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自己愛性人格障害とは?原因や特徴、改善方法はある?
- 自己愛性人格障害に悩んでいる方の心情や特徴、関連する問題点について解説します。
- 自己愛性人格障害は、自己中心的な思考や感情の欠如、他人への思いやりの不足などが特徴です。
- 克服できるかどうかは個人によりますが、地元を離れて新たな人間関係を構築したり、自己を偽ることをやめることが改善につながるかもしれません。関連書籍も参考になるかもしれません。
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質問者が選んだベストアンサー
#4です。 >治療で治る病気などでは無く、歪んだ個性なんでしょうか そうだと思います。 でも、歪んではいないと思うんです。 個性ですから、言ってみればみんなどこか歪んでると思います。 だからこそ、治療というものが当てはまらない類のものだと感じるんですよね。 >>「あきらめましょう」。この場合のあきらめましょうは、自己愛の克服を諦めるということでしょうか。 はい、そうです。 というとなんだか突き放したような冷たい言い方のように思えるんですが、 それ以外の方法ではあなたのおっしゃる「克服」はありえないと思うようになったんです。 つまり、克服という状態は「無い」んだと思います。 他の方がおっしゃるような、「受け入れる」ということと同じだと思います。 克服しようとしたのではなく、 結果的に克服できただけなのではないでしょうか。 ですから、克服を目指すのではないのだと思います。 自分を許して、受け入れて、愛してあげれば、いいんだと思います。 それの言葉違いとして挙げたのが、「諦める」ということです。 文章なので心に響くことは少なかろうと思います。 参考程度に。 ぼーっと公園をふらふら歩いたりしてみるといいかもしれませんよ。 僕も、構ってほしくて、注目されたくて、仲間に入れて欲しくて、 でも相対する自分は嘘っぱちで、そんな自分が嫌いで、でも根本は愛したくて・・・ みたいな生活を続けています。 諦められ、受け入れられる日がいつか来ると信じています。
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- atti1228
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No2.3の補足。人間は、弱いです。ただ、このことは、我々、鬱にしかわからないことに注意してください。鬱の人でさえ何言ってんのこいつっていう人が多い。気づけないんです。認めたくない。それも人間です。幸い、あなたは、気づけた。 >何だか思春期の中学生のような相談でお恥ずかしいですが、 とんでもない。我々、鬱は18でも35でも、50でも鬱で、本当の自分がいやで拒否してます。弱虫が大っきらいなんです。認めるのが怖いんです。あなたも、よく気づきましたね。あんまり周りに、おんなじ考え方してる人がいないもんだから、不安になったもんだよ。おんなじ人を、めっけた時は、感動しますよ。お前もそうかって。 これを、乗り越えると、鬱は消えてしまいます。ただ、空しさがなかなか消えなくてね。 もう、なれっこになったので、空しささえ消えました。 偽善ってのもよく気づきましたね。自分の身勝手さを受け入れられると、偽善でなくなります。善になります。 あと少しだね。少しずつでいいんだ。認めてあげてね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 自分を見つめなおすのはいつも 挫折したときだけです。 幸か不幸か、社会的に成功していないのと、 挫折が早かったので、小さな世界での 自己愛で留まっている気がします。 ただ、理想の自分が捨てきれない限り、 一生乗り越えられない気がします。 ・成功→自己愛の増長 ・失敗→鬱 のサイクルを早く抜け出したいです。
- odvanscale
