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受験勉強って必要?

質問のカテゴリーが違っていたらごめんなさい。 ついさっき友達と日本の教育問題について何を一番変えるべきかを話していました。その友達が言うには、日本の大学に受かるための受験勉強が日本の教育を駄目にしているという事でした。例えば大学に受かるために勉強したことを社会で有効に使っているのか?あんなに苦労して覚えた歴史の年号や人物の名前そして化学記号、努力して解き方を覚えた数学など、社会ではほとんど使われていないような事ばかりが受験科目として重要視されていますよね。数学や化学ができる人と、様々なアクティビティを通してたくさんの経験を持つ人(例えばスポーツ、海外経験、ボランティアなど)と、どちらが社会に出た後に役に立つ存在となりうるか?もちろん勉強が出来なければ勤まらない仕事も一部あるが、会社員として働く人々にとっては大学受験のための勉強はほとんど必要ないのではないか?彼の主張は大体このような感じです。 私は個人的には、受験勉強は一人の立派な人間を作るために重要だと思っています。しかし自分の考えをうまく表現できないために、明確な反論が思い浮かびませんでした。皆さんの意見を聞かせて下さい。受験勉強は必要だと思うか?もしそうならその理由とともにお聞かせください。そしてもし受験勉強は必要ないと思うなら、それに変わる人の能力を量る方法はどのようなものが考えられると思いますか?どのような意見でもいいので、何でも書き込んで下さい。

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  • mikko39
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回答No.11

No.3です。 「その友達はその社会を変えるべきだと言っていました」 友達の答えはココに集約されているのではないでしょうか? その友人が、“今の教育システムを変えるような立場になる”ことができれば、問題は多少、解決に向かうでしょう。 そのためにしなくてはならないことは、(私は詳しくは無いので、あくまで例えですが)文科省(役人)のトップになることかもしれないし、政治家になることかもしれないし、教育学の権威ある教授になることかもしれません。 いずれにしろ、一般の若者や一般家庭の親には勿論、有名企業の役員でも、地方の議員でも知事でも、それはできないということは確かですよね。 影響力のある人間になるためには、普通、それなりの学歴がなければ、その他の人を納得させられないでしょう?「ああ、この人自身が勉強が嫌いなだけでしょ」と、馬鹿にされて相手にはされないと思います。 でも、それを論じる人が、東大出身者だったら、一般人の何割かは、「この人がそう言うなら、それが正しいのかも」と思わされるかもしれません。日本人でイェール大やスタンフォード大出身なんてなったら、海外に弱い日本人にはもっと影響するかも(保守的な民族なので、反発も強いでしょうが)。 つまり、友人が今の学歴社会を変えたいなら、皮肉なことに、自分自身が学歴+人生経験を他人よりも高いレベルでつけることが必要なんです。 で、私が思うのは、おそらく、友人が抱えているのは不満であって信念ではないのでしょうから、自分がそこそこの学歴を得たとしたら、その中で出来うるそこそこの人生で甘んじてしまうだろうということです。 ちょっと話から逸れましたが、「日本の大学に受かるための受験勉強が日本の教育を駄目にしている」のではなくて、そういった不満を持っている人が、老若男女問わず多くいるにもかかわらず、誰一人としてそれを変えるくらいの力も精神も持っていないことが、もっと国を駄目にしているのかもしれません。これって、教育だけではなく、雇用や経済状況、なんでも通じると思うのですが。 私は受験戦争は悪いと思いません。悪いのは、あくまで自分の頭だったと、大人になった今、過去の自分を残念に思うだけです。

その他の回答 (10)

  • 3234791
  • ベストアンサー率0% (0/4)
回答No.10

生徒を受け入れる学校側は 別に勉強をできる子が欲しいわけではないのです 本当にみたいのは問題解決能力の高さです ですから課題は何でもよいのですが 一番手っ取り早いのが文科省の決めた指導要領だというだけです 社会で活躍していける人は 与えられた課題をこなす能力も高いですし もっとも大学や高校は学問を教えるところで 社会学習をすることが目的ではありませんから 社会に役立つ事は自分で学ぶものです

