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日本の明治大正、昭和初期は徹底した格差社会であった
都市では階級差、農村では寄生地主制がはびこった。富裕層、貴族層と庶民の格差は大きかった。 上記の文章を最近、目にしたのですが、現在小泉政治以降に形成された格差社会と比べてどうなんでしょうか? 格差の質も違うでしょうが、色んな観点からの回答をお願いします。
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>上記の文章を最近、目にしたのですが、現在小泉政治以降に形成された格差社会と比べてどうなんでしょうか? 戦前の所得格差は今より厳しかったはずです。そもそも、公的年金制度も生活保護もありませんでしたから、最低限の生活というのもあやしかったと言えるでしょう。しかも、以下の資料から見えるのは、年々、所得格差が急激に拡大する一方という状況にありました。 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4660.html それが、戦争が終了すると一気に縮小し、戦後徐々に拡大してきたことが分かります。 おそらく、戦前は、低所得者はそのままで、富めるものはどんどん富むだったの対して、戦後は、低所得層が少し富めるものへと変身し、富めるものはそれほど変わりがなかったということで、全体としての所得格差はゆるやかに拡大して行ったものと考えられます。 次に小泉政権以降の格差ですが、調べてみますと、客観的なデータからは、小泉政権以降は所得格差は縮小しているんです。したがって、小泉以降の格差は、吹聴され、(意図的に??)実態より誇大に流布されてしまった格差。こういう違いがあると思います。 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4663.html ↑のグラフから見るに、小泉政権以降における所得格差はそれ以前よりむしろ縮まっています。 また、一歩譲って小泉政権で格差が拡大したとすれば、中国等の不当な為替政策による仕事の受注減、すなわち、雇用の確保を優先したために起きたことです。小泉政権のせいというより、憎むべきは中国でしょう。 つまり、グローバルスタンダードによって、中国を筆頭に、世界的な賃金の引き下げ競走が起き、高賃金であった日本の当時の状況では失業者が増大することを極力回避するために製造業の派遣を解禁せざるおえなかったという理由があるわけです。小泉改革をやってなければ、企業はもっと外国へ出て行ってしまい、さらに大きな失業の嵐になっていたはずです。 もちろん、実感としては拡大したように感じるのは、小泉改革以降では個人の能力が重視されました。したがって、以前は同じ年代の所得格差は年功賃金によりそれほどでもなかったが、小泉改革以降は能力による所得の格差が生じて、同一年代での格差が全体に拡大したように感じられているだけで、全体としては格差は縮小しているのだと思います。 また、中国の不当な為替政策により、給料は上がらなくなりましたから、来年は今年より豊かになれる実感が乏しくなり、さらに、生活そのものも不景気が継続して厳しくなり、生活が厳しいのを”(政治家においては)有権者の能力や(マスコミにおいては)視聴者の能力のせいにはしにくいので、格差のせいにしているという面はあると思います。 したがって、小泉のせいで格差が生じたのではなく、中国のせいでみんなが貧しくなった。これが実態に近い理由ではないかと思います。 もう一度まとめますと、戦前は政策によって生じた富めるものがどんどん太る格差。小泉は吹聴された格差。ただし、小泉以降は、中国のせいで富めるものはより所得が低くくなり、低所得者も所得は減ったが、富めるものほど所得が低下したわけではなかった。そういう方向で格差が縮小した。この違いではないでしょうか?
