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自分を愛するには?
自分がとても嫌いです。 何が嫌いか…解りません。 漠然として、自分を愛せません。 自分は愛される価値のない人だと思ってしまうのです。 機能不全家族であったこともあり、毎日のように死ねと言われながら育ちました。 でももうそれは過去のことなのに、どうしてもその根底の部分から、自分という人間は、絶対に他人に愛されることないと思ってしまいます。 私を愛してくれている人は居るのですが、その愛を信用するのが怖いのです。 人の心はいつか消えてしまうと思ってしまいます。 他人を愛するにはまずは自分からといいますよね。 私はもっと自分を好きになりたいです。 精神科でカウンセリングは受けていますが、もっと自分なりに自分へアプローチしていきたいです。 何かアドバイスください。
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口が悪いのは容赦してくれ。 おれは今、アンタに最適なアドバイスをするのは、正直簡単じゃないだろう、と思ってる。なぜなら、アンタの心に響くようなアドバイスは何だろうと思うと、どうにも答えが出てこないからだ。 カウンセリングじゃ、考えるな、なんてことを言われるんじゃねえか。でもアンタは、自分の心を考えることで解決しようと思ってるんだろうな。 それを踏まえてなんだが、おれなりに考えて、間違いじゃないだろうって答えは、いくつかある。 ひとつは、アンタが難しく考えすぎだってことだ。幸せは植物が光合成するように、何気ない当たり前のところから取り入れることであって、突き詰めて考えるようなモンじゃない。 でも、そんなことを言ったって、アンタはおれの意見を昇華することができねえだろ。分かっててもできないことがあるもんな。今ほしいものを我慢しろったって、納得できねえのは分かる。 あと、人を愛したいのに愛を信用するのが怖いってことだが、愛ってのは究極のところまで突き詰めれば、打算の上で成り立つモンじゃないんだ。人を愛するときに、裏切られることを予測してしまうのは、その愛が打算の上で成り立ってるからなんだ。 裏切られても、非難されても関係がない、自分を構成するアイデンティティの根幹に存在する慈愛の心ってのが、愛の本当の姿だ。哲学の世界じゃ「アガペー」なんて言葉で紹介されてる。 アガペーってのは、どうも「人によって与えられる量が違う」らしい。キリストなんてのは、アガペーが湧いてあふれるような人物だったんだろう。それに比べるとおれなんてのは、お猪口に少し、蒸発しかかったアガペーがあるかないかってところだ。 だからもうひとつのおれの答えは、愛そうと思って愛さなくていいってことなんだ。アンタの人生はこれまでつらかっただろうが、これからどこかで、何かをふと愛そうと思う瞬間がくるだろう。それはほんの小さな力で、気づかないくらいのものかもしれない。相手は花かも知れんし、人間じゃない生き物かもしれない。当然人間かもしれないし、自分かもしれない。 その存在が愛おしくて、自分の命を投げ出しても守ってやりたいと思う。ふと自分にこんな風に思える心があったのか、と気づくだろう。それが愛だ。ふつう、女性の場合は自分の子どもにそういった感情を抱くことが多いみたいだな。結局何かを愛そうと思っても、そのタイミングまで待たなきゃ、どうしようもないこともある。 つらいだろうが、自分を変えていくというのは簡単なことじゃない。簡単なことじゃないが、生きてりゃ自分の考えが変わるような出来事に出会うことはある。葛藤しながら生きていけばいいと思う。そして、葛藤しながら生きていくしかないとも思う。悩みながら生きて、その果てにひとつの答えがつかめればいい、くらいのスタンスじゃなきゃ、体が持たんと思うぞ。
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機能不全家族で育っているなら、自分を愛することは難しいです。 自分を愛してくれる人が、もしいなくなったら、自分に価値を見出せますか? 今は愛してくれる人がいるから、自分に価値が見出せてるんですよね。 厳しいことを言うようですが、 本当の意味で、自分を愛せないと、誰かを愛するのは無理です。 児童虐待と共依存という本を読んでみてください。
