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格差社会というが努力したものは大抵報われているように思えるのですが?
格差社会と言いますが、中学校や小学校の同窓会を見るに生まれの貧富、高卒、大卒に関わらず、若い頃からある程度の努力をしている人はまっとうな人生を送っていて、社会で問題視されるような低所得者層となってしまった人は、大抵子供の頃から素行不良が目立ち、まともに努力してこなかった人ばかりにのように感じます。 低所得者層の全部が全部、怠惰な人とは思いませんが、少なくともかなりの割合の人は、這い上がる機会はいくらでもあったのに自分自身の怠惰(もしくは教育する親の人格が悪いから)でそうなってしまっているようにしか見えないです。 なので格差の原因が社会に強くあるとは思えず、どちらかというと原因は自己の怠惰のほうがはるかに強いだろみたいな認識があるのですが、こういう認識は間違っているでしょうか? これはあくまで私の周りだけの話であって、世の中には努力しても社会構造のせいで辛酸を舐めている人が社会問題になるくらい多くいるのでしょうか?
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- heartmind
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>怠惰な人は確かに多かったですねえ。時間を守らない、無断欠勤も朝飯前、人生勉強のつもりで観察していましたが、まあ、ひどいものでした。今では、格差が無いと頑張る意味も無いのでは、と思っています。 きっとご経験されたのなら本当のことだと思いますけど、そこにも何か問題がある気がします。その問題を考えることが格差問題を考えることなのです。私も若いころの苦労は勝ってでもしたほうがいいと思いますが、何かもう少し景気低迷と合わせて教育面から考えたほうがいいのではと思っているのです。
- mxm56343
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読ませていただきました。 格差社会という状態は 昔ほど露骨ではなくて ぼんやりしたものに 今はなっていると思います。 低所得者層のお話について、 私も、 就職難の時期に 今で言うワーキングプアにあたる 業種でお勤めしましたが 質問者様のおっしゃっている 怠惰な人は確かに多かったですねえ。 時間を守らない、無断欠勤も朝飯前、 人生勉強のつもりで観察していましたが、 まあ、ひどいものでした。 今では、 格差が無いと頑張る意味も無いのでは、と 思っています。 個人的には、 若いうちの辛酸は経験したほうが良いと思います。 参考になれば幸いです。
- marife
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よく在りがちな論理で当たり前すぎてぐうの音も出ませんな。 しかし今若い頃の努力?が実ってまっとうな人生を送っている人もこのまま格差社会が進行していけばいずれどこかでボーダーラインを割ってしまう事もあるのです。 だってバブルの頃は「日本国民一億総中流意識」を持っていたんですよ。誰も彼もがみんな「上流じゃないけど、下流じゃないぞ」って思っていたんだから・・・この状況が一生続くって。 実は努力などこれっぽちもしていないし、する必要もない連中が上流社会にはゴロゴロ居る事を知ってしまった時、果たしてあなたは納得する事が出来るのでしょうか? 願わくばあなたが20年後も低所得者層に属していませんように・・・。
質問者様の疑問というか気分はごく正当なものであるように思います。 努力すれば報われる。 努力しなければ、それなりの結果しか得られない。 これは全くその通りだと思います。 しかし、努力した人はそれでいいかもしれないけれど、社会においてしっかり努力する(努力出来る)人は悲しいかなやはりそう多くは無いのです。質問者様を含めて”選ばれたひと”なのでしょう。全員が努力するべきだ、と簡単に言うことは出来ますが、それは実際不可能なのです。 社会はそういった努力できる素質を持ち、実際にもしてきたひとによって先導されていますが、それ以外の人も、努力しないから生きる権利が無いとはいえないのです。そういう意味で >原因は自己の怠惰のほうがはるかに強いだろみたいな認識があるのですが、こういう認識は間違っているでしょうか? 残念ながらそういって切り捨てるのは間違っていると思います。努力できるひとの驕りでじはないか、とすら思います。