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「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」って違うよね?
皆さんはどう思っていますか、教えてね
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質問者が選んだベストアンサー
古代ギリシャか、古代ローマの格言でしょう。 「健全な精神と健全な肉体があれば、これ以上望むものがあるだろうか」が原義のはずです。
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- +81-905-000 4189(@Nannetta)
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素質や才能や環境がめぐまれているひとはより高い能力が獲得できますよね 努力がたとえ同じでも 能力のある人は ないひとを 怠け者のように 認識することもあるようですね 人格や 精神性によりけりですけれどもね 能力的に不健常な側に属したら 羨ましさとの付き合い方を 上手に身につけることを用するでしょうね 参考文に なるかしら
お礼
うーむ、なかなか難しいですね レス有難うございました
- new_one
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やっぱり四肢に障害がある人とかと接していると、 あるていど、ほんとうなのかなとも思います。 健常者でも怪我をしていると心がすさんできますしね。
お礼
レス有難うございます 何を持って、精神と言うのかが鍵のようですね http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E まあ、普通、頭と心ですよね
基本的にはその通り。 健全な肉体には必ず健全な精神が宿るとは限らない。 ということさえ頭の隅においときゃそれでいい。
お礼
レス有難うございます 何を持って、精神と言うのかが鍵のようですね http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E まあ、普通、頭と心ですよね
- take0_0
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嘘だと思います。 以前、ゴーマニズム宣言で「健全なる精神は健全なる肉体に宿れかし」の間違いだというのを読んで、そうなんだとずっと思っていました。これだと、「健全なる精神が健全ある肉体に宿れば良いのに(実際はそうではない)」というニュアンスですが、調べてみるとこれも誤訳で、 「心身ともに健康であることを祈るべきである」が正しいという話もありますね。リンク参照。 私は原文のラテン語を理解できないので信じるしかないのですが、少なくとも英語からはそうでしょう。 とまあ、細かい話は置いておいて。 体育会系の方で倫理や順法精神が欠落している方は目立つので、偏らせたくなりますが、肉体の健全さと精神の健全さは関係無いと思います。
お礼
レス有難うございます 何を持って、精神と言うのかが鍵のようですね http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E まあ、普通、頭と心ですよね
お礼
うん、なんかピッタリきますね、そう言う意味でしょうね 身体に障害が有る人にとっての差別用語みたいに聞こえますからね・・ レス有難うございました