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働く意味とは?
- 働く意味について考えると、何かを成し遂げる喜びは仕事だけでなく個人活動でも得られます。
- また、世帯年収が1千万以上あり、普通に生活できる状況であれば、日常の生活を維持するために働く必要性は必ずしも感じられないかもしれません。
- しかし、仕事を通じて自己表現したり自己再確認したりする人もいる一方で、生活を維持する目的で仕事を得る人もいます。達成感や生活維持だけでなく、働く意味とは何かについては個人の価値観によって異なります。
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簡単なようで難しいご質問だなあ…と思いました。 働く意味というのは大まかに「生活のため」かなあと一瞬思いましたが、 もし今私自身に一生遊んで暮らせるだけのお金があったらどうするか…と考えたら 「それはそれで保険としてある程度とっておいて、普通の暮らしができる程度の収入を維持していきたい」かなあ… 要するに、仕事は辞めたくありません。 じゃあそれは何故かと考えたら、単純に仕事が好きだから。 どうして好きかと言えば、元々趣味だったことが仕事になったからです。 なら趣味に戻して無償でやり続ければ…とも思いますが、それは嫌です。 自分の仕事に対してお金を頂くということは、自分がその対価に見合った技術と魅力を持っているということであり 無償で続けるということは、特に自分に興味が無い人でも「タダだから」と成果物を持っていくこと…すなわち道で配られるティッシュや広告と同じようなことで、世界に唯一のものであったとしても、相手の手に渡った後は簡単に捨てられるかもしれない。 それじゃあ私自身の価値を定義できないと思うからです。 しかし上記のようなものは質問者さんの仰るところの「達成感」ですよね。 これも求めないとなると… あとは人とのつながりでしょうか。 仕事をしていると、そこでしか得られない人脈というものが必ずあります。 趣味の世界でのつながりとは全く違う性質の人脈です。 利害関係を考えない普通の友人関係も大事ですが、私はこの「仕事関係」の温度感も非常に好きです。 何故好きか…と考えたら お互いにその能力を認め合って、ひとつのことに向かって努力する。 そしてその成果が社会に出ていく。 …と考えると、最終的には「社会」ですね。 そこに自分は関わっていきたいのだと思います。 「社会」は何かを生産することで成り立っていますので(物だけではなく、サービスや空気感なども) そこに参加することが自分の存在意義のような気がします。 それってすなわち「働くこと」ですよね。 完全に私個人の意見ですので、100人いれば100通りの考え方があると思います。 結局、自分自身が「働く意義」を見出せないなら、別に働かなくても良いと思います。 財産があれば税金も払っているでしょうし。 あと、世帯年収が高い人の就職率が高いのはきっと、それだけ家族の社会順応性が強いんじゃないでしょうか。 社会に深く関わる家庭で育てば、やっぱり自分も社会に関わりたいと思うでしょうから。 なんか支離滅裂ですが、どこか参考になるところがあれば幸いです。
その他の回答 (13)
>働く意味って何かな? 失礼ですが、あなたのような考え方の人には 言ってもわからないし、伝える気にもなりません。 どうぞ1千万以上の収入の方同士で話し合って下さい。 自慢でしたら、他のサイトでどうぞして下さい。 暴言の数々、家族のために、生活のために一生懸命 働いている会社員のひがみと、お許しください。
- aokii
- ベストアンサー率23% (5210/22062)
何のために仕事をするのか。 それは人に喜んでもらうためです。 決してお金のためではありません。 人は人を喜ばせるために生きています。
- yasuto07
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貴方が世帯の中の、どの位置に属するかによりのでは、男性、女性、そして、若者、それとも、夫、奥さん。どれでもいいけど、1000万円、月にすると、80万円か、それが、一生はいってくるのであれば、別にはたらいても、はたらなかくてもいいです。 ただ、孤独や時間をもてあましていないのであれば、今のままでよいのでは。世の中のルールがかわって、その、毎月、80万円が、なくなったりしなければ、今のままの暮らしでよいのでは。 ただ、なにもしないと、厭る、と言う話は良く聴きます。その中から、すこしでも、残して、預金していかないと、目減りして、毎月、80万円が維持できなくなってくることも、考えられます。 それが、こわくて、世の中の人は、働いてしまうのではと思います。80万円でも、自費で、年金や国民健康保険をはらうと、結構、高いですよね。 なにもしないで、ボケないなら、ボケるのが怖くて、働いたりもしますよね。 なにも、怖いものがないなら、今のままでよいのでは。いずれ、親も年取り、貴方の高齢に、そのときでも、80万円が、一生手に入るなら、シュミナ生活をすれば良いと思います。
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補足