怠惰なひとも、ある程度は言い分(無理言うなよ)があり、しかし救われねばならない(救わないと社会が成り立たない)というのが今の政治の考え、社会主義だといえます。 日本の戦後成長期はどんな成績の人間でもそれなりのポストが約束された時代でした。基本学力がなくても企業は(人手が足りず、やむなく、背に腹は変えられず)正社員として雇った時代が長く続きました。この方が異常な状態だったのかもしれませんが、事実でした。 今はそういうわけにはいきません。単に学卒だというだけでは一流企業は雇いません。この方が正常なのかもしれませんが、今年などは相当の成績を収めたひとでも就職が困難な状態だともいいます。そういった人の中にはやむなく貧困に落ちていく人も出てくるでしょう。 やはり社会構造が変ったのです。 。
- heartmind
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>今ではパイが大きくならないので努力しても他人のパイを取れるとは限らない。 これが結局は今の企業の問題じゃないかと思うんです。パイを大きくする能力がない。 >内申点を気にして頑張って派手な格好を控えてダサい格好でいるしかない時に、お洒落して遊んでいたり、授業を聞かずに楽しく遊んでいた子とか、自分だって学校サボりたいとか思った事あるけれど、 こういう価値観の人たちばかりだと、どうしても発想がある程度にしかならない。ダサい格好が良しとされては困るんです。客観的に何が自分に似合うかとか、せっかく女の子なんだから、そういう感性も磨いてもらわないと、義務感だけでも困るのです。問うて学ぶことに立ち返ってもらわないと。結局それが’やっとこ鍋’をフランスから逆輸入することにつながっているわけです。 結局、保守思想のいきすぎが問題なのです。
- heartmind
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昨日改めて考えてみました。 身近な人に中国について聞いたらやっぱりすごい国みたい。田舎っていってもデパートやらなんやらビルがすごく立ち並んでて道の舗装も行き届いていて日本の本当の田舎とはちょっと違う。だけどそこを二輪車引いて屑集めで生活してる人とかほんとにちょっと入るとテント張ったり、掘立小屋で生活してる。日本の戦後と近代が混ざってて、とにかくパワーと混迷が強烈。成長著しいのはあたりまえ、何もかも犠牲にして成長最優先なんだから、人権関係なしなんですから。日本はまねっこしたって叶わないんだから、まねっこしちゃあだめ。同じ土俵に立ってはだめ。価格争いにまきこまれたら負けるにきまってる。強かなんだからだまされないようにしないと。やっぱり累進化は必須としか思えない。富裕層が海外でカジノにお金落としている分を庶民が国内で落とせるようにしなきゃ。消費税も増やすにしても少しきめ細やかにしてもいいのでは。ぜいたく品と一般消費を徹底的にわけないと。産業や文化や教育もやっぱり北欧やヨーロッパ見習って、多様な能力をいかに生かすこと考えた方がいいんじゃないかと思います。中国がまねっ子できないことを日本はやらないと。人間のかんばん方式なんて中国ならすぐできる。
- ryuken_dec
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格差をどう定義、評価するか次第だが、差が無いとは言えない。 >這い上がる機会はいくらでもあったのに自分自身の怠惰(もしくは教育する >親の人格が悪いから)でそうなってしまっているようにしか見えないです 這い上がらなければならないのならば格差かもしれない。 恵まれた人は這い上がる必要が無く幸せな生活をできる。 恵まれない人は這い上がらないと幸せな生活ができない。 これならば格差かもしれない。 格差の原因が親の人格が悪いことで収入は関係ないとしよう。(so-yuzさんの説) それならば、親の収入に関係なく教育する親の人格で幸せが決まることになる。 (A君)金持ちで教育意識が低い親の元に生まれた。子どもの教育は自分達ではほとんどやらない。ベビーシッターや育児係や家庭教師やパブリックスクールの先生に全部お任せでほとんど何もしない。「子供の教育?そんなの私の知ったことじゃない。」という家。 (B君)貧乏で教育意識が低い親の元に生まれた。子どもの教育は自分達ほとんど何もしない。「子供の教育?そんなの私の知ったことじゃない。」という家。 A君とB君で受けられる教育や学歴は同じようになるのか?so-yuzさんの主張では親の人格や教育に対する意識が差の因子で、お金は関係ないのだから同じになる。