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僕作る人、私食べる人

かつて、何かの食品のテレビ宣伝で 「私作る人、僕食べる人」という台詞を男女に割り振った設定にしたら、ジェンダー的な観点から文句ゴウゴウだったそうです。 質問は、仮にもしこれが、男女の設定を逆にしたものだったら、文句なかったんでしょうか?

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noname#142398
noname#142398
回答No.6

そんなに単純じゃないと思います。 「僕作る人、私食べる人」という台詞はどう感じられますか? (男性は本来食べる人なのに作るんだ、へぇー。女性は本来作る人なのに食べるんだ、ふうん。新鮮なカップルだなー。)と感じ、印象に残りませんか? そういうところで興味を引こうとするCMがあれば、見せ方によっては(男性が自虐的で女性が威張ってるような図だと)、その魂胆は、 男性は本来食べる人、女性は本来作る人、という固定観念を 多くの消費者が持っていることを期待していることになります。 文句ゴウゴウはなくても、専門家は指摘するかもしれません。 ちょっと似ている話で、 サラリーマン川柳に毎年出る自虐テーマに朝のゴミ出しがあります。 男性がゴミ出しをするのを情けない情景として詠っています。 本来、男性がやるものでないゴミ出しをやっている、かっこ悪い、とほほ、女性の天下だな。という意味です。 2つの固定観念があります。 ・ゴミ出しは情けない ・ゴミ出しは女性がやるもの ゴミ出しは朝の洗顔と変わらない普通の行為であって、男女立場問わず朝出かける人が出すのが合理的で当たり前、と皆が思っているなら、 川柳で上位入賞などならないでしょう。 しかし、こういう川柳が毎年発表されているのを見ると、 ジェンダー的な文句ゴウゴウは来ていないようです。

garcon2001
質問者

お礼

本来的な、ジェンダー問題が存在する限り、いくら小手先で操作しえたところで丸く収めることはできないと私も考えますが、とりあえず、逆ならばその非難をかなり抑制できそうだと言うことですね。

その他の回答 (5)

回答No.5

それはそれで女性団体からクレームが来るかもしれません。 「女は家政婦や調理人じゃない」って。

  • nacam
  • ベストアンサー率36% (1238/3398)
回答No.4

それに近いコマーシャルがありました。 渡しの住んでいる地区にあるハウジングホンターのコマーシャルでした。 母「ママは大きなキッチンが欲しい。」 娘「私は、かわいい庭が欲しい」 父「パパはひたすら頑張るだけさ」 (みんなの夢をかなえます。○○ハウジングセンター) というものでした。 さすがに批判があったのか、父の言葉が「パパはゆったりお風呂が夢さ」にいつのまにか変更されていました。

noname#106932
noname#106932
回答No.3

>仮にもしこれが、男女の設定を逆にしたものだったら、文句なかったんでしょうか? ええ、そうだと思います。 「画期的な男女関係!」と、賞賛されたかも(笑 私はリアルタイムであの騒ぎを憶えていますが、当時の感想としては「そんなことに一々目くじら立てなくても…」でした。

  • delta02
  • ベストアンサー率37% (49/130)
回答No.2

同様の理由で問題視することは出来るでしょうが現実味はないですね。 理屈の問題以前に、歴史的な問題です。 長きに渡り家庭における女性に求められる(≒強制される)役割の主要素の一つが飯炊きであった訳で、CMで使われそうになった台詞は当然その歴史を踏まえて作られています。 公共の電波を使って広く一般にそのイメージを流布するということが、ジェンダーフリーの観点から行けば問題となる訳です。 歴史的に女性が男性に抑圧されてきたという認識があるから問題になる。 逆の設定の台詞はその歴史を踏まえた上で、女房の尻に敷かれている恐妻家とか、慣習にとらわれず奥さん想いの旦那とか、コミカルであったりプラスイメージの男性像になります。 冗談的であったり、ジェンダーフリーに繋がるイメージであったりですから、問題視すること自体が的を射ないですよね。 そういう意味では、男性が女性を守るとか、男性が女性の分も支払うとか、そういうCMが作られるなら「性差別」「時代錯誤」と非難できるかもしれないですね。 まぁ、個人的にはヒステリックだなとは思いますが。

  • carrotcake
  • ベストアンサー率36% (660/1784)
回答No.1

問題なかったと思います。 むしろ新しい男女の形として話題になったかもしれません。 確証はないですが、あの時代を経験したものとしての感想です。

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