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リビングウィル・尊厳死について

リビングウィル・法整備について リビングウィルの効力や生存時の遺言の効力を強めようとする法律は、なぜ出来ないのでしょうか。 尊厳死との関係性もあるかと思いますが、現在の日本では極端に言えばリビングウィルはただの嘆願書にしか過ぎないと思います。 「私が死んだらあーしてほしい。末期になったらこうしてほしい。」という自分の最期を自分で決めたいという気持ちは誰にでもあると思います。 なぜリビングウィルを有効化にする法律が出来ないのでしょうか?何か問題でもあるのでしょうか? もしその問題があるとしたら、あなたの思う「問題」とはどんなことだと思いますか? 検索ワード 尊厳死 医療 医者 医師 看護師 ドクター ナース 病院 法律 生命倫理

みんなの回答

  • NETPC
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回答No.3

尊厳死は消極的安楽死よりも、やや、生命維持装置の中断など積極的なイメージがあります。 そんなことして本当に良いかわかってないからでしょうし、反対する人たちも居ますよね。 また医師としての意見ですが、人の生命を短くする行為を実行するのは 抵抗があります。 生命予後に寄与すべく勉強・治療を施してきた医師である必要性はなく、他の第三者が判断・実地してほしいものです。

noname#140045
noname#140045
回答No.2

No.1です。 あと、過去の似たような事例に「脳死判定」があると思います。 本来ならば、これも「命」について語り合うべきなのですが、実際には「脳死判定は100%でないからダメ」程度のことしか話し合われませんでした。(テレビで) マスコミがその程度と言うことは、国民もしかりです。 「命」について語られないと、とても「尊厳死」の議論などできないでしょう。 日本人は「批判するための批判」を繰り返すだけなので、にっちもさっちも、いかないですね。

noname#140045
noname#140045
回答No.1

一般人ですが、3つの可能性を考えました。 1.誰も言い出しっぺになれない 2.自分の意思を持てない 3.答えが出ている 1.誰も言い出しっぺになれない ここでの質問もそうですが、誰か1人が回答すると続けざまに回答が寄せられることがあると感じます。(偶然かもしれませんが) その心理として日本人の場合「非難・批判」は得意ですが、自己主張を述べられない。 2番目以降であれば、前の人の回答を「肯定するか否定するか」で考えられますし、そうでなくとも「前の人の回答よりはマシだ」と自己弁護できるからではないでしょうか。 そして「尊厳死」という非常に難しい問題に関しては、突っ込み所があり必ず「非難・批判」されるため、誰も言い出しっぺになれないのだと思います。 2.自分の意思を持てない 特にお年寄りだと、自分の意見を持てずに考え方が「~してあげる」でしか行動できない人が数多くいます。 この場合も「みんなの邪魔だから、私が死んであげる」(とは言いませんが)と、このような心理で尊厳死を選択する人が多数出てくるのではないでしょうか。 尊厳死はあくまでも「自分が望んで死ぬ」でなければいけないでしょう。 3.答えが出ている 私はこれが最有力だと思います。 結局もし法律で尊厳死を認めるように可決された場合、誰かが 「みなさん、命って何でしょうね?たとえ本人の意思だとしても、こんなに簡単に命を奪って良いのでしょうか?」 なんて、意味深に誰かが語りかければ、ほぼすべての国民が納得するのではないでしょうか。 つまり、実は単に「問題提起」しているだけなのに、自分が出せない答えは自分が悪いのではなく、その方策(尊厳死)が悪いと問題をすり替えてしまうのです。 「~って何でしょうね?」って、問題提起(質問返し)しているだけなのに、それがさも意味が深いかのようにとらえるのはよくあることです。 質問者さん「命って何ですか?」ねっ、答えられます?

nbhr75
質問者

お礼

命とは喜怒哀楽を感じることです。 感じることが出来なくなったら、それは死です。 回答ありがとうございました。