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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:日本で漫画が発展した理由。外国との違い、分業とか)

日本で漫画が発展した理由

このQ&Aのポイント
  • 日本の漫画は、漫画家・アシスタント・編集者の分業制が主流であることが特徴的です。これに対して海外ではマーベル・コミックなどの漫画製作システムが主流です。
  • 日本は漫画を作品として扱い、漫画家を作家として尊重する風潮があります。この点が、漫画が発展する一因となっています。
  • 日本は敗戦後の物の無い時代や経済成長にも上手く適応できたため、漫画産業の発展が促進されました。

質問者が選んだベストアンサー

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  • FEX2053
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回答No.1

システムうんぬんより、マンガを受け入れやすい 文化的素地があったと考えた方が良いかと。 そもそも、鳥獣戯画をはじめとして、日本には 「絵物語」という文化がありました。江戸期には これが「版画」という、「絵師」「彫師「刷師」「版元」 が総合して大量生産するというシステムを生んだ わけで、今の漫画生産システムの原型がすでに 江戸期にあったんです。 おまけに戦争前から「のらくろ」という、大ヒット マンガがあったんで、マンガという表現形式、 それを大衆文化として受け入れる素地が、 日本の国民に既にあったんですね。 ・・・日本の庶民って文化的レベルが高いんです。 さらに言えば、日本の職人の地位が高く、絵師 だけでなく、彫師、刷師にも一定の尊敬が払われた 面にも、システムを温存させる素地になったかと。 大衆の側に受け入れる素地が無いと、いくら 良い芸術で、普及のためのシステムを作ろうが 広がりはしないんじゃないかと思います。

flashman
質問者

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回答ありがとうございます。 前は、手塚治虫が日本の漫画の祖かと思ってましたが、本を読むと戦前、戦中にも傑作漫画はあったみたいですね。 手塚治虫が開拓しただけでなく、育つ土壌があったというのは納得です。

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その他の回答 (6)

回答No.7

> 日本人には漫画に向いた資質ががあるんでしょうか。 たったひとつ、ありますよ。漫画は文字を「子供たちが」読めないといけません。 過去、何度か日本を支配しようとした外国の圧力で、政府が国民にテストをしたことがあります。ごくごく普通の子供や大工さん、労働者など、外国から派遣された監視員の監視下で実施されました。 いずれも、その外国の本国よりも優秀な「識字率」で、中にはダブルスコア以上の結果を残した年もあります。 日本では、貧しい人でも、教育のない人でも、最低限自分の名前は書けましたし、文字を読める人は普通にいました。 江戸時代の浮世絵ブーム、戯作本ブームは、庶民の文化でしたし、漫画も同じですよね。 当時、海外のどの先進国でも、庶民相手に文字を商売にするということは考えられません。戦後どころか、今でも似た状況ですよ。特にアメリカの「英語」の識字率を調べてみると面白いかも。

flashman
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 字が読めるのは大事ですね、漫画なので画から入って行く気もしますが。 字の読めない子供や外国人が、まず漫画に入って行くのは絵柄や画の展開の楽しさかなって感じです。

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回答No.6

マンガ制作の背景などは、他の回答者さんたちの答を参照していただくとして、 「日本の文化」と「漫画」の相性の良さを考えた時に、 「日本語の特性」についても触れておいたほうがよいかと思いました。 アメコミと日本のマンガを見比べていつも感じるのはセリフの読みやすさです。 英語に比べると、日本語は漢字がある分、文字数が少なくすみます。 つまり吹きだしに使うスペースを少なくでき、その分、絵を大きく描けます。 また、日本語は縦書き、横書き、なんでもOKです。 これに絵を組み合わせて表現できるのですから、 かなりの自由度があると思います。 さらに、ページ進行も右開き、左開きどちらもOKです。 ですからどのような雑誌にも連載が可能です。 さらに擬音の表現方法も多様です。 使う文字の種類を変えるだけで 伝わり方がまったく変わります。これも日本語ならでは。 たとえば、ひらがなで「どきゅん」と書くか、カタカナで「ドキュン」と書くか、 これだけで、同じ音でも、 女性登場人物の細やかな心のときめきにも、拳銃の発射音にも使えます。 はたまたアルファベットで「DOKYU~~~N」とか「DQN」とか(笑) そして、最近のマンガ作品に多いのが「ルビ」の使用。 もともとは、あくまで難しい漢字の読み方を示すためのふりがなだったのが、 「本気」と書いて「マジ」と読む、だけではなくて さらにいろんな表現を可能にしています。 このように、「絵」がメインのマンガではありますが、 日本語の表現の自由さとの相性がよかったのも 日本文化で「マンガ」がとくに進化した理由ではないかと思います。

