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こんな考え方は甘いでしょうか?人生舐めてますか?人間としておかしいのでしょうか?
よろしくお願いします。 20代後半男性です。 質問事項としては以下の2点です。 ・働いて組織から必要とされる人間になるには (雑誌風にいうと、市場価値のある人間、ということでしょうか) 何かを犠牲にしなければならないのですか? ・働くことを、生きるため、と割り切ったとしても、 誰かを支えるほどの経済力を持つためには、何かを犠牲にしなければならないのでしょうか? 経緯は下記のとおりです。 働いて色々な方(とくに経営者が多いです)にお会いするのですが、 皆さん何かを犠牲にして働いていると私には思う方が多いです。 睡眠時間、家族との時間、自分の勉強時間、などなど。 私は働いて5年目で、一度転職を経験しています。 転職の理由は生ぬるい温泉のような会社だったため、 すこしハードなところに行きたいということ、また、 経営に関わる研究を行えるところを見つけ転職しました。 しかし、うつ病にかかってしまい、休職はしなかったのですが、 通院しながらの会社通いで、研究どころか、頭も回転しない状況。 なんとか乗り切り今に至っていますが、そのときに今まで仲の悪かった(一方的な暴力が原因)親の大切さを知ったり、NPOでボランティアとして働くことの出来る、奉仕の精神を知ったりと色々な面で発見をしました。 今の私にとっては、私を支えてくれる人生の一部だと思っています。 しかし、今はまだ20代後半で、責任も重くないので組織にぶら下がることができます。 しかし、30代、40代になったとき、もっと競争は激しくなっていて、今から専門性を決め、死ぬ気で勉強または仕事を通じての学習をしておかないと、どこの組織からも必要とされなくなってしまうのではないかという不安があります。 そこで下記のジレンマが生まれてきます。 ・自分の専門性を磨く勉強時間をとるためには、仕事だけに時間をとられるわけにはいかない(仕事の量はそこそこでないとまずい) ・しかし、仕事での経験がない勉強など意味がないのでやはり仕事量は大事 ・仕事に時間をとられてしまうと、例えば親孝行する時間や、ボランティアとして働く時間、自分の専門性を磨く時間などがなくなり、自分を支えてくれる物事に時間を割けない。 仕事によるスキルアップと、自分の精神を支えてくれる時間とのトレードオフと考えてしまうのです。 大して仕事もしないのに親孝行したいとか、NPOで働きたいなど贅沢なのでしょうか?しかし、もしも今私が倒れてしまったら、私はいつになっても自分を支えてくれた物事や人に恩返しをする時間をとれなくなってしまう・・・。 しかし、現にお会いしている40代50代の方で、家族もきちんと支え、色々な波に飲まれながらも今後も生き延びていけそうな優秀な方は、仕事一筋でそれ以外を切り捨てていそうな感じもします。 今よりも競争が激化することは想定されるのですが、 やはり生き抜くためには仕事以外の何かを切り捨てる必要があるのでしょうか? そんな考えが頭の中をよぎります。 長い文になってしまいました。 読んで感じられたことをアドバイス頂ければと思います。
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>自分の将来が全くみえません たぶんポイントはここですね。 この焦りがいっぱいいっぱいの状況を生む原因のひとつじゃないでしょうか。 どう生きるかが問われているんですね。
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- kuku82
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はじめまして。 色んな経営者の方とお会いになられているならわかるとおもいますが、 それなりの人であれば、仕事は仕事・・と割り切れないでしょう。 だって、背中に社員、社員の家族が乗ってるんですよ? 自分だけの問題じゃないはずですよね。 ともすれば、仕事も犠牲もくそもないわけで、全てがパラレルで流れていると思いますよ。 まぁ、親が「コレは子育て・・」と割り切れないのと似てると思います。 さて・・・ よく似た質問を後輩からされますが、往々にして共通するのが 分離思考ですね。 「これはやっても無駄・・」とか 「損得で考えると・・」とか 「こっちが出れば、こっちは引っ込む・・」とか。。。 