しかし、現実的には違うだろう。同じく親はほぼ関与しなくても金の力で雇った周囲が関与するA君の方がちゃんと勉強を見てもらえるだろう。一方B君は大学どころか高校さえも危ない。これは差と言える。 >ただ「努力したものが報われる確立」が昔に比べて本当に問題になるほど低下したのか、 >その理由が社会構造にあるのか?という点で疑問があるのです。 当然低下した。昔は高度成長期だったので、与えられた課題を乗り越える努力さえすればほとんど正社員として就職できた。隣の人とライバルとして競う必要は無かった。そして、言われた仕事をきっちりこなしてさえいれば昇給・昇格した。しかし、バブル崩壊以降は時期によっては就職口が少なくなり隣人と限られたポストを競うことになった。就職しても上位ポストは限られており、言われた仕事をこなしても昇格できない。より優秀な人がいればポストが回ってこなくなった。 昔は社会のパイが急速に拡大し続けたので、努力した人にはすべからくその恩恵に預かれた。今ではパイが大きくならないので努力しても他人のパイを取れるとは限らない。
- trickworld
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中卒ですがそれなりの暮らしをしていますよ。 馬鹿には馬鹿なりの価値観?みたいなのがあるんだと思いますよ。 私の場合は中卒なので大学すら行く気が無かったのでだれかが「どこどこの大卒でエリート」とか言われてもピンと来ないんですよ。その大学がどんな物なのか知らない訳ですから。相手が格差って認識しなければ意味無いですしね。 「馬の耳に念仏」のように「馬鹿の耳にも念仏」としか言いようが無いですが。ようは耳聞こえない人に学歴や地位を語ってもただ口パクパクしている「人」みたいな感じです。 格差って認識できてる人は頭が良いんだと思います。
- heartmind
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>日本は中国よりも遥かに立派な社会で、皆助け合う心が残っていれば、世界に誇れる国家であります。 私もそう思います。昨日夜結構考えちゃいました。なんだかんだいって日本っていい国なんですよね。きめ細やかな親切心とか、自分を後回しにして、周りを気遣う心とか、少し主体性がないところもあるかもしれないけど。コンビニなんかいってもつまんないもの一つしか買ってなくてもいつも笑顔で接客してくれる。 だから逆に追い詰めすぎて自分なんて生きてたって迷惑かかるだけって自殺する人もいるのかもしれません。 みんなどこかで自分なんかそこそこでいいって思いながら生きている。 安穏な暮らしに満足できて多くをもとめすぎない。そういうところが逆にいいところ。 だからこそ、そういう愛する日本人だからこそ、老人が餓死って、いつの時代だよ、いまどき野良犬だって餓死しないよって、若者が師走が近づく寒い空の中で住む家がないなんて、いったい何人いるんだよって、もう半分やけくその様な変な罪悪感のような何とも言えない気持ちになりますよね。 結局、私達がちょっとづつわがまま言ったしわ寄せが来てるのかなって。 本当に改めて考えさせられました。
- sivbikku
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低所得者の所得を押し上げる対策は政府が行う施策であり、現政権が野党時代から声を荒げて叫んでいたはずです。 質問者様の見識も判りますが、実際は1993年以降から95年頃の不景気が現在の低所得の原因になっていると思われます。 努力の問題だけでは説明できない場面が多々あると思われます。 人間は努力が報われなければ、諦めます。 諦めざるを得ない状況を提供して、怠惰と非難は出来ません。 今からでも努力を認める社会を構築しなければ、この国の将来はありません。 中国では、煉瓦工の息子は煉瓦工です。 共産党幹部の息子はこねを使って無理が利く世界です。 日本は中国よりも遥かに立派な社会で、皆助け合う心が残っていれば、世界に誇れる国家であります。 中国にも、共生という言葉があり、社会の躍進の原動力になってます。 日本にも相通ずる精神はあり、大事に考えなければ、日本が瓦解します。 怠惰な人と、運悪く社会の底辺に落ち零れた人を区別して助けようではありませんか。 これが、日本の内需拡大と教育の格差縮小に繋がりませんか? 個人では出来ませんが、国家プロジェクトとしての底上げは可能です。 どうか、努力と言う言葉だけで差別なさらないで下さい。 チャンスを与えれば、逆転する人々がいっぱい出て来ます。