>単純に仕事が好きだから。 これ素敵な考えだなと、有難く御回答を拝見しました。 >私自身の価値を定義 弊社の少数派は、自身の価値を見出すとき、 「他者より上」と感じられたときのみ、達成感や幸福感を得ると言います。 よって、社内外の人間にはドライ。 他者に配慮することはありません。 社内外の人間関係を大切にすることもありません。 彼らにとって、個の利益追求こそが唯一の目標であって、 他者とは損得におうじて退治するものと堂々と言われます。 よって、社内外の他者に共感しながら対人関係を築くことができません。 ですが個人プレーで完遂する能力は、他者に配慮しないため優れています。 総理大臣でも、個人プレー派vs他者の意見と折り合いをつけならば遂行する派と ありますよね。 どっちが優れているということではなく、個性の違いです。 ケースバイケースで、この場面では、こっちの個性が有効という状態です。 ・・・ 弊社の場合、個の利益を追求する派は少数派ですが、 社内で問題は起こします。 他者の足を引っ張ることは多いです。 周囲に影響をうけず、つねにベストをつくせる能力は優れていますが、 共感力がないので、何を言っても変化がない。 全ての事象に証拠を突きつけ、少数派の非を認めさせることは困難です。 こういう社内諸事に取り組む業務を副業として担っています。 衛生委員会の業務で社内の労働環境の整備に取り組んでいます。 個の利益を追求する少数派と何度と無く接してきましたが、 働く意義について共通認識がもてないでいます。 彼らにとって働く意義とは、 二度と貧乏をしない(経済的困窮への恐れがつよい)ことが最大のようです。 だから、他者を貶め、自分が上にいることを強く願います。 出世を強く願い実行します。 ライバルとなる同僚を蹴落とすことを実行します。 他者に配慮する大多数のことを「甘い」と言います。 そして、少数派が他者に嫌がらせをする根拠は、相手を値踏みするため。 嫌がらせで動揺するタイプかどうかを見定めるため。 相手の弱点を把握し、少数派が相手よりも優位性を得られない場合に 弱点をついて相手を蹴落とすため。これは作戦の一つだといいます。 大多数が他者に優しく、思いやりがあり、配慮を示すのも作戦だろうといいます。 人は優しくされたら、優しさを返そうとする。 そうやって他者に取り入り、自分が得をしようとする作戦にすぎない。 社内でのし上がるための作戦や手法が異なるだけであって、 少数派のやり方だけが排除されるべきではない。との主張があります。 このサイトでもよく見かけますが、職場は仲良しごっこの場じゃない。 自分だけの幸せを得る場。 他者を蹴落とし、自分だけが幸福になる場。なのだそうです。 彼らのような個人プレーでないと凌げないケースもあります。 この個性の秀でた能力が必要となる場もあり、いかに共存していくかを 考えています。 未だ解決の道は見えず、問題だけが山積みです。 ・・・ 緊急課題は、上司の無配慮で部下が違法行為を行うことを排除すること。 無罪になった村木さんのようなケースを弊社で起こさないことです。 上司は働き続けることを最大の目標として従事していた。 部下は普段から上司に相談しにくい状態があった。 この程度のことを相談したら『また怒られる』と躊躇して独断で違法行為を行った。 ・・・ 弊社の個の利益を追求する少数派の意見では 「上司の相談しなかった部下が全面的に悪い」という見解しか持ちません。 マスコミで知る限りでは、現状の村木さんは大抜擢され更なる重要な業務に ついているそうで、このようなことから「どんな職場環境であったとしても、 結果として違法行為を行った部下のみの引責」という考えを持ち、 こういう問題を引き起こさないための取り組みは必要無と主張します。 つまり自分たちの言動のあり方を変えようと理解を示しません。 弊社の大多数は、 普段から上司が部下に目を配り、話がしやすい環境をつくっていたら防げること。 部下に独断で行わせるほど無配慮であった上司側の責任問題は大きいと考える 傾向があります。 2つの相反する考え方に折り合いがつけられません。 形式的に決定して社内教育等を実施したとしても、 少数派が心底理解を示すことななく、言動の変化を導きだせていません。 弊社の場合、少数派の管理職のいる部署では、 いまでも上司に話しにくい環境が存在していることになります。 上司は自分の出世・業務の結果にのみ関心があるため、部下への配慮や教育 はなされません。よって職場の荒れが際立ちます。 ・・・ それで、対策の対処の一歩として、 共通認識できる働く意義が見出せたらと思いました。 現状、大多数が考える働く意義を少数派が見聞きしたら「ヘドがでる」と 嫌悪感を示します。 少数派の働く意義は ・生活のため(貧乏から脱したい、苦労して育った人たちでした) ・誰かより自分が上と感じるときに、幸福感や達成感がある ということでした。 大多数は他者との関わりと大切と考えてしまい、 笑顔の循環や幸せの循環を考えている私のようなタイプです。 経済的困窮の経験がなく、生活苦への恐れがありません。 育ってきた生活水準を、そのまま継続できると一瞬の不安なく確信しています。 大多数に働く意味を問うたならば、 ・生活のため(自分や家族が健やかに暮らせるように) ・仕事を通じてであった人たちに揉まれながら、人間的成長をしたい。 ・仕事を通じて達成した喜びを仲間と分かち合いたい。 ・仕事を通じて社会の一員として社会参加する意義を持ちつづけたい。 ・出世については、良い仕事をし、真面目に着実に業務にとりかかれば、ある程度までは出世できる。更に運があれば、より出世できる。 ・・・こういうことでした。 個の利益を追求するためのガツガツした感じが無いのです。 力を抜いて、自然体で、人の和を大事にしつつ業務に取り組む感じです。 だから、少数派の人たちがいない部署ではチームプレーが機能し、 個で達成できないような大きな業務を完遂させることができる。 けど個を得意とする人々がいてこそ、凌げる場面もあるから、 完全に排除はできない。 能力の違いであり、考え方の違いです。 その違いに折り合いがつけられず、 個の利益を追求する少数派の行いで職場が荒れることに困っています。 共通認識できる働く意義が見出せたら、折り合いがつけられる少数派もいるかな と考えて、何かヒントが得られたらと質問をUPしました。 ご回答ありがとうございました。