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フリーターから人生開けた方

フリーターから人生開けた方 高卒 大学中退 自分のやりたいことがわらかない 状態 アルバイトなどから 何でも人生経験教えていただけませんか?大学出てストレートでそのまま就職して現在とか普通の人じゃなくて、道に迷った方の生き方を聞きたいです

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回答No.1

チャンスは、必ずやってきますよ。 大きなチャンスも小さなチャンスも、日々生きてるだけでたくさんの可能性が存在してますよね。そのチャンスをタイミングよく掴めるか、掴めないか、だと思います。 結局あみだくじのように、一本を選べばそこからまた道が広がって、違う一本を選べば、また違う方向に進むことになります。 いつ、どのタイミングで、どのあみだくじを選択するか。悩むことはそれだけですよ。 世の中には40歳になってから、本当に自分のやりたいことを見つける人もいるし、 50歳になってから新しい道に進もうと考える人もたくさんいます。 年齢が高いとその分難しそうに思われがちですが、少しあみだくじの長さが短くなっただけで、必ず前に進めるんです。 答えになってなかったらごめんなさい。でも私は道に迷ったときはいつもこう考えてましたので。あくまで私の信念でした。

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noname#108634
noname#108634
回答No.5

こんにちは。 高卒、大学中退です。  大学は地獄でした。そして、精神病院行き。 理系のくせに、文系大学へ進めば、当然でしょう。 (平和という名の地獄) しかし、病院へ行った途端、治ってしまい(本当に病気だったのか?)  しばらくして、就職を決めてしまいました。 中退なので、現場でしたが、大学が大学なので、事務職へ移動。  極楽のような日々でした。(給与が、現場よりも遥かに高い。仕事は、ひたすら快適!)  ところが、社長の方針が変わり、4人の息子が、全て、総務部へ。 よそ者は汚い、と、次々にリストラ(人員整理)を行っていきました。 (所詮は、ただの金持ち。給与を支払うのが惜しくなっただけのような・・?) ついに、私も、驚異的なイジメを喰らい、退職の憂き目に。  しばらく、何もしませんでしたが、職業訓練所へ通って、自分を見つめ直し、激変。 それからは、アルバイト(そして、今は無き派遣労働)です。  社員の頃には、決して味わえなかった『精一杯、生きる喜び』 給与は、比較にもなりませんが、毎日が充実しています。 (夢と希望にあふれています。不安も感じますが、心地好い不安です!)  やっぱり、自由に生きる、というのはいいです。  何といっても、自分の好きな道を行けるのが、最大の魅力。 (思い描いた通りに、目指せるというか) そして、人間的にも強くなっていくのを実感しています。 (最も強い人間は、柔らかい!) あと、道に迷うのも、悪くないです。  迷うのを楽しむ、というか。 永久に、一本道といのは、ある意味、地獄のような気がします・・ ※この質問に回答されている方々が、生き生きとしているのが、非常に印象的です!(輝いていますネ!)

noname#140111
noname#140111
回答No.4

女性です。 高校卒業して1年浪人。 6年制の大学に進学しバラ色の人生が開けるはずでしたが、 在学中に教授やOBから 「これ以上数が増えると困るから女性は就職せずに結婚しなさい」 と言われました。 あわてて結婚活動をしましたが売れ残り。 25歳で卒業。同時に資格を取得してOBのところに就職しました。 一年ほど働いたのですが環境になじめず勤め先を変え、 そこで出会った同僚の男性を好きになりましたが相手に嫌われてノイローゼになり、周囲からも冷やかされて仕事を辞めることに。 27歳で無職になったものの・・ 特殊な職種のため求人もなく、 親には今まで親がつぎ込んだお金を返せと言われ、自身もこれまでの人生が全てムダになったと思うと生きる気力さえ失われ、一年間自宅に引きこもりました。 その後、思い切って職を変えて出直すことを決意。 「わけアリ」を承知で採用してくれた会社に就職しました。 世間から見ればドロップアウトした人間の集まりにしか見えない職種でしたが、 「多くの人と関わる仕事がしたい」 という願いが叶いました。 今思い返しても青春時代を取り戻したように楽しい日々でした。 ただ、女性がその仕事を一生続けていくのは難しかったので、これはもう結婚するしかはないと・・・。 老後の不安がのしかかる中、本気で婚活を始めてから3年後、30半ばでようやく結婚しました。 現在は安定した生活をさせてもらっています。 どこから見てもフツウの子持ちの主婦です。 ということで私が経験から得た教訓。 「○○したい」という思いが心の中に消えずにあると、チャンスが来た時に「ピン」とくる。

  • root_16
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回答No.3

いろいろあって、大学に8年いました。 小さな会社に就職して、食品の輸入をしました。 社長が交通事故で意識不明となり、倒産を経験しました。 転職して、電気設備メーカーに入り企画をやりました。 退職して、コンピューター関係に転職し、 マーケティングと経営企画をやりました。 退職して、日雇いのフリーターをやりました。 現在、転職して、医療関係のSEです。 ただ、今も迷走中です。

回答No.2

女性です。 ・大学は、楽しかったあまりに?5年居ました ・就職浪人して、1年以上フリーター ・その後、最初に正社員の席をくれた会社に就職 ・退職し、2年間大学院へ ・修士課程終了後、現職 簡単に書いてしまえば、以上でおしまいです。 大学に入る前に憧れていた職業は、実態を知るにつけ憧れではなくなりました。 大学を卒業したのは、一つ前の氷河期のときでした。 総合職狙いだったので女性には厳しい時代でした。 フリーターの頃は、吉牛がご馳走でした。 テイクアウトで、二度に分けて食べました。 1日の食費に500円以上かけるのは厳しかったので。 栄養失調で血を吐いたりしましたが、一人暮らしの固定費生活費が必要なので、バイトを3つ掛け持ちしていました。 バイトしながらの就職活動で、ある会社が拾ってくれました。 興味のある分野ではありませんでしたが、有難かったので精一杯働きました。労務管理はいい加減で、所謂ブラック企業という感じではありましたが、給与は支払われるし、昇給もあるし、なにより恩義があるので結構頑張りました。 仕事を一生懸命やってみると、それまで興味のなかった業界にも興味が沸くものです。業界の問題点や疑問も見えてくるものです。 業界全体の改善に繋がる一端を担えればいいなということで、退職して大学院にゆきました。 終了後は、前職を辞める際に希望していた通りの仕事に就いています。 給与も、満足とは云えませんが当時よりはあがっています。 今にして思えば、全てがよい経験でした。 その状態、その環境でなければできない経験をたくさんしました。 自分が置かれている環境でベストを尽くすことだけが、次の扉を開ける鍵になることを実感しました。

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