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同じような感じの、あなたより少し年上の男です。 僕も長いこと悩んでいて、投薬などの治療はしていませんが、 どうも悩みが抜けませんね。 僕が考えるに、障害という名前が付いているから一見克服できそうな気がしますが、 僕はこれ、死ぬまで、克服できたり治ったりするようなものではないと感じます。 >・地元を離れ本当の孤独を味わい一から人間関係を構築する。(他者に依存しないように) 僕はこれしていますが、 どうにも「一から」というのは難しいです。 27年間過ごした人生があるので、本当に一からというのは無理だと感じます。 これと関連していますが、 >・自分を偽ることを止め、笑われてもいい、ありのままの自分を曝け出して生活する。 偽っている自分がどういう自分で、本当の自分がどういう自分か。 それが自分で分かっていて、ノートの右左で分けて書けるぐらいでしょうか。 それならそれを毎日それを意識して生活すれば可能かもしれません。 というのは、「今まで偽っていて、それを止めてありのままにしようとしている自分」 というのがそのあなた自身だからです。 分かりますでしょうか? 真の本当の自分というのは、無意識でしかないのだと思います。 意識的に何かをしようとしているのは、真の本当の自分ではないと思うのです。 で、これは死ぬまでできないと思います。 「やろうとしている」時点で「できない」のです。 無意識で生きるしかない。 本とかでいう「ありのまま」っていうのはそういうことなのです。 だから、僕のアドバイスというか、共感する者として言いたいことは以下のようなことです。 「あきらめましょう」。 ノートに書くなどしてみて意識して生活できそうなら、チャレンジ。 頑張ってください。 参考程度に。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >僕はこれ、死ぬまで、克服できたり治ったりするようなものではないと感じます。 自分は投薬治療を受けていますが、投薬治療は感覚がマヒしてしまい、 むだに悩まなくなる反面、 自己愛を助長してしまうのではないかと考えてしまう時もあります。 治療で治る病気などでは無く、歪んだ個性なんでしょうか。 本当のうつで悩んでおられる方とひとくくりにされるのは忍びなく感じる時があります。 クリニックの待合にいる時など特に。 >真の本当の自分というのは、無意識でしかないのだと思います。 的確な意見に思えて、不安になりました。 参考にしなければいけない意見だと思いました。 今の自分にはノートに書き記せるほどの「無意識の自分」が見つかっていません。 「ありのままにしようとしている自分」なら書けます。 おそらく、根拠のない自信と、理想で固まった、 美化された自分だと思います。 自分が救われたい、受け入れてもらいたいという欲望と 根拠のない自信による期待が捨てれないんだと思います。 「ありのままにしようとしている自分」が拒絶されると また悩んでしまって同じことの繰り返しになってしまうんでしょうね。 >「あきらめましょう」。 この場合のあきらめましょうは、自己愛の克服を 諦めるということでしょうか。 質問続きで申し訳ありません。
- tsufujifuji
- ベストアンサー率15% (213/1332)
他人を労るのは、とても単純です。もし、あなたが、強がりや、自分を守ろうと威嚇してきても、こちらは、あなたの弱さを知ってますから、そして、なぜそうし時ているか、理解してますので、否定をしません。すべて包み込んでしまうのです。大丈夫だよって。愛は、許すことですから、とくに大したことは、ありません。 愛されている実感か、許されている実感は、ありません。ただ、自分で自分を許してるだけです。ただ、相手は、決して否定されることは、ないのでそれなりに何か感じているものが、あるとおもいます。
お礼
再度、ご親切なご回答ありがとうございます。 >愛は、許すことですから、とくに大したことは、ありません。 許すこととは一体どういう事なんでしょうか。 自己愛について認識しだした頃、 無償の愛が美徳だと思って、他人に尽くすことを努力しました。 浅はかな考えでしたし、長続きもしませんでした。 悩んでいる人の相談に親身になっても、その人の悩みが解決してしまうと、 「嬉しい」ではなく「自分を頼ってくれなくなって寂しい」と感じました。 親切な自分に自己陶酔していただけでした。 自分の精神が未熟な為、他人を包み込める器量は備わっていませんし、 今は見返りを求めた愛しか与えられません。 利益、不利益を考えないと付き合えません。 ただ、No.2の回答でもある通り、 >あなたの、苦しみは、これからです。 自分自身、人生経験も薄っぺらく、他人との交流もまだまだ足りないんだと思います。 これからも”自惚れ→挫折→自惚れ”を繰り返して 苦しまねば、きっと解決できない気がします。 死ぬまで解決できないかもしれません。 何年か何十年先か分かりませんが、tsufujifujiさんのご回答のような 真の他者への接し方が出来るようになれたらいいなと思います。
- tsufujifuji