flashman
質問者

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回答ありがとうございます。 今まで、漫画と日本語の相性については考えたこと無かったですが、指摘されると、あ~ナルホドです。 漫画で使われる吹き出し、描き文字の言葉の表現は多種多様でバリエーションは凄く多いです。 たまに、どの順番で読んだら良いのか解らないのがありますが、漫画家が表現法を色々と工夫できる柔軟性が日本語にはあるというのは納得です。

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回答No.5

> 読者が居るには、その要望に応える漫画があったと思うんで、需要と供給どちらが先立ったのかな?と思います。 需要が先です。その需要に応えるために、貸本屋という漫画出版のスタイルが生まれ、漫画家という職業が確立されました。 戦後、爆発的に成功に導いたのは、この貸本屋という制度を超えるほどの安価な価格で週刊誌を提供できたためです。 ちなみに、貸本屋よりも先、または同時期に、紙芝居やという職業があり、そこへ作品を提供したのが漫画家の始まりです。 様々なケースで卵と鶏のどちらが先かという命題がありますが、こと漫画に関しては、需要が先で間違いないですよ。

flashman
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 映画のビデオが1万円以上だと手は出ませんが、DVDで1500~3000円位なら、興味がある映画のなら買おうと思うので、雑誌の価格の低下は要素としてありそうです。 欲しいけど高いから借りる。貸本、レンタルDVD・CDは、その辺は同じだと思いますし。 漫画の需要があり、その中から漫画家を目指す人が出てくる。 他の方も言われてる様に、日本人には漫画に向いた資質ががあるんでしょうか。

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noname#153934
noname#153934
回答No.4

海外の場合コミックは子供が読むものでいい年40過ぎのサラリーマンが週刊少年ジャンプを電車の中で読む日本が異常だということです。 漫画はその出版部数を増やす目的もあってアニメ化され相乗効果で大衆文化となってきました。 手塚治虫が活躍していた頃は日本にも分業制というシステムも無く、作家の書くスピードだけでいくつもの連載を掛け持ちしていました。 それゆえ締め切りが守られない事や締め切りを苦に漫画家が逃げるという事が多発し締め切りが守られなくては編集者は困る。 でも、何としても人気作家にうちの雑誌にも書いて欲しいと言う知恵や漫画が緻密化されて一人では回らなくなった事などが漫画の分業制になった切欠ではないでしょうか? いかにコンピュータ化が進んだとはいっても現在の細かい背景を漫画家一人でやるのはほぼ不可能でしょう。 やれても週刊の締め切りで間に合うように作れる漫画家はほんの一握りいたらいいところ。 多くの連載を抱えるのに合理的な分業化が必要でしたでしょうし、漫画家にかかる負担を軽減させる為のシステムとして日本の分業体制があるのであって、一部の人気漫画作家の作品だけでなく多種多様な漫画が生み出されている今の現状が分業体制がもたらした発展だとは思いません。 >>日本で漫画が発展したのは何故だと思いますか? 上記にも記しましたが「テレビまんが」ことアニメの存在も大きい。 最初のテレビアニメであった「鉄腕アトム」は漫画をアニメーションにしたもの。 その後オリジナルのアニメも作られるようになりますが、ヒット作品の多くが漫画を原作に持つ作品でした。 漫画とアニメが両輪となって60年代70年代は子供の娯楽になっていた。 そして、子供向けだけでなく大人が読むに足りる題材の漫画や青年漫画雑誌が商売になったのが諸外国の事情と大きく異なる所だと思います。 諸外国よりも早く「子供の読み物」というレッテルから開放された。 18禁の猥褻な漫画が異常と思われるほど制作されているように、絵に対して写真(実写)と変わらない受け止め方をする春画の頃からの国民性も影響があるといえるでしょう。 子供向けではない多種多様なジャンルが生み出された事が発展の起源。 文壇界から蔑まれようとも漫画が日本のいちジャンルとして確立しえたのは、擬音語・擬態語を初めとする日本語の柔軟性、春画などに見られる絵に対して寛容な国民性、そして漫画を通して多くのことを表現しようとした先人達が残した作品によるもの。