下らないことぐだぐだ言ってる間に、女子お得意の“自分磨き”すればいいのに。 歌舞伎やオペラ見ろとは言わないけど、つまんない投稿ガンガンしてるくらいならもっと別のことしろっての。 くだらないことで悩みすぎ。今回の質問はちょっとましだけどね。 >本当の自分を知って嫌われるのではないか マジな質問で「もしや彼女?」ってわかったらどうするの。「質問」も重なれば立派な個人情報なんだよ。気をつけな。
- 8931489314
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また来たぞ。 >いつか彼も冷めるのではないかと不安に駆られるのです。 そうだな。人間は犬じゃねえから、そのときだけを生きていられない。どうしても未来を考えるし、過去を悔やむし、そのために今を苦しむ。 でもな、過去も未来も、アンタの手の中にはないんだよ。アンタの手にあるのは、今だけなんだ。だから、今を最大限に楽しまなけりゃ、未来にもつながらないし、過去もよいものにはならない。まあこんなのは、当たり前のことだよな。 アンタを愛してくれる人は、もしかしたらいつか冷めるときが来るのかも知れない。それはアンタの考える、いちばんネガティブな未来だろう。でも、こう考えてみてくれ。もしそうだとしても、それなら愛してくれる人の気持ちが冷めるときまで、自分が愛してみよう、と。 もしそう思えたら、アンタは人を愛することができるってことだ。その気持ちが分かったら、自分のような気持ちの誰かがいるってことも分かるんだ。「人の心はいつか消えてしまう」だけじゃないってことにも気づいてくるはず。なぜなら、自分自身の心の中に、最後まで人を愛する覚悟をした過去が残るからな。 その循環が、自分を愛することにも、人を愛することにもつながっていく。 過去を塗り替える今が、アンタを潤していくだろうよ。ゆっくり今の状況を受け入れて、自分からも相手に最大限の愛を与えていきゃいいと思うぞ。
お礼
私の心を言いあてられているので、驚きます! >過去も未来も、アンタの手の中にはないんだよ。アンタの手にあるのは、今だけなんだ 過去や未来に縛られる必要はないのですよね。 大事な今という時をもっと楽しみたいです。 当たり前のことのようで私が一番出来て居ないことだと自覚してます。 >それなら愛してくれる人の気持ちが冷めるときまで、自分が愛してみよう、と とても納得です。 今出来ること… 私は彼を大好きです。 だから、未来ではなく、今、私は彼をだいじに愛し続けたいです。 過去は悔むものでも引きずるものでも無いのかもしれないですね。 塗り替えるもの・・・塗り替えていけるものなのかもしれないと思えました! 本当に素敵なお言葉、沢山有難うございます 自分の気持ちをここまで読み取ってくださったことに驚きと感謝で一杯です。。。
- tumaritou1
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人間は考える葦であると、パスカルは云っています。そうして人間の「苦悩には意味がある」とV.E.フランクルは云っています。人間には反省をしたり、他人や何かと比べたり、未来を変える力が在るという意味になります。 貴方の言う自分が嫌いという事の意味には、好きと嫌いを比べていて、嫌いを選んでいるという趣があるということです。貴方には「貴方を好きという自分」と「自分が嫌いという貴方が」二人いると言う意味になります。人間には常に心の中で「自問自答」しています。この自問自答した結論を貴方は、ここに書いて問題にしています。 もう一つは「自分は愛される価値のない、、、」という事を書いています。この事は貴方には価値が在るという事が分かっているという意味になります。或いは「自分は愛される価値がある、、」という事が分かっている自分が存在しているという意味になります。 この二つの心の違いを「心の矛盾」として貴方は受け取っています。この事で貴方が苦しむ、或いは生き難い想いが存在しているなら、貴方はもっと自分の心を見つめた方が良いと思います。 自分の心に圧迫を感じるようなら、貴方が否定している方の自分の心が抗議している事と思うからです。心の矛盾を解消できる良い答えを貴方が出来るまで、貴方には生き難い想いが続くと思うからです。そのもう一人は貴方に現実をもっとよく見て欲しいと貴方に訴えているという事になります。