- ベストアンサー率15% (213/1332)
私も。元うつです。おんなじことで悩んでました。でも、ここまでわかっていれば後は、自分を知るだけです。受け入れるだけです。これが、かなりきつい仕事なんですが、苦しいですけど、愚かな自分と向き合い、自分を罵倒し、軽蔑し、そして愛してあげる。 愛とは、許すことです。 こんな自分を愛することが、できれば、もうこっちのものです。どんな人も愛せます。強がってる人が、かわいくて仕方ありません。自分に、嘘ついてるやつが、かわいいです。そいつらが、大好きになります。 >地元を離れ本当の孤独を味わい一から人間関係を構築する。(他者に依存しないように) これは、かなりきついです。 >自分を偽ることを止め、笑われてもいい、ありのままの自分を曝け出して生活する。 自分をいつわること自体が、うつの原因です。ありのままでいいです。 自己愛性人格障害は克服はできます。私ができましたから。人間の欲望は、醜い。自分が醜い。私は醜いです。 でも、愛してます。仕方ないんです。認めてあげてください。それこそが、人間なんです。弱い自分を、かわいがってあげてください。誰しも、弱いです。さびしがりでいいです。ぬくもりがほしいです。やさしさがほしいです。 ほしいなら、まず、あげてください。そしたら、もらえます。自分を、大切にしてください。大切にするには、他人を、大切にしなくては、なりません。弱くていいことを、みんなに、教えてください。それが、愛です。 あなたの、苦しみは、これからです。すべて、認めてあげてください。みんなおんなじです。みんなおんなじなんです。あなただけでは、ありませんよ。あと、もう一歩だよ。こっちに来な。
お礼
優しいご回答ありがとうございます。 文章を読んで、涙が止まりませんでした。 とても心の綺麗な方だと思いました。 大げさかもしれませんが 「罪と罰」のソーニャを思い出しました。 自分が涙を流したのは 自分の心の中で、あなたの様な優しい回答が返ってきてほしいという 「甘え」の気持ちもあって質問したからなんだと思います。 自分を偽るのをやめる訓練、がんばります。 拒絶されることもありましたし、 他人の目が怖いですし、 克服出来る根拠も無いですが、 ありのままをさらけだすことを継続します。 もう一つだけ、質問させてください。 他人を労り、愛する方法が知りたいのですが、 あなたが、愛されていると実感するのはどんな時ですか。 構ってちゃんですみません。
- rizakura
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私は医師ではないので、個人的な意見を述べさせていただきます。 私は「人格障害」は「障害」でも「病気」でもないと思います。 ひとつの「個性」ではないかと思っています。 その個性が他の人と違うだけなのではないでしょうか。 世間では否定されているから、自分の「個性」が悪く見えるのでしょう。 まずは、自分を認めることから始めたらどうでしょうか。 他の方に迷惑がかかるのなら、事前に「自分はこういう性格で、嫌な感じを与えてしまうかもしれない」と、自分の「個性」を理解して貰うところから始めれば、いいのではないでしょうか。 そもそも、ご存じでしょうが人間の心は誰しも醜いものです。あなたが特別に好ましくない感情を覚えるわけではないでしょう。 私としてはやはり、専門医にかかるのが一番望ましいと思います。 現在の心療内科の医師が頼りないのでしたら、セカンドオピニオンを見つけるという方法もあります。自分が納得できるまで、何件でも巡って見ても良いのでは?
お礼
素早い回答ありがとうございます。 「人間の心は誰しも醜い」 真理のような気がします。 自分が特別だと思いこんではいけないんですよね。 自分が特別だと思いこんでいるから、 特別扱いされずに現実と理想のギャップに悩んでしまうんだと思います。 セカンドオピニオンの件、考えたことなかったです。 一度、別な先生の意見も参考にしてみます。 もしかしたら、新しい発見があるかもしれません。
お礼
みなさん親身になっていただき、 本当にありがとうございました。 >自分を許して、受け入れて、愛してあげれば、いいんだと思います。 それの言葉違いとして挙げたのが、「諦める」ということです。 参考にさせていただきます。 自分を律しつつ、受け入れられるように 心に留めておきます。 >僕も、構ってほしくて、注目されたくて、仲間に入れて欲しくて、 でも相対する自分は嘘っぱちで、そんな自分が嫌いで、でも根本は愛したくて・・・ 同じように考えている方に相談に 乗っていただけただけでも、救われました。 本当にありがとうございました。