仕事をすることと、人間的に大きくなることを分離して考える傾向が強いですね。 仕事はそんなに小さい器ではありませんし、プライベートと切れるもんでもないでしょう。 そもそも一日は物質的には24時間ですが、密度は人によって異なると思います。つまり、ある人は20時間でしょうし、ある人は30時間相当・・・また、一人の人生でも、20時間相当の時代もあれば30時間相当の密度の時代もあると思います。 どうすれば、24時間以上の密度にできるか・・・ 人それぞれ価値観がちがいますから、やりかたも、道もバランスのとりかたも違うでしょう。 一部の経営者の方は、化け物です。 いち早く気づいて・・無意識に・・自然に・・・当たり前に・・・ 多くのひとはそうじゃないです。 化け物を見てもそうはなれません。 まずは目の前のことを素直に真面目に愛情をもってやるしかないと思います。 ただ、体には注意してください。 特に素直に真面目に愛情をもってしたいなら、睡眠時間はとりましょう。(化け物は一日3時間でも大丈夫ですが、参考になさらないように、化け物ですから。。。)
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね。まずは目の前のことを一生懸命 がんばりたいとおもいます。
- sue36
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優秀な高所得者、でなくてもいいんじゃないかなぁ? 全てを満足させようとすると挫折もあるでしょう! 私も向上心は捨ててないつもりですが、そこそこの収入で青少年教育のボランティアもしています。
お礼
回答有難うございます。 青少年教育のボランティア、すばらしいですね。 私も今行っているボランティアは続けたいですし、高所得者になりたいとは思っていないのですが、2極化、などの言葉を聴くと、 私みたいな何のスキルもない(向上心は捨ててないのですが)中間層はどんどん居場所がなくなっていき、超優秀かつ高所得な人及びそれにぶら下がる低所得層に分かれてしまうのではないかと・・・。 ボランティアをするのにも援助するのにも当然資金が必要になりますので私みたいな何も持たないものは後者の低所得で自分の生活すら満足に出来ない人間になってしまうのではないかと大変不安になるのです。 回答ありがとうございました。
- Tori_30
- ベストアンサー率27% (653/2415)
いや、全てを諦めたくない、何も切り捨てたくない、何も犠牲にしたくない、ってのはむしろ相当な覚悟だと思うよ。だって、そう思った時点で既に”自分を犠牲にする事”を選んでいるから。(う~ん。”自分を犠牲にする事”って言い方は適当じゃないね。”辛い道を選ぶ”って言った方が適当かもしれない。) 多くの人達が何かを犠牲にして最終的に守ってるのは何だと思う?他でもない”自分”なんだよ。 仕事もいっぱいこなして、家族へのケアも忘れず、睡眠時間も十分にとって、自分の人生も楽しむ・・・。やって出来ない事もないんだよ。それが出来ている人間も少数だけど世界にはいるしね(俗にセレブと呼ばれる人達)。ただ、それをしようと思うには色々考えて生きなきゃいけない。それに、一朝一夕で出来る事でもない。かなり面倒臭い事なわけだ。 もうね、「そこまでしなくても良いや」って思っちゃうんだな、人間ってのは。もう何かを犠牲にしても良いからそこそこで安定したい、って思っちゃうんだよ。守りに入っちゃう。それはそれで仕方のない事なんだけどね。 大抵犠牲にするのは、家族との時間だとか自分の人生を楽しむための時間。それを犠牲にするのは、思考をそこそこで停止させて安定したい、って気持ちの表れだと僕は思うんだよね。(かく言う僕もやっぱ「考えるの面倒臭い」って思っちゃう性質だから、色んなものを切り捨ててるわけだけど) ”切り捨てる”と人生楽だよ。こんな楽な事はない。その分、重荷が減るんだから。惰性で生活するってのは良いものだよ。その分、苦しみが少ない。 だからね、僕は貴方のように「何も犠牲にしたくない」って人を尊敬する。どうにかして重荷を背負って行こう、って覚悟をしてる人だと思うから。 でも、疲れたらたまにはその重荷を地面に置いても良いんだよ。疲れたら一休みして、回復したらまた背負って歩き出せば良い。僕だったらそのまま重荷は切り捨てて置いてっちゃうんだけどさw 僕は貴方のような人を応援するよ。でも、無理は禁物だよ。疲れたら一休み、ね?