flashman
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 日本でアシスタントが背景を描く分業が進んだのは、マガジン、サンデーの週刊マンガ雑誌が発売されて漫画家に週一で締め切りが来る様になったのが主因らしいです。ページ数とか今とは違うと思いますが。 アニメの存在は大きそうですね。昔は手塚みたいな大メジャーは兎も角、漫画が子供の主な娯楽でなかった頃もあったとか。 他の方も指摘されてますが、日本語の柔軟性も大きそうです。

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回答No.3

理由は簡単ですよ。読者がいたから。そして、100円を切る値段で週刊誌を供給する書籍流通を作ることに成功したからです。 今でも漫画雑誌って、200円くらいですよね。1週間しか寿命のない雑誌をこれだけ大量に購入し続けるお客さんがいること、これがすべてです。 ただ、おそらく2年後には、この体制は崩壊します。今、漫画を読む人は週刊誌を買いません。そして、コミックも書店では買いません。本来、漫画家が手にすべきお金の7~8割をもが、ブックオフなどの古書店が手にしています。なにせ、ミリオンセラーだったコミックの多くが刊行後数年で廃刊に追い込まれる状況です。 日本の漫画は、読者の支持により隆盛を誇り、読者の裏切りによってまもなく滅びます。 その後は、同人誌がどれだけ頑張れるか、という限定された世界になる可能性があります。 海外の漫画文化は、この週刊誌、月刊誌がない世界と思うと良いです。海外の週刊誌は、テーマ雑誌で、1つの作品や同じジャンルの作品を、作家さんの名義で出しているものです。日本のような編集長が主導して刊行をするというものとはちょっと異なっています。 日本の週刊誌方式を真似したもので成功できたものはあまりありません。

flashman
質問者

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回答ありがとうございます。 >読者がいたから。 読者が居るには、その要望に応える漫画があったと思うんで、需要と供給どちらが先立ったのかな?と思います。 電子書籍を上手く使えれば出版業界も好転しそうな気もしますが、簡単にはいかないんでしょうね。 ドラゴンボールやスラムダンクを古本でですが大人買いしようと思っても収納スペースが無い、メモリースティックに収まれば良いなーと思います。 電子書籍もチョコチョコありますが、決定打がないです。

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  • tama80ji
  • ベストアンサー率71% (2188/3068)
回答No.2

