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永遠の命(少なくとも数100億年)を持つ生物がいないのが不思議でならない
どうも、いつもお世話になっております。 「生物学」という観点からするに、もともと遺伝子に組み込まれているプログラムはどんな生物であれ種の保存が第一だと思います。であれば、本能として生殖行為で増やすことの他に、「老化」というプログラムを排除して生き続けるのは当然の事のように思います。 物理的にみれば、生命活動を行っていようが行うまいが、原子や分子、原子核の寿命は変わらないはずです。更に言うなら陽子崩壊(10^32年)まで安定でいられるのでは。 一瞬(しかし、原子・分子や核の寿命に対して十分に長い時間)を生き続けられるのならば、あとはそこから永遠にその活動を繰り返していけばいいだけのはずです。 燃焼が終われば爆発して原料(水素)を再構築せねばならない太陽などの星々よりも、外部から常に体の原料を取り込める一生物の方がずっと永遠の命を持てる可能性があるように思えます。 何故、永遠の命を持つ生物がいないのか教えて下さい。
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- poor_Quark
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このような質問に接すると逆に生命とはなにかという根元的な疑問に突き当たってしまいますね。おもしろそうな内容ですので少しだけ参加させてください。全くの私見です。 ネット上で「テロメア」とか「アポトーシス」とか検索するとさまざまな情報に接することができますし、例えば「ゾウの時間、ネズミの時間」といった新書などを読んでも感じるのですが、生き物に与えられた時間はシステマティックなものではないかと思うのです。 つまり生命は高度になるほど原理的に死を必要としているのではないでしょうか。生命はその物理的実体をDNAというデジタルな情報に託して代々伝えていきますが、環境の変化に対する耐性を考えたとき、非常に効率的なやり方だと思うのです。 遺伝子の転写と組み合わせがもたらす生き物の有り様の変化は環境の変化がもらたす多様な可能性にも柔軟に対応し、大きな環境変化をかいくぐって今まで地球上で生き延びてきたわけです。生と死を繰り返すパターンは進化にとってきわめて都合のよいシステムなのではないでしょうか。 逆に生きたまま生命は進化を達成できるかと考えると、環境により変化を要求されたとき、生き物の一つの体の中で旧システムと新システムを同時に維持しなければならない時間が必ず必要となります。これはエネルギー効率がきわめて悪いやり方であり、死によってリセットされるやり方の方が自然に選択されたと勝手に推測しています。 (単に比喩的な表現をお使いだとは思うのですが太陽は燃焼している訳ではなくエントロピーは増大し続けるわけですから再構築されるとも限らないような気がします。)
一部の下等生物には当てはまらないかもしれませんが、 世代交代をして多様性を展開してゆかなければ、環境の変化や外敵にうち勝って生き残れないから、寿命は必要なのではありませんか?有性生殖による遺伝子のシャッフルと、世代交代による突然変異が、必要だからでは? 抗生物質に耐性のある細菌が次々と生まれてくるのも、多様性により一部の菌が生き残り、再び繁殖するからです。 もし過去に寿命に限りのない種があったとしても、些細な原因で一斉に滅びたのでは? 個人的には、連綿と続く命の鎖をもって、命ってなかなか悠久なものだと感じますが。
お礼
回答ありがとうございます。 私も、近親でない遺伝子同士の交配が必要であるのか、ということは考えました。世代世代で遺伝子を環境適合させるために変化させていくという要請が生命にとって大前提であるのなら一つの可能性であるなと思ったのです。ですが、鉛筆を持つ手にタコができるように、その延長として、一個体の人生の中で次々と環境に適応した姿に自分自身を変えていく、ということができないのかなとも思うわけです。 > 個人的には、連綿と続く命の鎖をもって、命ってなかなか悠久なものだと感じますが。 諦観ですね。すばらしいです。
- myeyesonly
- ベストアンサー率36% (3818/10368)
まず、細菌は分裂して増えて行きますので寿命という概念がありません。 それから、ベニクラゲというクラゲはフェニックスみたいな人生?を送る事が最近発見されています。 http://www.minaminippon.co.jp/2000picup/2001/05/picup_20010513_13.htm まだまだ地球の事さえ全て判ってはいないのです。 もう>いない・・・って決めつけてしまうのは早いかもしれませんね。
お礼
回答ありがとうございました。 このクラゲの話は1度テレビで見たことがあります。興味深い話でした。 我々が良く目にする、一般的な動植物について、生命活動がなぜ不老不死というものを取り込もうとしないのか、不思議なんです。 > もう>いない・・・って決めつけてしまうのは早いかもしれませんね。 仰るとおりです。決して不老不死はおとぎ話の世界のものだけではないと思うのです。
- kayaker
- ベストアンサー率40% (2/5)
地球にいないだけかも知れませんよ。
お礼
かもしれません(笑
- zkao
- ベストアンサー率40% (4/10)
バクテリアには寿命がないそうです。 また、ウイルスも基本的に細胞を持たず、核とその周囲のたんぱく質からなる構造であるため、寿命はないようですよ。ウイルスの場合は増殖するときに宿主を必要とします。つまりある細胞に取り付いてそれが分裂するのを利用して増えていくんですね。 このようなバクテリアやウイルスは生物と無生物の際どいところにいる生物のような気がしませんか。 また、個体の寿命にのみ着目すると無生物に比してきわめて短いですが、最初の生物からここまで、命が受け継がれてきたことを考えると、全体としてはかなり長い命だという見方もできるのではないでしょうか。
お礼
回答ありがとうございます。 バクテリアやウイルスですか。私生物学には明るくないのですが、これらも生命活動を行っているものなんですよね? もっと大きい個体について、なぜ同様な特質が現れないのか疑問なのです。
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お礼
私見、大いに結構です。回答どうもありがとうございます。 非常に明快な見解ありがとうございます。大変参考になりました。「種の保存第一主義」の言葉から、私はどうも一個体の命が永遠に続くべき、というのが先行していたようです。 質問をここにアップして暫く考えたのですが、何を大前提とするか、というものによって変わってくるのではないかと少々危惧しておりました。 核分裂・核融合の世界では「燃焼」という言葉を専門的に使います。しかし、無生物の太陽を言葉足らずで引き合いに出したのは少々誤解を招く元だったかなと反省しております。