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- Mokuzo100nenn
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色々な観点からとのご依頼ですから私見を述べさせていただきます。 人には、欲の強弱があり、能力の優劣があり、そして努力の有無に差が有ります。 したがって、世の中の安定が続けば、欲があって能力があって努力する人と、欲が無く、あるいは能力が無く、あるいは努力しない人との間に格差が生まれます。欲の中には子供に良い教育を付けさせようというものも含まれますので世代を重ねるごとに格差は拡大してゆくものと考えら得ます。 有る状態、たとえば明治の終わりとか昭和の初期などの格差は、下が絶対的貧困の線を下回っている中での格差でした。 今の状態は、栄養失調で死ぬ人とか、勉強したくても小学校へ行けない子供とか、あるいは生活の為に身を売る少女とかはいなくなって、みな生活習慣病になやみ、高校の授業料や朝鮮学校の学費までが只になろうとし、身を売る少女がロレックスを嵌めていたりする時代になりましたね。 ですから、これからは格差=0の社会を目指して全員が沈没してゆくのではなく、生活保護制度を維持し、高校無料化を維持し、身を売る少女にはロレックスを付けてもう状態を維持しつつ、世界有数の金持ちが沢山排出するような社会を作って行くのが良いと考えます。 そのような日本になると、今のスイスみたいに、世界中で成功したり、不正蓄財した金持ちが日本に集まってくる。 そうすると経済はうまく回るようになり、日本品質で世界最高のぜいたく品や贅沢サービスが出現し、増大してゆくでしょう。 その状態では、欲が無く、能力にも恵まれず、あまり努力もしない人でも豊かな人生を送れる可能性が高いと思います。
お礼
回答ありがとうございます。 日本がスイスのような国になれるでしょうか?
- mt53s6e
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現代の日本は、世界で一番格差の少ない国です。 「小泉改革で、格差が拡がった」といっても、それ以前との比較で、諸外国とは比べものになりません。 また、戦前は、金持ちは、徹底的に金持ちでした。 貧乏な人は、徹底的に貧乏でした。 貧しい家では、女の子を売ったりしていました。 金持ちには、何十人もの、使用人がいました。
お礼
回答ありがとうございます。 >現代の日本は、世界で一番格差の少ない国です。 北欧やキューバは格差がない国だと認識していますが・・・。 明治大正昭和初期の時代のほうが格差がひどかったというのは納得します。
- nasi000
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根本的に現在と比べればそれは酷いものでしょう。部落差別も国が容認してましたし、食糧難の時代なども考慮すれば貧困層の生活はそれは悲惨ですね。というより階級社会なわけです。日本には奴隷はいませんでしたが、水呑百姓のような 見せしめ貧困層 がいるなどした経緯が明治大正昭和初期まで引き継がれていました。 戦争に負けて日本は戦後財閥解体などもあり、すべてが一掃されました。一掃されて誰もが参加可能な競争社会が生まれ高度経済成長へと繋がってゆきます。本田宗一郎などがインタビューで「上がいなかったから自由にいろんな事ができた」と言っているように、旧権力の体制が崩壊したことで本当の意味での自由競争の社会が生まれる事になったという事です。よくも悪くもであり技術も知性も暴力もすべて込みでの競争です。 小泉政権がまずやったことは、競争の名のもとに底を抜いて貧しい人はより貧しくなる政策を打ち、国際競争力、グローバル化の名のもとに財閥再生的な大企業優遇、富裕層優遇政策でした。要するに寡占化の進んだ戦前のような社会の礎を作り始めたのが小泉政権でした。
お礼
回答ありがとうございます。 明治大正昭和初期というのは江戸時代の封建制度がそのまま続いたと考えたほうがいいのかも知れません。 戦後の経済成長期には国民の大半が中流意識をもってましたね。 それを壊して戦前のような格差社会を実現しようとした小泉の罪は重いですね。
- Shin1994
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昔の格差は、貧富の差や華族・貴族と庶民の差でしょう。おそらく… そこだけみれば確かに昔よりましですよ。だって、華族も貴族も憲法上存在しませんからね。 でも、今の格差ってそれだけでは無いと思います。所得格差はもちろんの事、情報格差・地域格差など格差も多様化しています。昔より問題かと…
お礼
回答ありがとうございます。 参考にさせて戴きます。
- kojiki-yakuza
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だからと言って肯定できませんよ 人間性を疑われる卑しげな質問と自分は認識しました
お礼
回答ありがとうございます。 リンク先をじっくり読ませて頂きます。 >小泉のせいで格差が生じたのではなく、中国のせいでみんなが貧しくなった 上記に関してはかなり違和感を感じますので、もうちょっと勉強させて下さい。