  • Chocorly
  • ベストアンサー率16% (10/61)
回答No.9

受験をなくすのなら、同時に学歴社会もなくなりますよね。 そうなったら大部分の人は全く勉強しませんよ。小学校や中学校はさらに無法地帯となることでしょう。

  • takapeko
  • ベストアンサー率44% (251/563)
回答No.8

私は受験勉強は不要と思う一人です。 ただし、今の日本のシステムでは「しないよりはしておいた方がいい」でしょう。 その点の理由では他の方の意見と同じです。 なぜ不要かと言うとそもそも受験は「教科書の中から出題される」と いう大前提があると思われますが、難関校でそれだけで合格できるこ とはまずないでしょう。 英単語でさえ教科書だけからじゃないものが出ますし。 重箱の隅をつつき、塾や予備校で「テクニック」を学んで進学した後、 どうでしょう。私も自戒をこめていいますがほぼ遊んでいました。 入るは難し出るは易しの大学・・・ 大卒後、大学の知識を生かせる人はごく一部を除いてないでしょうし 大学は最高学府ではなく就職のときの履歴書と友達作りとそのときし か出来ない経験をする時間となっているように思います。 ですからフランスのバカロレアのような資格はどうかなと。 日本的に言えば「高校卒業資格」と「大学進学資格」のような統一テス トにし、大学はいまより入りやすくただし卒業は難しいという風に 変えれば一番いいと考えます。 試験も「高卒」としての知識を有しているという考え方で、その試験 の成績や普段の成績で難関校への入学資格になる。 この資格を得るための勉強なら意欲も違うし、意味も考えやすいし 思春期という脳が活発なときに勉強できる、と今よりは良いと思う んですけどね。実現は難しいかな・・・ 大学も受験料で儲けることしか考えてないからそもそも無理なようにも感じますけど。 本来の回答とは違ったものになりました。 よく考えれば就職・公務員も試験に受かれば後は・・・このやり方 自体が変わらないとよくないんじゃないかと思います。 「何を一番変えるべきか」の答えになるかな。

noname#103524
noname#103524
回答No.7

50過ぎの余り社会に貢献していない男です。回答になってなければごめんなさい。 全くの僕の主観ですが、僕は根本的にあなたともあなたの友人とも考えを異にします。なにも社会に出た時に役に立つ必要を感じないからです。 僕は4年制のそうとう頑張って倍率の高い大学をそれなりの成績で出ましたし、考えが有りましたから就職はまともにせずに直接社会にアピールするような形で社会とかかわりましたので、人のしない経験もかなりしました。 つまり、あなたからもご友人からも文句のつけられないような生活をしてきましたが、現在体を壊しこうしてネット以外なにも楽しくない生活をしています。 そこで反省しているのは、社会とのかかわりに拘りすぎたな。もっとわがままに生きればよかった。という後悔ばかりです。 いま人生の終盤を意識せざるおえない僕の考えは、立派な事考えてるとなにも楽しくないという思いばかりです。 まあ参考にならないというより、相談者様の年齢では参考にできない。または参考にすべきではない意見だとは思いますが、お聴き逃しください。

