長くなりますが。
日本語の音読みというのは、千何百年か前に中国語が日本語に入ってきたときに、日本人が中国語の発音を耳で聞いて、仮名で(その当時仮名はありませんが)書き表そうとしたものです。ご存じの通り、訓読みは日本語訳。
例えば、treeと書いて「ツリー」と読むのが「音読み」、これを「き」と読むのが訓読みです。
ところで、treeは「ツリー」ではありません。今なら「トゥリー」とでも書くのでしょうが、古い日本語には「トゥ」なんて音はなかった。お年寄りは今でも発音できませんよね。だから日本語にある(日本人でも発音できる)「ツ」で代用するしかなかったのです。
中国語のrも事情が似ています。Lはラ行の音で表すことができた。老laoはラウ(変化して今ではロウ)、里liはそのままリ。ところがrはラ行では表せなかった。とても変な音なのです。ロシア語に、このrに近い音がありますが、ロシア語ではジャ行に聞こえます(例えば旧ソ連の書記長のブレジネフの「ジ」の音がこの音)。NHKの中国語講座の中国人教師の発音を聞いていても、四月にゆっくり丁寧に(幼児か耳の遠い老人に話しかけるときのように)発音するときはジャ行に、夏を過ぎて生徒が慣れてきたので少し早口で雑に(というか普通に)発音しているときはラ行に聞こえます。例えば日本。Ribenですが、普通に発音すればリーペン、でもゆっくり丁寧に発音すればジーペンに近い発音になります。実際「日本」の「日」の字には「ジツ」という音もあるのだし。そして、この「ジーベン」を聞き覚えたマルコ・ポーロがヨーロッパにもって帰ったのが「ジパング」という音。つまり「ジャパン」は「日本」を読んでいる訳なのです。
「日」には「ジツ」と「ニチ」と音が二つあります。それはrをどう書き表したかという違い。rは、ジャ行になったりナ行で表されたりヤ行になったり(マージャン用語の「ロン」はrongで、「栄」の字です。栄の音読みはエイまたはヨウ)。ジャ行・ナ行両方の音を持つ字も多く、日のほか、人・柔、そして「然」もジャ行読みとナ行読みと二つ音読みを持っていますね。
ジャ行とナ行とある場合、だいたいジャ行が漢音、ナ行が呉音です(例外もあります)。呉音が先に日本に入った音らしく、仏教系で、日常的なことば。漢音はあとから留学僧が持って帰ってきた音で、儒教系で建前的。
で、然(この字をよく見て下さい。下に火があります。これがもともと「燃」の字で、「しかり」という意味にあて字で使われるようになってから、も一つ火を増やした「燃」の字が発明されたのです)。ゼンは漢音、ネンは呉音。呉音のほうが日常的ですから、どうしても「こうねん」と読んでしまいます。でも、建前、正式、という点からは「こうぜん」であるべき。特に漢文の世界では、仏教系のことば以外は漢音で読む、という約束事があるので、「こうぜん」とふりがなを振った人は、その辺のことを主張しているわけです。「こうぜん」が正しいぞよ、と。
ぼくも漢文教師の端くれですから、「どっちが正しい」と聞かれれば、正しいのは「こうぜん」だ、と答えなければなりません。でも、一般教養として「もうこうねん」が間違いか、と問い詰められると、答えに窮します。少なくとも、「間違い」ではない。
長々しく書き連ねて失礼致しました。書意をお酌み取り下さい。
お礼
ていねいな回答ありがとうございました。わざわざルビをふっている人は、そこで自分のスタンスを表明しているのですね。「もうこうねん」と読まれることが多い中で「もうこうぜん」とルビをふっているのがとても新鮮に感じられたことから生じたこの疑問。おかげさまでスカッとしました。