最大の要因は読者層の拡大です。 アメコミの場合は今でもそうですがメインの年齢対象はローティーン。付随してハイティーンになりますが、大抵はハイティーンまでには卒業が敷かれたレールです。 そのために暴力行為や性行為の描写には強い規制があります。 ハイティーンになっても卒業できていないと蔑視対象となる土壌があります。 ヨーロッパの場合は少々異なります。どちらかと言えばコミックはアート分野に含まれます。そのために絵柄も物語も対象年齢は高めに設定されています。どちらかと言えば一般的ではなく、一部の好事家向けのものが大半です。 日本のマンガもかつては同様でした。が、貸本時代に劇画が登場して以降、漫画が劇画の影響を受けて物語の内容、構成や絵柄の変化が生じ始めました。 同時期にマンガ誌は月刊から週刊が主流が移り、駅の売店でも置かれるようになったために購入がしやすくなりました。 週刊雑誌の急激な増加は作家不足を招き、従来の作家だけでは紙面が埋められないようになり、貸本で活躍していた劇画作家も登用されるようになりました。 従来の作家も劇画の影響を受け画風が変化して行きます。 白土三平氏の「ワタリ」「サスケ」は一応子供向けの設定で、主人公も少年にはなっていますが、それまでの時代・忍者ものとは異なり、歴史考証や時代背景をリアルに説明したものでした。 「あしたのジョー」「巨人の星」のヒットは子供だけではなく、それまでは読者対象ではなかった大学生までも虜にし、読者層が拡大しました。 また「アシュラ」「銭ゲバ」「光る風」などの社会問題を追求するような、どう考えても子供向けではない内容の作品もサンデーやマガジンに掲載されるようになり、二十歳過ぎてもマンガを読むのが常態化しました。 それまでは二十歳過ぎてもマンガはアメリカ同様蔑視対象でした。 それならば完全な大人向けのマンガ雑誌があってもいいのじゃないか、と言うので「ビックコミック」が創刊され、相継いで大人向けのマンガ雑誌も創刊されようになりました。 マンガは子供だけのものではなく、大人も読みうる内容を持ったものに変遷した過渡期です。 この頃「カムイ伝」からスピンアウトし、主人公カムイに抜け忍としての活躍状況のみをフューチャーした「カムイ外伝」はサンデー増刊で連載されたり、「佐武と市捕物控」がサンデー本誌や増刊にしばしばゲストで登場したりもしています。 これが1960年代後半から1970年後半辺りの状況です。 最大の要因は読者層の拡大です。 マンガは紙とインク(墨汁)、それとペンがあれば制作は可能です。マジックでも構いません。 参入ハードルとコストが低い特徴があり、コンテストでの優秀作は即デビューでプロとなるにも容易です。下積みも短い傾向があり、無くても構いません。 基本的に独り作業でも制作が可能ですので、コストを抑えようと思えば極限まで切り詰められます。 その点が映画やドラマとは異なります。 映画やTVドラマ制作の監督、脚本、或いは小説家になりうべき才覚の持ち主がこぞってマンガ分野に流れたこともあり、映画界が斜陽であった時期には有名監督が「本来映画を作るべき才能が全てマンガに行ってしまう」との嘆いたこともありました。 加えて日本のマンガ場合は諸外国と比較すると表現への規制が極めて低いので、物語作成、設定作成での自由度が高い面もあります。 これはお偉いさんの頭の中にはマンガ=子供向けとの認識が固定化されており、社会への影響力はそれほど高くないとの判断から一種無視、放任状態であったことも要因の一つです。 かくて日本のマンガは隆盛し、諸外国からも注目されるようにはなりました。 >日本が正解だったと思います 分野として成功しただけです。方向性のみが正解です。 作家の収入、地位や保全、作品の扱いに関しては諸外国以下のままです。 例えば銀行の住宅ローンなどはマンガ家は組めません。その時点で売れっ子作家でも銀行は貸しません。 ヨーロッパのようにアーティストとしての国費補助があるわけでもありません。 作家の地位としては今でも映画監督、脚本家、小説家よりは下に見られていますし、一般の扱いも同様です。 収入面でも作業量の割には原稿料が低いために、一部の売れっ子作家以外はやり繰りが厳しい作家が大半です。 一人暮らしならば年収300~500万でも暮らして行けますが、年収三千万以上にならないと黒字化はしません。 ほとんどの作家が赤字です。単行本の印税で補填している状態です。 その状況下の中での「自炊」「違法アップロード・ダウンロード」が隆盛してきているので、作家側としての収入は先細りの一方です。 つまり作家側の我慢と忍従、犠牲の元に分野が発展した一面もあります。

flashman
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 ・貸本漫画が読者の年齢層を引き上げた ・エロ、グロ、バイオレンスの表現の規制がゆるかった この2点は、非常に大きいと思います。 当時の主流だった手塚的漫画に対しての貸本漫画については、もっと知りたいんですが当時の社会状況も知らないとダメな感じがして手付かずです。 今の感覚で見たら普通の表現でも、当時はPTAや世論と闘いながら今まで思考錯誤し挑戦してきたと思うと立派です。 少年ジャンプのバトル漫画ですら、海外ではR指定に抵触する可能性があるとか。 都条例の内容は知りませんが、そういった事を理解してのモノか気になります。

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