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学校の怪談とうの都市伝説の伝わり方・・・
昨日TVで学校の怪談を民俗学から見た検証のようなのをやっててかみさんと話してたのですが 当方35歳なのですが私たちが子供のころも人面犬やトイレの花子さん等色々ありました もちろん音楽室のベートーベンとか理科室の人体標本とかお約束の学校の七不思議からこっくりさん(類似含む) ってのがありましたよね ただ今と違ってメールとかネットとかってツールがない時代にも関わらず 学校の怪談なんかたぶん全国似たような感じだったと思いますが どのように全国に広まったんでしょうか? 今ならメールって便利なツールがあるので同じような時期に全国に広まるってのは分かるのですが 人の口伝えだけで一瞬に広まるもんなのでしょうか??
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ツールは、おろか、満足なメディアもない江戸時代に、怪談というジャンルでは、ありませんが、例えば、「赤穂浪士」の話が、全国に口伝されたのですから、人の口の伝わり方の早さは、相当なものだと思います。 もし、あなたにストーリーテラーの才能があれば、オリジナルの話を作って、広めてみてはどうでしょうか。 私も、何度か、試しましたが、才能が無いせいか、学校中に、広まるという程度でした。 ただ、その伝播の早さは、身を持って知っています。 2~3日うちに、「ねぇ、ねぇ、こんな話知ってる?」 と、回ってきましたから。 そりゃ、知ってますよ。 自分で、作った話ですもん。 細部が変わっていたところも、おもしろかったです。
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- trolls
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>僕が「棒の手紙」のことを初めて知らされたのは、「オタク座談会」シリーズを出している音楽専科社の編集者からだった。 > 音楽専科社は『アリーナ37℃』という音楽雑誌を出しているのだが、その文通希望コーナーに名前が載った人の中で、「不幸の手紙」の被害に遭う人が続出した。「こわくて捨てられない」という訴えを受けた編集部では、「『不幸の手紙』を受け取った方は編集部までお送りください。こちらで処分します」と呼びかけた。すると「不幸の手紙」が編集部宛てに続々と回送されてくるようになった。 > ところが、途中で字の汚い奴がいたらしく、「不」と「幸」がくっついて「棒」になってしまった。しかも「文章を変えずに」という指示があるため、誤字であることが明らかなのに、次々と「棒」が書き写されていった。その数がしだいに増えて「不幸の手紙」を陵駕、ついには「棒の手紙」ばかりになってしまったのだ。 上記は、「これが「棒の手紙」だ!」という不幸の手紙の伝承について考察した論文の冒頭部分です。 不幸の手紙の場合は、一人で12人に知らせる決まり(脅迫)があるため、かなりの数が出回ったようですが、口伝えも同様のスピードで広がった可能性は充分にありますね。それに、ここ50年ほどは電話という重宝な文明の利器があるので、伝播の速度もかなり速かったのではないでしょうか。
お礼
不幸の手紙が棒の手紙ですか(笑)面白いですね。 たぶん口伝の場合も誰かにいろいろと脚色されて名前が変わったり 方法が変わったりして独り立ちしていくんですね。 ありがとうございました
お礼
なるほど やはり口伝って一番スピーディーな伝播方法なのかもしれませんね。 やはり友達の友達がとか先輩の友達がとかって感じで伝わって行くんですね ある程度の大きさになると色々と脚色されて話が独り立ちしていくんでしょうね ありがとうございました