>・・・な捜査は伝統的なものだ
と述べている方は恐らく戦時中の「カナトク」を念頭に入れてのことだと思います。。。
カナトクとは神奈川県警察部特別高等課(いわゆる特高)のことで、数ある全国の特高の中でもカナトクは悪名を轟かせていました。その極めつけとも言える事件が「横浜事件」です。
横浜事件の発端は、1942年雑誌「改造」に掲載された細川嘉六の論文「世界史の動向と日本」が、陸軍報道部により共産主義の宣伝であると断定され細川は神奈川県警に検挙されたことに始まります。
ちょうどその時期日本共産党の活動を行ったとして検挙していた川田壽夫妻の周辺から、川田と「中央公論」「改造」の編集者達がうつった写真が発見されます。
神奈川県特高警察は「中央公論」「改造」の編集者達も共産党再建活動に関わっていたとし検挙、更に「岩波書店」「日本評論者」の編集者たちも検挙します。
証拠は一枚の写真だけでしたが、カナトクは過酷な拷問で自分達が作ったシナリオ通りの自白を引き出します。当時中央公論社編集部員であった木村亮の著作「横浜事件の真相」によれば、カナトクの拷問は、裸にされロープで縛られ木刀で殴る蹴るが繰り返されるといったものでした。この拷問により横浜事件関係者のうち獄中で4人が死亡、獄中での心身衰弱の為保釈後に4人が死亡しています。
戦後、事件関係者の告訴で、特高警察官三名が有罪となりましたが講和恩赦により刑を受けずに終わっています。。。
お礼
特高警察時代からの名残でしたか・・・ 横浜事件のお話は大変勉強になりました。 有難うございました。