分で創造したいのだと思います。 だったら、 >育った環境なのか生まれもっての性質か、 >大人になってからでは変わりようがないのか と考える必要はありません。 「創造できるようになろう」とすればいいだけです。 だって、 「生まれつきです」 「大人になってからは変えられません」 と言われても、あなたはあきらめきれないのでしょう? 試しにこの↓本を読んでみて下さい。 http://www.amazon.co.jp/dp/4763193449/ 本の内容を全て信じろということではありませんが、 あなたの悩みに対する何らかの答えは得られると思います。 あなたのような人のために書かれた本です。

  • fuefue12
  • ベストアンサー率38% (457/1192)
回答No.3

美術関係に関わってきた人間です よく1からものを作ることが出来る人は何も無いところから 新しいことを考える事が出来るように思われますが 実のところ殆どは「自分の好きなもの」で構成されているところが多いです。 ロボットが好き だからロボットの絵を描く 次第に真似するのに飽きてきて「こんなロボットがいたら良い」と思い それを絵にして描く(子供の頃はそれですらどこかで見たようなものの事が多い) これが【独創性」です つまりは好き→真似するから始まるのです。 とはいえ仕事が関わってくると好きなことだけやってても 形にならない事も分かっているので 独創性を売りに仕事をしている人は「経験・知識」などを使って物をつくっているのです。 質問主さんも日々の生活で好みを活用していると思います 例えば自分の部屋の配置とかファッションとかです どれもこれもお手本を元にってわけでは無いと思います。 「ここ もうちょっとこうしたら良いかも」って思ったりしませんか? この独創性が人によって差が出るのは 「みんなと違うと恥ずかしい」と思うか思わないかです。 勿論もともとの性格もありますが 小さいころ人とちょっと違う絵を描いた事で 「もっとこうしなさい」「こんな絵を描いてはだめ」と 言われた経験が多い子供は 1から物を作る事が苦手だと感じるケースが多いです。 また人からの評価を気にするタイプは このケースが苦手な傾向があります。 とはいえ変えようと思えば変えられます。 例えば見たまま物を描いたとしても そこに一つだけ「こうしたら楽しいな・好きだな」と思うものを 自分で付け足せばいいのです。 出来上がりを見ていいと思うか? 思えばまずはそれで十分です。 質問主さんが羨ましいと感じるその人たちは 突き詰めれば自分のしたいことをしてるだけでもあります。

  • kanakyu-
  • ベストアンサー率30% (1916/6194)
回答No.2

こんにちは。 もしかしたら、「誰かのマネをしていれば、自分は責められない」みたいな深層心理が、ありませんか。 それで責められても、責められているのは自分ではなく、オリジナルの作者だから。 でも、自分の作り上げるものは自分の責任なんです。たとえ誰かのマネであっても。 あなたとその人は、違うかもしれませんが・・・ 自分の責任において、自分の意見を言うことを決してせず、 他人の意見を持ち出して、そこにのっかるだけの人がいました。 その人に、あなた自身の意見は何なのか、と聞いても、その人の意見が自分の意見だ、と言うばかりでした。 その安全な殻の中から、決して出て来ようとしません。 たとえ誰かのマネであっても、自分の意見は自分の責任であるという意識は皆無のようでした。 「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」 タイプの典型だと思いました・・・ 

  • atako444
  • ベストアンサー率32% (16/49)
回答No.1

これは、何か経験があります。 何か、と随分大まかですみません。 というのは、 今現在私は独創性だけの塊 突っ走ってるね と職場でも、仲間内でも言われますが 子供のころは、規則だけを忠実にできる子でした。 絵が好きだけど”こう描きなさい”といわれないと描けない とか、 粘土細工が好きだし手先も器用だけど、本に載ってるものしかできないとか。 実は質問主様がおっしゃるのと同じように、 一生懸命に独創性を持ってあれこれやりたいと思っていた友人に 嫉妬するー! といわれたことがあります。 いつから私はこうなったのだろうかと考えました。 2つ思い浮かびました。 (1) 新しくとある工芸を勉強し始めて分かりました。 今までこれっぽっちも触れたことの無い分野で、職人の先生が 「あなたが何を表現したいかぜんぜん伝わってこない」 と言われたのを思い出してそのとき感じたことを思い出しました。 まだそこまで材料揃ってません 材料とは道具ではありません。 私の中の引き出しです。 その工芸の手法、表現、デザインについて、様々な基礎を勉強中です。 表方法や独特な考え方の基礎を叩き込んでから、 私が普段に受けた衝撃や感動を、その分野(その工芸的な手法)に則って表現するんだと思ったんです。 つまり、今はまだ先生の言われたとおりのことしかできないって事。 (というか、言われたこともままなってませんけれど(笑)) 一つのことをトコトン、トコトンに、マスターするまで取り組んだことはおありでしょうか? (2) 創造系ではなく、実写系かもしれませんよ?質問主様の得意分野は。 こういうこともあるのではないでしょうか? というのは、たとえば デッサンを磨いて、すんごい緻密な写実的な絵が上手い とか ファンタジーな物語より、ノンフィクションを描かせたほうがスゴイとか。 絵を一つとってもいろんな派閥がありますし、 また工芸の話に戻りますが、これも派が3種ほどあるそうで、 伝統工芸、現代工芸、とその中間。 伝統工芸は文字通り、伝統的な技術を継承すること。 現代工芸は、伝統的な手法ではなく新しい表現を模索すること 中間は、伝統工芸に今までに無い表現をテイストとして入れること だそうです。 伝統工芸は、何百年と繰り返されてきた技術の継承なので、 やたら奇抜なことを考え出してやっては、眉間にしわを寄せられちゃうわけです。 きちんと今までの技術を模写するように引き継ぐことが重要になってくる分野です。 私が思ったことは上記2つですが、 実は友人の評価と違って、私は後者のタイプだったりするんですよ。 ただ、あれやりたい!と思ったら行動に移しているだけです、 友達からは 想像力豊か、発想力豊富、なんでそんなにバイタリティーが と言われますけれどね。

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