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日中における政冷経熱はなぜいけなかったのでしょうか。
日中における政冷経熱はなぜいけなかったのでしょうか。 1. どうして悪かったのか、せいぜい反日デモが起こったくらいで、実際にここに悪影響が出たという具体例は何だったのか、どういった悪影響が予想されていたのか、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。 ネットで探しても具体的事例が見つかりません。 2. 特に中国と日本は互いに仮想敵国に相等する隣国なので、政治的に反発するのは当然の様に思います。 経済の結びつきを強化し、経済で潤う中国沿岸部を中国政府から遠ざける事が、日本における中国の交渉材料となりうると思うのですが、これは政策案として使える可能性があるでしょうか? 変な質問で申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。
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- sudacyu
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<初めに> 経済の基本データーの把握が十分ではないように思います。 日本貿易振興機構の中国・日本・アメリカの間の貿易額を確認してみてください。 http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/ http://www.jetro.go.jp/indexj.html http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/ 日本の貿易額で相手国第一位は、中国 第二位がアメリカです。 アメリカの相手国第一位は、中国、第二位が日本。 当然、中国の貿易相手国第一位はアメリカ、第二位が日本です。 中国は日本から生産設備を輸入して、アメリカに工業製品を輸出して、20~30兆円稼いでいるという図式が見えてきます。 <回答:全般> 政治交流と経済交流は同レベルであることが、バランスがとれていて望ましいと思われます。バランスが取れていないと、どこかに歪が生まれてきて、それを修正する必要が出てきます。 「政冷経熱」を修正するなら、『政』を温めるか、『経』を冷やさなければいけません。 国内のデフレ・不況・失業問題を悪化させないためには、『経』を冷やすわけにはいきません。 バランスを取るには、政を温めるしか選択肢がないことになります。 <1、に対する回答> 日本の「政冷経熱」は、小泉政権の権力構造と密接な関係があります。 小泉政権は郵政選挙で大勝するまでは、自民党内での少数派政権で、「国民世論の支持」を常に必要としました。そのため、靖国神社参拝などで対中対韓強固路線を演出し、内閣支持率を高く維持し続けました。 その結果、対中・対韓貿易拡大を望む、自民党支持基盤の財界を満足させるために、国内的には規制緩和・雇用流動化を進め、対外的には経済が好況のアメリカ(=実際は、イラク・アフガニスタンへの戦費垂れ流しによるバブルだった)への輸出増加でカバーする方策をとりました。 その結果は、アメリカのバブル崩壊による、現在のデフレ・不況・失業に結びついています。(もっとも、アメリカに傾倒していなかったとしても、相当ひどいことにはなっていたはずです。今より多少まし程度になるくらいでしょうか。) <2、に対する回答> 政策案として使える可能性はほとんどないでしょう。 中国沿岸部=経済基盤=中国政府の本体の立脚する場所です。現在、この地域に地盤のある政治家が「北京中央政府」の主流に必ずいます。 上海という特別な地域において見ると、 ・江 沢民 前国家主席。上海閥のドン。 ・曽 慶紅 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BD%E6%85%B6%E7%B4%85 ・習近平 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%92%E8%BF%91%E5%B9%B3 日本は自由主義社会で、グローバル化した企業の方向をコントロールすることは、独裁国家「中国」よりも困難なことは言うまでもありません。 日本の対中投資は累積すると数十兆円規模で、中国で儲けたお金の再投資も含めて考えると、既に50兆円は超えているでしょう。 http://www.jcipo.org/toukei/toukei2.html 日本経済を背負っている財界には、「中国が仮想敵国」という見方はなく、「成長性ある市場」として見ています。 日本と中国の経済一体化は相当進んでおり、今後さらに進むでしょう。 第二次世界大戦までは、国家の統治範囲に経済が収まっていたため、ブロック経済化が起こり民族国家同士の全面戦争が起こりました。 