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初めて何かをするときの輝き

初めて何かをするときの輝き 人間は初めて見るものや取り組むことに感動を覚えます。僕ももちろんある程度はそうなのですが、僕は初めて取り組むものの飲み込むが異常に速く、そして飽きるのも人一倍速いです。小さなことに感動するしすぐに感動は色褪せていきます。 これはどうしてなのでしょう??おかげで今まで何をやらせても器用貧乏でプロまでは辿り着いていません。むしろ最初が一番上手くて練習すればするほど下手に嫌いになっていきます。あと自分が好きでもないことが案外上手かったりします。 どうして僕はこんなに飽きっぽいのでしょうか??抽象的な質問でスミマセンがどうか何か教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

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  • dinggong
  • ベストアンサー率26% (59/226)
回答No.4

人は誰しもそれなりに飽きっぽいもんです。 若いときは努力は単調でつまらなく感じます。 その単調なことを、どれだけ長い間続けられるかが、一番になれるかどうか、なのだと思いますね。 ただし、本当に一番になれる人は、その単調な作業を単調だなんて思っていないです。 さらに、一番になったことを何とも思っていないです。一番になったとすら思っていないことも多々あります。 どんなジャンルでも、順位なんて付かないんです。 人の評価は後からついてくるもの。人に勝っているという自負ほど、頑張るときに邪魔なモノはない、です。 結局単調な作業を単調だと思うことなく、非常に楽しいことだと、あるいはそれをできるということ自体が如何に幸せなことか、感じられるようになったら、 別に順位とかどうでも良いですしという状態に至り、 最終的に運が良ければスペシャリストになれるんじゃないですか、ね。 わかんないけど。

noname#192720
質問者

お礼

回答ありがとうございます。ひょっとしてギターか何かの経験者でしょうか??誠におっしゃる通りでございます。しかしその何かを極めるにはそれでいいかもしれませんが、目標を立てそれに向かって努力し達成してこそ人生は意味を帯びるとは思いませんか??人生振り返って「あー楽しかった」じゃ嫌だというか…それで僕はある意味できないに酔いしれてるのかなぁと思いました。 また少し前に進めた気がします。ありがとうございました。

その他の回答 (3)

回答No.3

世の中には色々なタイプの人間がいます。 何かひとつの事に夢中になったら、とことん打ち込むタイプもいれば 広く浅く色んな事をやってみたいタイプもいます。 私は後者で広く浅く色んな事をやってみたいタイプです。 なんだか中途半端にも思えますが、浅くても色んな事をやった経験が 役に立つ場面や場所もあります。 自分はいま浅くとも広い知識と経験が役に立つ場所にいますよ。 要は自分が納得できていればいいんです。 自己嫌悪する必要はないんじゃないですか。

noname#192720
質問者

補足

回答ありがとうございます。僕は自分に納得できないんです。「俺の力はまだまだこんなものじゃない」って。 はっきり言って自分を納得させるのが一番困難なんです。多分本音はちがくて色んなことをほどほどやりたいのかもしれませんがどこか意地になっているのかもしれません…

  • key00001
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回答No.2

お礼、有り難うございます。 物事を成功に導くには、「才能」と「努力」の二つが有って、どちらも大切なコトです。 ただ、質問者様のためには、正直に言いたくないんですけど・・・。 努力は誰でも出来るけど、才能はなかなか身に付きませんから、才能って言うのは、ホントに素晴らしくて貴重なモノです。 知性は勉強(努力)すりゃ身につくけど、センス(感性)っていうのは、なかなか勉強とかじゃ身に付かないでしょ? ソレと同じです。 努力は「やる/やらない」でしょ? センスってのは「ある/ない」だから。 質問者様は、その才能やセンスがあるけど、努力が足りない気がしますヨ。 センスが無くても、努力でセンスに勝つ人もいますから、努力もスゴイです。 でも、質問者様には、すぐに「努力が大事!」ってコトが判るセンスがあるんだから、きっと「努力する才能」だってあるハズ。 センスがある人が、努力したら、最強です。 どんな分野でも、最高の人は、センスもあるし、誰より努力もした人じゃないかな? 質問者様は、努力次第で最高にもなれる資質があるんだから、努力しないと勿体ないです。

noname#192720
質問者

補足

本当に親身になって回答して頂き嬉しい限りです。ありがとうございます。努力が足りない…確かに僕には改善の余地はまだあります。しかしまぁ自分で言うのもなんですが友人との予定をドタキャンして練習するくらいなのでしょうから[やるorやらない]で言ったら確実にやる方だと思います。 ただここで問題が生じるんです。努力というのは「やりたい!!」と何か目標があって成立するものだと思います。しかし僕はいつも漠然としています。何をしたらよいか何がしたいのかわからずに。よっていくら時間をかけてもいずれ必ず抜かされていきます。だから本当の意味で努力したいんです。それはもしかすると楽しむってこととイコールになりえるのかもしれませんが…目標や明確にやりたいことがある時の爆発力は自他共に認めるんですが如何せん調子にムラがありすぎてプロらしくないというか… もしよければまた何かアドバイスを頂きたいものです。よろしくお願いいたします。

  • key00001
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回答No.1

真っ白の紙に、落書きすると、最初は書くトコが多いでしょ? でも、書きまくったら、だんだん書くトコがなくなりますよね? ソレと一緒です。 最初は、出来るコトが沢山あるけど、だんだん出来ないコトが増えてくるんです。 また、質問者様の場合、紙全体を捉えて、全体にバランス良く、大きな絵を書くタイプなのでしょう。 そうなると、自分ではもう他に書き加える必要が無くなってしまって、飽きちゃう。 それ以上は上達しませんし、白い部分も目立ちます。 逆に、紙の上の方から下へ向かって、こまごまと緻密に書いていけば、いつまでも書き続けられるし、沢山のコトが書けて、仕上がりは真っ黒になるでしょ? どっちが良いってコトは無いです。 ただ、世の中には速くやるべきコトと、緻密にやるべきコトが有ります。 物事の全体を把握し、要領よくポイントを捉える才能は良いコトです。 でも、コツコツ地道にやるコトも大事。 或いは、下書き的な絵(デッサン)が出来たら、今度は色を塗って、絵が完成するでしょ? 質問者様は、デッサンは得意だけど・・・色付けの時には、もう飽きちゃってるんですヨ。 沢山のデッサンを描くコトも、デッサンの練習にはなりますけどね。 でも一枚の名画を描き上げるコトも大事だし、せっかく沢山のコトに感動出来る才能があるんだから、今度は一つのコトを徹底的に成し遂げた感動も味わってみて下さい。

noname#192720
質問者

お礼

暖かい回答ありがとうございます。それだけでなんとなく元気になれました。そこで、スピードよりももっと物事を楽しむことが自分の課題なのかもしれないと思いました。この意見は大切にさせて頂きます。