※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:教習所でのトラウマ)
教習所でのトラウマ
このQ&Aのポイント
10年以上前の教習所での出来事が未だに思い出される。教官の行動により思考が鈍り仕事の効率が下がってしまう。
路上走行中に信号のない横断歩道に近づくが、話していた人が飛び出すことはないだろうと思って進もうとする。教官は補助ブレーキを使い止まるが、急ブレーキのタイミングが急すぎて額がフロントガラスにぶつかりアザができる。
教官は痛がっている運転手に対して罵声を浴びせ、後日も嫌味や怒りを向けてくる。この出来事以降、車に乗ることが怖くなり、通勤には電車を使っている。
もう10年以上前の話なのですが、いまでもふと思い出すと思考が鈍くなり仕事の効率が下がります。
内容は簡単に言いますと教官の行動です。
路上走行をしていたとき、信号のない横断歩道にさしかかりました。そこで人が話しながら待っていたようなのですが、そこで話しているのだから飛び出しはないだろうと思い、そのまま行こうとしました。(従順な手順からすればこれは当然とよばれるかもしれないミスでした)
教官はそこで補助ブレーキを使いました。ここでは大方みなさん止まるべきだったなと思うはずです。
しかし、問題はそこではなく急ブレーキのタイミングが急すぎたのです。あまりの急にシートベルトをしているのに体が前面に飛び出しフロントガラスに額がぶつかり終了後に青アザができました。
外からは笑い声が聞こえ、指まで指されていました。
その後教官は額に手を当て痛がっている運転手に「脳みそ腐ってるんじゃねえのか!このカス!」と言いました。その後、ハンドルが震えながらも平然と運転手に先ほどのミスをアドバイスという見地ではなく、おまえのせいで恥を書いたと延々とまくしたててきました。
そのときは、思考がなかば不自由になり、下車後もなにかただ嫌味を言われたり、怒られたりするのとは違う不快感を背負っていました。
その後難なく卒業し、そのときのことも歩行者を睨み付けたり一番嫌な教官だったなぁと思っていたのですが、なぜか非常に不快な思い出として10年経ったいまもこの思い出に苦しめられます。そのほか数人も一番には劣るものの嫌味な人はいたわけですが、これらにはそれほどの影響もありません。
車に乗るとこの嫌な過去が思い出されてしまい、怖くて乗れないため、通勤には電車を使います。
長くなってしまい恐縮ですが、みなさんはこの件に関してどのような意見を持ちましたでしょうか。また、似たような思い出がありますでしょうか。もし、おありでしたらよろしければご回答いただきたいです。
お礼
まさにそのとおりですね。 回答いただきありがとうございました。