お礼
回答ありがとうございます。 切り捨てた方が、人生楽になる、 今の私には思いもつきませんでした。 暖かい回答有難うございます。
- shift-2007
- ベストアンサー率14% (143/1013)
自分がほしいものだけを手に入れられるわけないですよね? 自分を支えているものは人それぞれですが、多くの支えが必要ということは、それだけ仕事がきついことを意味していないでしょうか。 このままだと、その支えだけでは足りなくなるんじゃないでしょうか。 犠牲という言葉を使う所を見ると、かなり一杯一杯に見えますがどうですか。
お礼
回答ありがとうございます。 おっしゃられるとおり、正直いっぱいいっぱいです。 仕事はきつくないと思うのです。 土日は今の所休めますし・・・。 しかし、自分の将来が全くみえません。 どんな専門性で、どんな分野で稼ぎたいのか それは本当にお金になるのか ビジョンが見つけられない事 自分の生活を成り立たせる為には最低限のお金が必要と言うことで ”金になること” と言う条件をつけてしまうと、もう弁護士や公認会計士などの資格しか思い浮かばなく、につまっているのです。 この煮え切らない状態を打開するには”犠牲”にして 何かがんばるしかないのではないか(会社辞めてロースクールに行く、など) と思っており使ってみた次第です。 回答ありがとうございました。
- Scotty_99
- ベストアンサー率30% (393/1284)
安定しているはずのサラリーマンですが、現実はおっしゃるとおり 40代、50代になると厳しくなります。 みんなサラリーマンは安定していると思い込んで、大きな住宅ローンを 組んだり、若いときの貴重な時間を惰性で過ごしがちですが、 いつリストラされてもふしぎではありません。 倒産だけではありません。 病気、人間関係、コンプライアンスの遵守不徹底(Novaなど)、 安月給でサラリーマンには2重、3重の危機が常につきまとっている のです。 それら危機と立ち向かうにはどうすればよいか? 本質に気付いていない方が実に多い。 いっそのこと公務員になるしかないのかも知れません。 もしサラリーマンをやっていくのなら、会社に依存するのではなく 自分で稼げる力をつけることです。 要は“自分”です。 会社がつぶれようと“自分さえしっかりしていれば安定”なんです。 別に資格を取れと言っているわけではありません。 少し話はずれますが、 私も元外資系企業に勤めるサラリーマンでしたが、 いまは独立して会社を経営しています。 外資系企業では楽な仕事で少し働くだけで高給をもらっていましたが、 仕事に面白さを感じず、27歳で退職したあとも一切後悔した ことはありません。 開業後、赤字の数年間。 月々2万円の給料で暮らす生活(いまはその50倍程度)。 お弁当を自分でこさえて自転車で事務所に行く毎日。 客もたまにしか来ない。 貯金が減り続ける毎日でしたが、自分のアイデアを具現化し 自分を向上させてきました。 一人でお金を稼ぐ力を身につけたんです。 お金を稼ぐ力を身につけると自分が安定しますね。 「いつのまにか、俺もう大丈夫だ」とわかる。 お金もたまり、スキルももち、自分がしっかりする。 こうならないと40代、50代強く生き残れないでしょ? 漠然と働くんではなく、 本を書けるようになったり、講演を依頼される人になったり、 なにかお金にできるものをもつべき。 だらだらと一生懸命働いて40代、50代になるのではなく、会社が倒産しても引く手あまたの人になる。 そうなることによって時間が生まれもっといろいろできるようになり、 会社から必要な人材と認められる。 どんな仕事するにしても、お金稼ぐ力を身につけるように意識 しましょう。仕事も言われたことやるんではなく 自分がなにをしたいのか、はっきりとしたビジョンをもって 仕事を自分なりに工夫して明日からのサラリーマン人生を生きて いきましょう。そうすると明日から(お休み?)変わりますよ。
お礼
非常に貴重なアドバイスありがとうございます。 外資系の企業など、日系にしか勤めてない私には 非常にハードな所に見えます。 ”楽な仕事で高級を取れた” というのはかなり謙遜をされているのではないでしょうか・・・。 講演を依頼されたり、本を書ける人間は理想ですが、 どの分野で、どんな専門性を持って? というビジョンが全然みえません。 会社に頼らない、と言う事になると、弁護士や公認会計士などの資格にしか頭が及びません。 専門性にしても、私の少ない人生経験では、 ・一人でできる社会貢献活動 などあまり売れなそうなテーマしか思いつきません・・・。 会社が倒産しても必要とされる人間で、 かつ資格などの難解な資格をとってもワンオブゼムにしか なれないものではなく、何かを探して見たいと思います。 暖かい回答ありがとうございました。 また、色々教えていただければと思います。
お礼
たびたびの回答ありがとうございます。 確かに焦りが精神的余裕をなくしています。 自分が社会の中でどのような位置に立ちたいのかが 見えていないのが原因だと思っています。