お礼
もっと自分の心見つめてみたいと思います ありがとうございます
- ponchan228
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こんにちは。 私も、ずいぶん前に漠然と同じような不安を感じていた時がありました。 カウンセリングまでは受けていませんでしたが、色々本を読みました。 しかし、やはりあなたと同じように頭ではわかっていても心が納得しませんでした。 私の場合は、漠然と「一人で生きていくのかなあ」と感じていたのでとにかく勉強して仕事を頑張りました。 救われたのはそこからだと思います。 仕事を頑張っていると、例え性格はどうあれ自分を認め、頼ってくれる人が増えてきます。その人たちとのコミュニケーションの中で徐々に自分に自信がついてくるのです。 最初は仕事だけの無機質な関係だとしても、長くつきあっていくうちに、人格を含めた人間関係が築かれていきます。そういう関係を少しずつ増やしていくのが一番よいのではないでしょうか。 自信がない人は仕事や趣味で自分を磨けとよく言うのも、結局はこういうことなのではないかと思います。 愛することができれば、必ず愛されます。お友達でも彼氏でも、「この人は今幸せだろうか。何か悩んでいないだろうか」気にかけてみて下さい。なんとなく「自分が愛されないこと」など小さなことだと思えてきませんか?
お礼
ありがとうございます
- やっちゃん(@510322)
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自分を自分で愛することは誰にでも難しいし、できないと人が多いいように思います。 ナルシストな人は別にして。 誰しも欠点や被害妄想、過去の自分、自分のバックグランドなどなどで自己嫌悪に陥りやすいものです。 私自身もどちらかというと、自分の欠点や過去の堕落した人生を考えると自分が嫌いで嫌いで愛することができませんでした。 しかし、誰しも何かしら、自分を嫌う欠点や短所があるものです。 しかし、それが人間の個性なんですよね。 個性は生まれた時からあるもので、それが世界で唯一の己の存在なのです。 個性は生まれてから死ぬまで人間である限りなくなりません。 自分を愛せないことは、個性を嫌うことです。 個性は、自分自身の証明ですし、自分が生きている証です。 愛することは、難しいかと思いますが、自分自身があるがままに生き、あるがままに思い、考えることで、自分自身の個性が育むられ、個人差はあると思いますが、徐々に自分自身を愛することができるかと思います。 あまり深く考えことなく、自分自身をまず信じて、己の道を進んでください。 あまり良いアドバイスではありませんが・・・。
お礼
>自分自身をまず信じて、己の道を進んでください 自分を信じることから始めることが大切ですね。
補足
>アンタの人生はこれまでつらかっただろうが、これからどこかで、何かをふと愛そうと思う瞬間がくるだろう。それはほんの小さな力で、気づかないくらいのものかもしれない。相手は花かも知れんし、人間じゃない生き物かもしれない。当然人間かもしれないし、自分かもしれない。 >その存在が愛おしくて、自分の命を投げ出しても守ってやりたいと思う。ふと自分にこんな風に思える心があったのか、と気づくだろう。それが愛だ。 この言葉に涙があふれてしまいました。 なぜなら私はこの質問を立てたのもまさにこの通りの感情が今沸き起こって居るからでした。 何も愛せないと思っていて、誰にも愛されないと思っていた私が、近頃、ひとつの出会いにより、すべてが覆されようとしていたからです。 自分でも解りません。 とてもとても大好きな人がいます。 その人は私にとても温かく愛を与えてくれます。 今まで愛された実感の無かった私が初めて他人から頂く「愛」を感じてしまったのです。 その愛に、動揺しています。 自分に自信のない、価値のないと思っている私は、愛されることに動揺を隠せません。 同時に、初めて、相手に対して「愛おしい」という感情が芽生えました。 初めて沸き起こったこの感情に自分で驚きを隠せず、動揺の中にいます。 同時に、本当の自分を知って嫌われるのではないか、愛されるような人間ではない私なのだから…いつか彼も冷めるのではないかと不安に駆られるのです。 人の心が自分に向くなんていう経験が初めてで、とても不安です。