現在は、経済が国家の統治範囲を超えて一体化してしまったため、全面戦争の可能性は、自国経済がある程度世界経済から独立している国家(=北朝鮮・イランなど)に限られます。 日中間で偶発的な、領海侵犯・発砲レベルのことはあっても、それが拡大することはないと考えてよいでしょう。 尚、現在の中国は、経済が外資導入による資本主義を行って、「共産主義」政権であるはずがありません。 「共に生産する」という理念は、労働者が生産財を持つことを意味します。外国資本が生産設備を保有している以上、資本主義です。「共産党」政権というのは、名前だけです。 ・経済は資本主義 ・政治は一党独裁(軍事力による国民支配) ・民族主義 という国是で国家運営をしていますから、実体は右翼(全体主義)国家と言えます。 <参考> 1972年に日中国交回復を決めた日中共同声明のとき、「戦争責任」をどうするかで、最後までもめた挙句、田中角栄首相・周恩来首相の妥協で、『A級戦犯に戦争責任があって、日本国民も中国国民も被害者である。』との解釈をもとに、「国交回復」を行いました。 その中国ですが、1979年の中越戦争まで、中国の国内は毛沢東思想に振り回されて経済は成長せず、食うのに精一杯の国民の目には、対外事情などは関係ありませんでした。 ですから、国の対外政策などに口を出す国民はほとんど居ませんでした。 ところが中越戦争で、大きな変化が起きました。 中国の人民解放軍は、ベトナム軍の数倍の死傷者を出しながらも、人海戦術でベトナム国内に侵攻しましたが、強国アメリカと長い間戦い抜いたベトナム軍相手に消耗戦が続き、結局補給が続かなくなり、事実上の敗北と言われるような撤退をするに至りました。 これによって、軍首脳は毛沢東思想では近代戦(=消耗戦=国家経済力による戦い)は戦えない事を痛感しました。 日を経ずして、中国は毛沢東思想・共産主義を封印し、経済は資本主義という鄧小平の経済拡大路線が軍の全面的な支持を受けることになります。 その結果、やっと生活が安定するようになった国民が、政府の対外姿勢に目を向けだすようになったのです。それが1980年代中ごろ以降です。 そのころ既に、アジア新興工業国が経済発展を開始し、発展途上国から脱しつつあり、そのキーワードが長期安定政権でした。 中国も共産党独裁のもとで、長期安定政権を維持し、外資を導入して経済開発を行う方針を取りました。 中国は、資本主義的経済開発に方針を決めるまでに、30年以上共産党が政権を持っていたため、今後も更に長期政権を目指すともなれば、腐敗が進行し「共産党一党独裁」の問題点は、国民の目の前に明らかになってきていますから、あらゆる手を使ってその正当性を宣伝しなければなりません。そのため、『65年以上前の事を、最近の出来事の様に生々しく教える』路線が継続されています。 中国政府は、「日中戦争の責任はA級戦犯にある。」「日本国民も中国国民もA級戦犯が起こした戦争の被害者である。」「共産党は、A級戦犯と戦った。」という形で、日中友好と共産党の正当化をなんとか両立させました。しかし、「A級戦犯に従った日本国民と戦った」ということを生々しく教えることは、常に「日本国民と戦った」ということを、生々しく教えることを意味します。 1972年に日中国交回復を決めた日中共同声明のとき、日本政府もこのような中国政権の国内政策を了解し、双方が合意したわけです。 <現在の中国政治状況> 経済が成長して国民の生活にゆとりが出てきた結果、軍事力に押さえられて表には出てきませんが、長期独裁による腐敗政府に対する潜在的不平不満は膨らんでいます。 また、経済が成長してきて、貧富の差が大きくなり、勝ち組と負け組(日本資本による投資によって豊かになった者と、豊かになるチャンスがな、く社会全体が底上げしたことによる物価上昇によって、貧しくなった者)に分かれてくるようになると、負け組の政府への不満も蓄積しています。 このような、中国政府に対する不満を表現することが出来ない状況の下で、「日本国民と戦った」という中国のプロパガンダを刺激することが日本国内で生じると、 1、直接理由ではないものの、日本資本が中国社会を変えたために生活が苦しくなった。 2、『反日』というのは「政府のプロパガンダ」と矛盾せず、極めて都合の良い欲求不満のはけ口となる。 ので「反日」という形で、政府に対する不満を、間接的に爆発させる事が可能となります。 特に、日本の首相の『靖国神社参拝』は、負け組にも、政権腐敗に対する不満を持つ人にも、豊かになっても政治参加ができない不満を持つ人にさえも、「反日」を装うことで、「政府批判をするチャンス」を与えることになります。 中国は、日本から資本・技術・工業設備を輸入し、世界各国にその機械で作った製品を輸出して稼いでいます。(2008年は、輸出14,285億ドル、11,331億ドルとなり、2008年の為替レートでみれば、約30兆円儲けています。) 日本と揉め事さえなければ、大儲けしてアメリカを脅かす大国になれるのです。 