回答No.6

受験勉強は、脳を最大限に使い、発達させ、いわゆる「回転を上げ」るもので、それでMAXどこまで使えるかを試すのが入試だと思います。 脳は使わなければ発達しません。 社会で「有能」といわれる方々は、どんな場面でも、もの覚えが良くて頭の回転が速い方々です。 そういわれる人間になるには、殆どの人は相当な訓練を要します。 その意味で受験勉強は、いろんな物事を覚え、覚えた物事の関係性を理解し、そこにある問題の解決方法を考え、正しい回答に導く力を培う良い機会だと思います。 また、そのためにどれだけ努力できるか、がんばれるか、も問われると思います。 専門的な知識や技能を必要とする職種でない限り、大学に来ている求人には「学部不問」とあります。 それは高校や大学で学んだ事をないがしろにしているのではなく、その大学の学生に、その大学に入れるだけの知識と思考力、頑張る力、いわば潜在能力があると考えているからだと思います。 受験勉強によってその能力が高められるなら、長い人生のその数年間くらい、四の五の言わずに頑張る事を強くお勧めします。

  • ryuken_dec
  • ベストアンサー率27% (853/3139)
回答No.5

■反論1 >大学受験のための勉強はほとんど必要ないのではないか? これは受験勉強全体を否定するかのような主張 >苦労して覚えた歴史の年号や人物の名前そして化学記号、努力して解き方を覚えた数学など しかし、これは今の受験勉強の中身の問題。 「今の政治は悪い。だから政治は必要で無い。」このような議論は成り立たない。 今の受験勉強の中身が悪くても、受験勉強そのものが必要ないとは言えない。 ■反論2 受験勉強で学んだことの多くが役に立たないように、さまざまなアクティビティで学んだことの多くも役に立たない。 ■反論3 A:数学や化学ができる人 B:様々なアクティビティを通してたくさんの経験を持つ人 AとBで比較しているが、全く適切ではない。その友人は勝手に「A=たくさんの経験がない」としているらしいが誤り。数学や科学ができてスポーツやボランティアなどの様々な経験がある人もたくさんいる。 また、普通は受験勉強をしたからといって他の経験が一切無いという人も少ない。進学校でも部活は盛んで、プライベートの時間もある。

  • R_Earl
  • ベストアンサー率55% (473/849)
回答No.4

質問者さんの御友人のいう「教育」の意味は何でしょうか? 質問文を見てみると、「社会に役立つことを学ばせる事」ととらえているように感じます。 でも、「教育」の意味はそれだけではないですよね? これは私の考えですが、 「社会に役立つこともそうでないものも含め、生徒・学生に未知のものを学ばせる」 というのが教育ではないでしょうか? そういう意味では、大学受験は必要だと思います。 最低限必要な学力が無ければ、 大学で教えている「未知のもの」を習得するのは大変だからです。 私は大学を「未知のものを学ぶ、または研究する場」だと考えています。 対して質問者さんのお友達は、大学を「職業訓練所」だと考えているような気がします。 なのでお友達の主張には「社会で役立つ」や「会社員で働く人」等の言葉が 多く出てくるのでしょう。 もし大学を職業訓練所のような場所ととらえるなら、 確かに大学受験は必要ないのかもしれません。 大学受験の是非について議論をする前に、 まず質問者さんとその御友人とで「大学とは何か?」ということや 「教育とは何か?」ということについて議論した方が良いと思います。 それをはっきりさせない限り、お互いに「相手を納得させることができる意見」を 出すことはできないと思います。 あと、最後に一つ。 御友人の意見に反論してみます。 > 数学や化学ができる人と、 > 様々なアクティビティを通してたくさんの経験を持つ人(例えばスポーツ、海外経験、ボランティアなど)と、 > どちらが社会に出た後に役に立つ存在となりうるか? 恐らく「様々な経験を持つ人の方が社会に役立つ」と言いたいのだと思いますが、 これはどっちもどっちだと思います。 勉強が社会の役に立たないことがあるのと同様に、 様々な経験が社会の役に立たないことだってあります。 大事なのは「自分の持っている技能(勉強含む)・経験をうまく役立てる方法を考えること」ではないでしょうか。 ちなみにこの話を議論する場合、 「社会とは何か?」について議論する必要があるかもしれません。 多分私の考える「社会」と質問者さんの御友人の「社会」という言葉の意味にも 隔たりがあります。 もしかしたら質問者さんと御友人の間でも隔たりがあるかもしれません。

