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人は人のために生きるのではないでしょうか。

人は人のために生きるのではないでしょうか。 よく利己主義といいますが自分も人のうちなので、そういう意味では 人は人(生命と言い替えた方が突っ込まれないかも)のために生きる以外に生きる道はないのでは。 自分と他人はそれほど違いがないのではないかと。 人のために生きる道以外に他にありますか。(何度も言いますが自分も人のうちです。) 皆さんどう思いますか。

質問者が選んだベストアンサー

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  • kakibesuto
  • ベストアンサー率19% (248/1301)
回答No.3

何の目的も無くただ生きるのが人間です。 利己主義でも自分のために生きていると思っている人でも、 結果的には存在が他の存在に影響し合っていることは間違いありません。 そういう意味では「人のために生きている」ことになると思います。

noname#119990
質問者

お礼

ご回答いただき誠にありがとうございます。 「いったい自分は何のために生まれ、そして生きているのか」と真剣に苦悩している人がいます。 そういう心理状態の人は、たいてい「自分自身のために生きて当然。他人のために生きるなんて馬鹿げている。」と信じ続けてきた人が何かのきっかけで壁にぶつかったか、又はその逆に「自分が本当にやりたいことを我慢しすぎて、自分を大事にしなかった」人だと思います。他人であれ自分であれ、人を大事にしない人は皆同じ悩みに出会うということですよね。

その他の回答 (2)

  • nahaha55
  • ベストアンサー率21% (274/1301)
回答No.2

基本的に他人のためではなく、自分のためでしょう。 社会貢献にしろ、それによって自身の満足感や達成感等のためとも 言えます。 利己主義と言われる人達は、世界は自分中心に動いていると勘違い しているような人たちの事を言います。 さらに、自分さえ良ければ他人が死んでも構わないという考えを持ち、 それを行動に移す者は、かなり高い確率で犯罪者になります。

noname#119990
質問者

お礼

早々にご回答いただきましてありがとうございます。 自分自身も人であるので、自己満足もまた(自分という)人のためであると考えます。 自分も他人も「人」という括りの中では同じだと考えます。 実際、自分と他人を分けることにそれほど大きな意味があるでしょうか。 ただし、それが道徳的社会規範に許容されるものかどうかや社会貢献とは別問題です。 人は人のために生きる以外に道はないように思います。

  • ztb00540
  • ベストアンサー率18% (119/647)
回答No.1

人は人の為に働きます。 社会発展、人間の種の保存、のためにね。 >人のために生きる道以外に他にありますか。 人生を捨てざるを得ない人。ホームレス、死刑囚、その他。 坊主、神父もかも。これらは単なる自己満足だけで何の役にも立たないのでは?

noname#119990
質問者

お礼

早々にご回答いただきましてありがとうございます。 自分自身も人であるので、自己満足もまた(自分という)人のためであると考えます。 自分も他人も「人」という括りの中では同じだと考えます。 実際、自分と他人を分けることにそれほど大きな意味があるでしょうか。 ただし、それが道徳的社会規範に許容されるものかどうかや社会貢献とは別問題です。 人は人のために生きる以外に道はないように思います。

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