経済学の観点からお答えします。
1.市場経済の前提と機能
・そもそも、「市場の欠陥」というからには、もともと市場には期待されている機能があるという点です。まずこの前提条件とその結果導かれる結論を正しく知っていないと、「何が問題なのか?」とか「どうして政府が介入する必要があるのか?」が分かってきません。
(1)市場経済の前提条件
イ.市場は参入・退出にコストがかからず、自由である
ロ.市場取引に関して、市場参加者には瞬時に情報がいきわたり、誰か特定の参加者のみが得をする情報は続かない
ハ.市場参加者は取引に際して価格のみを参照する
ニ.取引の際に取引コストや税金、規制は存在しない
ホ.個々の市場参加者の影響力は市場全体に対して皆無に等しく(市場は分権的であるという)、みな市場で成立する価格を所与として行動する
(2)市場の機能
(1)の前提条件が成り立っているとき、市場は「完全競争の状態にある」といいます。完全競争の状態で成り立っているのは次のことです。
・完全競争市場で個々の参加者が最適行動を採っていれば、需要と供給が一致する競争均衡が存在すること
・競争均衡が存在すれば、そこで実現する資源配分はパレート効率的になっていること(厚生経済学の第一定理)
・消費者の凸選好が満たされていれば、任意の競争均衡は税金や補助金などの所得再分配政策によって実現可能であること(厚生経済学の第二定理)※凸選好とかの用語はちょっと技術的に難しい面を含みます。
ここで、「パレート効率的」というのは、イタリアの経済学者パレートにちなんだ概念で、
「ある市場参加者の経済厚生を落とすことなく、他の参加者の経済厚生を引き上げる余地がある場合、パレートの意味で非効率である」
という考え方です。すなわち、競争均衡では「市場参加者の誰かの経済厚生を落とさずにはもうこれ以上市場全体の厚生を引き上げられないという意味で効率的な状態」が成立しています。
2.市場経済の意味付け
・自由競争が好ましいというのは、哲学的・思弁的な範疇ではアダム・スミスの時代から盛んに唱えられてきたことですが、これを1のような意味で厳密に定義して数学的に証明できたのは、実は1950~60年代のアロー・デブリュー・サミュエルソンなどの貢献によってです。このときまでは自由競争市場に均衡解が存在するか、存在する均衡解は望ましい性質を備えているか、といったことについては自明ではなかったからです。
・なぜ1950年代にこうした優れた業績が生まれたかについては学説史的に背景があります。それは米国とソ連の冷戦が激化して資本主義自由経済と共産主義経済の優劣が世界中で激しく論争になっていたことと密接に関係があります。1917年にロシア革命が起こってソ連が誕生し、第二次大戦後は中国をはじめとして共産主義国が増えたこともあって、資本主義陣営はより高度な理論的背景を必要としていたといえます。また1920年代以降、ハイエクやミーゼスといった経済学者が「共産主義は実際に機能するか」という点について社会主義経済計算論争というものを提起したことも、市場経済の機能をより厳密に明らかにするきっかけになりました。もちろん、市場経済の前提条件が現実にすべて成立しているわけではありませんが、上記の競争均衡とパレート効率性の概念が理念として自由競争を推進すべきであるという規範的な旗印になったことは確かといえるでしょう。
3.市場の失敗
・さて、市場の欠陥(経済学的には「市場の失敗」といいます)は、まさに市場経済の前提条件が崩れたときに生じます。1の前提条件に即していえば
イ.市場には参入・退出にコストがかかり、自由でもない
ロ.市場取引に関して、市場参加者の間に情報に非対称性が存在し、一部のの参加者のみが得をする機会がある
ハ.市場参加者にとって価格以外のシグナルが重要な場合がある
ニ.取引の際に取引コストや税金、規制がいっぱいある
ホ.個々の市場参加者の影響力が市場全体に対して無視できない場合がある。その結果、一部の参加者がプライスリーダーになる(⇒独占・寡占、不完全競争)
となります。またこれに加えて
ヘ.市場取引自体が市場外に影響を与える場合(⇒外部性)
というケースもあります。いずれにしても完全競争におけるパレート効率的な資源配分を歪める効果を持つため、経済厚生は低下することになります。
4.対処策
・市場の失敗に対応するには、いくつかの方法があります。
(1)完全競争市場になるように制度設計する。
⇒ 例1:情報の非対象性であれば情報公開制度の充実
例2:独占禁止法
(2)補助金、税金によって所得再分配を行う
⇒ 例1;農業補助金
例2:税金における各種の累進税率
(3)外部性を解消するような新たな市場を創り出す
⇒ 例1:二酸化炭素の排出権市場
(4)経済厚生が不釣合いになる取引者同士を合併させる
⇒ 例1:大企業と下請け企業の垂直統合
(5)市場に馴染まない取引は、取引参加者同士で正常な取引が実現するような誘因を創り出す制度を整える
⇒ これはゲーム理論や契約理論などこの半世紀ほどで発達してきた比較的新しい経済分析の分野です。市場機構やパレート効率概念があてはまめにくい分野における方法です。
例:談合を防止する入札の仕組みなど
・(3)などは本来民間における需要と供給によって決まる話のはずですが、取引の基準やトラブル防止などインフラを政府が主導しないと誰も音頭をとらない可能性があります(初期の立上げコストが高く、他の者はフリーライドできてしまうため)。
・こうしてみると、政府の役割は「市場の欠陥を補う諸制度のインフラつくり(=所得再分配機能)とその監視」にあるといえるでしょう。