w1k1ped1an
質問者

お礼

回答ありがとうございます。私は一生懸命受験勉強をしてきた内の一人であり、私の友人はそうではありません。ものもあまり知らないのですが、考えはしっかりしていて、要領はすごくいい人です。さらにいろいろなアクティビティに参加しており、経験に関しては私よりも遥かにあると思います。 そうですね、おそらくその友人は大学を教育機関ではなく、何か別のものを勘違いしている可能性はあります。しかし大学に入ってもろくに勉強もせず社会に出る人が多くいる事も事実ですし、すごく難しい問題だと思います。

  • mikko39
  • ベストアンサー率28% (73/254)
回答No.3

私は、受験勉強の有意性を問うよりも、小学校から大学まで、16年間も教育を受けて、職業観念が身につかないという異常について、議論を重ねたほうが、はるかに意味がある気がします。 何故働くのかということから、世の中にある様々な職業について、興味ある職業に就くために必要な知識について、今学んでいる・これから学ぶ科目を系統的になりたい職業に繋げる思考力、それらを教育し、子供たちが習得すれば、意味が無いと感じられる勉強にも、将来就きたい職業との関連性が見えて、意味を見出せるのではないでしょうか。 今の社会では、受験のための勉強は必要です。 一年後には忘れてしまう暗記の仕方であっても、そこを越えなければ、なりたい職業になるために必要な学歴も手に入りません。 ただ、仕事を見つけることが難しい世の中ですから、高学歴というだけでなく、プラスアルファが必要でしょう。 努力ができるとか、要領が良いとかは、性格の問題もあるので、“対人関係を上手く築ける”というのが、必要スキルでしょうか。 おとなしくても活発でも、大雑把でも神経質でも、対人関係をきちんとできる人は、適材適所で居場所が見つかります。 なので、受験勉強の代わりに必要なものではなく、プラスアルファで必要と考えていたほうがいいでしょう。 個人的な話、中学レベルの数学の思考や、大学でやる統計学は、営業職でも使用しますので、役立っていないわけではないな、と思っています。

w1k1ped1an
質問者

お礼

回答ありがとうございます。職業観念の問題ですか、、たしかに見方を変えてアプローチする方法もありそうですね。今の社会では、受験のための勉強は必要なんですよね。その友達はその社会を変えるべきだと言っていました。難しいですね。

  • Us-Timoo
  • ベストアンサー率25% (914/3620)
回答No.2

受験や受験勉強が社会をダメにしているのではなく、 大学にはいらないと何もできない社会が人間をダメにしていっていると思いますよ。

  • mappy0213
  • ベストアンサー率26% (1706/6353)
回答No.1

そうですねぇ 別に中卒でも高卒でも人間的に立派な人はいてますからね そう考えしまうと 受験勉強自体必要なくなりますね いい大学に入った人=いい人ではないですからね ただ就職の際 門戸は広くなりますね 勉強が出来るってのではなく大学に入るために努力したって考えればいいかと思いますよ スポーツならプロになる為に努力するわけですからね 同じことかと思います。 大学で社会に出て役立つってなると理系分野になると思います。 もちろん文系分野に関してもその筋に行けば必要な知識なんですけどね 大学に行き高校とは違う経験が出来た と考えると高卒より経験豊かになりますしね 単純に受験勉強をしたくないがための御託を並べているって感じですけどね(笑) 将来何になりたいか それを実現するために必要な学歴は って考えていると 高卒では門戸が狭いので自分の将来を自ら狭めている感じはしますね。

w1k1ped1an
質問者

お礼

回答ありがとうございます。例えば、公務員になるための学歴と勉強内容が、公務員になった後活かされているのかと問われると、反論は難しいですよね。確かに要領よく課題をこなす能力は身に付くかもしれないですが、どうも説得力に欠けてしまいますよね。

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