衆院選候補者養成の「維新政治塾」に3326人応募
橋下徹大阪市長が代表を務める「維新政治塾」が国政進出を画し、候補者の養成を目指して公募した所、入塾希望者が、3326人にも及び、予定定員を400人から2000人規模に急遽拡大を検討しているとの報道。
市政に大阪都構想に傾注かと思えば、国政に関心を・・・
既成政党や政治家のダラシナサとダメさを露呈するような反響・応募振りである、しかし一方で何か変&憂うのは、このブームや囃子たてる国民とマスコミである、民主党マニフェストや未熟な政権運営に懲りたり自戒し教訓は持たないのだろうか?
この維新政治塾について、貴方は、今後の推移と衆院選への影響をどのように思われますか?
賛否・好悪・予見・政策の検証・・・色んな角度からの評価と期待と懸念をお教えくださいませんか?
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◇橋下人気への便乗・あやかり期待が大半。
<応募者の本気度や覚悟、選挙に立候補は別問題>
◇既成政党・政治家のだらしなさ、マスコミの追従・煽て記事が招いた政治への危機感と救世主願望の表れ。
<政策や実際の人材や教育効果が、一過性のブームか改革の原動力かの分水嶺に>
◇松下政経塾・松下村塾や適塾のような私塾だが、有為有能な人材の輩出が期待され、行動力と言行一致は立派である。
<政策立案や識見を授業で、実務経験やリーダーシップは講義で覚えるものだろうか・・・>
◇維新・船中八策・・・と言葉は勇ましいが、標語やスローガンや批判ばかりで塾の目標と運営の中身と国民への貢献に対する工程表の説明は?
<危機感と問題意識を煽り、ガス抜きとばかりに標的を攻撃する、実態は政策は押し付けごり押し>
◇拙速・日和見・他力本願が目立つ、ノロシを上げて風向きを見てる内に、勝ち馬に乗るべく応募殺到だが、エキセントリックなナルシストの様相も出て来た、橋下氏の口だけ番長、駆け引き上手の悪徳弁護士の→瓢箪から駒、藪から棒であり、運営・資金・教育は大丈夫かな。
<口先だけの橋下チルドレンが、促成培養で本当に国益・国運に資する経済・安保・外交・年金政策を策定&実行が出来るのだろうか?私には西郷さんの晩年の子飼いに囲まれた自暴的な行動とダブって見える>
※船中八策
坂本龍馬が後藤象二郎に長崎から京都への船中で策定し示した、8か条の公議政体論に基づく国家構想。
第1条 天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ,政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事
第2条 上下議政局ヲ設ケ・・・と続く。
お礼
例えば、地球を幸福と開花の世界にするための提案 『 所得格差の是正から貨幣の廃止へ 世界中のあらゆる政府が、所得格差を減少させるための計画を立案している。 そして、この傾向は労働時間の短縮傾向と連動しながら、全地球上で所得格差がO(ゼロ)になる日まで続いていくだろう。所得格差がなくなるとき貨幣はもはや何の役にも立たず、そのとき何の問題もなしに、貨幣を廃止することができるのは明らかである。おそらくその時、もしくはそれより少し以前に、次の根本原理があまねく認められることになるだろう。すなわち「すべての人間は何の代償もなしに、その出生から死亡に至るまで、快適な生活を享受する権利を有する」 配給経済 「終身強制労働」の廃止は、配給経済の確立に依存している。この経済システムが貨幣の廃止を可能にするのだ。 この経済システムは、緒生産単位が、人間がちょうど必要とするものを、多くもなく少なくもなく生産すべきであるという原則から出発している。 人間が生きていくうえで必要なものがある。衣・食・住がそれである。 社会はこれら三つの物を、すべての人間に何の代償もなしに供給すべきである。 国家は廃止されなければならない。実現される必要があるのは、生産手段の国有化ではなくして、世界共有化である。 もし、その職業、人種、宗教もしくは性別に関係なくすべての人間が、ロボットやコンピューターによる生産で衣食住に必要なすべてのものを供給されるならば、価値あるものはその本来の価値を取り戻し、それに似合うだけの金銭的価値しか持たないものは、価値がなくなるであろう。...( ラエル著 )』 上記、“労働時間の短縮傾向” は 人間より生産能力に優れる機械化自動化によるものですが、『科学技術によって、人類は世界中で飢えの心配から完全に開放されるばかりでなく、働かなくても十分暮らしていけるようになるのです。日々の退屈な仕事は、オートメーション化のおかげで、機械がすべてきちんと片づけてくれます。すでに地球上でも、最新式の設備を誇るいくつかの工場では、ついこの間まで、一台の車をつくるのに数百人を要していたにもかかわらず、今ではコンピュータの監視員がひとりいれば十分なまでに進歩しています。一台のコンピュータが、車を組み立てるためのすべての操作を指令し、管理しているのです。将来、この最後のひとりもいらなくなる日が来るでしょう。これは、労働組合にとってはあまりうれしいことではありません。企業は以前ほど多くの人員を必要とせず、首切りが続出するでしょうから。 しかし、これがそもそもおかしいのです。何百人分もの仕事をこなせるような素晴らしい機械は、経営者というひとりの人間を富ますためにではなく、その何百人かの生活を支えるために使われるべきなのです。(ラエル)』 、これはすでにはじまっている、発展する科学技術とそのサービスに国の福祉厚生政策が立ち遅れる問題が顕現化しているのではないでしょうか? 社会保険庁では、 国民年金保険料収納業務の民間委託を実施しています ~ http://www.sia.go.jp/top/kaikaku/shijoka/minkanitaku091001.html 国民年金業務に 民間の 金融ローン(?)がたずさわる時代となっておりますが、 社会保険庁がこのようであり、 例えば、他に目を向けるならば、 消費者庁 、消費者庁の民間委託(?)/国の保障体制の新規形態として、 生産者から小売市場またクレジットカード、デビットカード、電子マネーEdy(エディ)等の電算処理が協力するならば、 上記に記された、 所得格差の是正から貨幣の廃止 ~ 配給経済 、困難なものではない! どうでしょうか? すべての生産から消費まで政府_消費者庁_社会_の人道的完璧合理的一括完全管理とする? 新たな人権宣言、根本原理が誕生するのでは? ありがとうございました。
補足
政治は見当が外れている、完全なもの、すべての人々に完全なものを用意する気がない。それはザルとたとえることができるのでは?