ですから、中国政府は日本と事を起こしたくないのですが(中国政府首脳の抗議は口先・ポーズだけです。小泉首相との会談をすっぽかして帰国した中国副首相も、その日の午前中に財界首脳との昼食会をしっかりやっていました。)、日本の首相が「靖国神社参拝」をしたとなると、必ず「抗議」をして国民のガス抜きをしないと、国民に欲求不満を吐き出す機会(=暴動)を与えてしまうのです。 というのも、今まで『A級戦犯に責任のある日本の侵略』を共産党一党独裁正当化につかってきたのですから、もしA級戦犯の合祀されている靖国神社参拝を共産党が認めたならば、共産党の一党独裁に根拠がないこととなり、国民の不平不満が正当であり、日本ではなく共産党独裁政権に向かいます。 これを突破口にあらゆる政権不満が噴出し、内政不安に至り、これに乗じて少数民族が独立・自治獲得に動き出すと、政権崩壊(=ソ連崩壊の二の舞)に至る可能性があるのです。 つまり、中国側としては日本の政府要人が行う靖国神社参拝に対しては、『抗議』するしかなく、しないという選択肢がないわけですから、外交カードとしては使えません。 靖国神社参拝をしてもしなくても、政権を失うことに直結しない日本の首相はかなり自由に選択することができますから、日本側にとって、いつでも好きな時に、安価に、繰り返し使用することの出来る便利な対中国外交カードと言えます。 まさに、日本の首相の「靖国神社参拝」が中国の一党独裁を簡単にゆるがせ、政情不安を顕在化させる泣き所なのです。 それに対して、経済の資本主義化で、急激な経済成長を遂げている中国にとって、「日本」は資本・技術・生産設備の供給元で、金儲けの根源とも言える存在です。 靖国神社に日本の首相が参拝して、国内で反日暴動が起きるような状況でも、中国政府は口先で反対声明を出し、日本政府要人との会談をすっぽかすというパフォーマンスで、自国民のガス抜きをすることぐらいしかできません。 貿易の禁止などの経済に関連する制裁措置はとることができないのです。
- key00001
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> 日中における政冷経熱はなぜいけなかったのでしょうか。 良し悪しで問うコトでは無く、少々異常な「現象」が起きたという事実でしょう。 この政冷経熱は、中国の思惑通りであり、中国にとって悪い点は有りません。 反日感情を煽ることで、国内政治への不満の矛先を回避すると共に、当時の日系企業等の資本で、現在の経済的・技術的発展の基礎を作り上げたんです。 強いて挙げれば、日本としては、まんまと利用された形であり、感情的には素直に喜べないコトと、このプロセスを経て、中国の国力が増し、当節、増長している点かと思います。 とは言え、経熱により、日系企業も中国から経済的な恩恵を受けたワケで、実利は有ります。 > どういった悪影響が予想されていたのか、 靖国参拝に対する内政干渉などですが、中国の日本料理店が襲撃される程度の実害しか無いし、当時から中国のホンネ(日本を利用する目的)は見えてましたから、概ね看過していたと思います。 むしろ、予想以上に中国が発展し国力を付けたことで増長し、「予想外」の悪影響が出ているのが実情かと思います。 > これは政策案として使える可能性があるでしょうか? 全く意味が判り兼ねますが、可能性は皆無だと思います。 (1)そもそも何の「交渉」の材料になるのでしょうか? (2)何の政策か判りません。経済政策?外交政策?軍事政策? そもそも日本政府には、『他国の』『特定地域の』経済を発展させる能力など有りません。 仮に可能としても、それを中国が容認せねば不可能であり、もし危機視すれば、中国は沿岸部を放棄することなどが選択可能です。 (3)日本にとって中国が仮想的国であると仮定した場合、如何なる理由があろうとも、敵国の経済を富ませる様な政策は、有り得ません。 (4)経済的な結び付きをいくら強化しても、仮に交戦状態になった場合、その結び付きは国交と共に即座に無くなり、恐らく交戦国に接収され、相手方国力になってしまいます。 (5)経済が発展しても、地理的な距離は変わりませんので、政府から地理的距離が遠ざかるハズは無く、むしろ経済が発展すればするほど、徐々に内陸部の方に発展が進むでしょうから、距離は近づく方向でしょう。 また、沿岸部のみどんどん発展するとして、経済格差が広がる、流入人口が増加する、治安が悪化するなど、各種問題が発生する可能性はありますが、いずれも国内問題です。北京と政治的な距離が広がるワケでも有りませんし、日本と政治的に結びつくワケでは有りません。 (6)恐らく中国側は、日本は政体上の主義が異なる反対陣営の国とは見做していますが、憲法9条で専守防衛の日本を、軍事面での仮想敵国などとは考えていません。 仮に軍事的に仮想敵国と見做しておれば、尖閣諸島近辺での示威行動・挑発行動・偵察活動など行わないでしょう。 それらは開戦のキッカケになります。