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死亡宣告という表現
今般の北朝鮮拉致問題で、北朝鮮側から死亡したとされた方々がいらっしゃいましたが、その遺族たちに対するマスコミの表現で「死亡宣告された○○さんの父親は云々」というのが目立ちますが、これに違和感を感じるのは僕だけでしょうか?あまりにも遺族に対する配慮がなさ過ぎだと思うのです。「死亡通知を受けた○○さんの父親は云々」が適切だと思いますが、いかがでしょうか?
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宣告は裁判などのように最初から公に告知する時に使われる言葉です 従って貴方が疑問を持たれたり違和感を持たれたのは当然と思います 通知は知らせることですから通知でもいいのですが、 「死亡通知」と言い切ってしまうと亡くなった事を確定してしまいますからやはり配慮に欠けると思います ジャーナリズムはコマーシャリズムと言ってもよいほど 人々を扇動し刺激的な表現を用いるようになっています 今回の件にしても有本恵子さんだけ帰国するなどと仰々しく書きたてていたメディアも有りました 情報を出来るだけ正しく判断するには、今回違和感を持たれた様に、情報の中には必ずどこかにいいかげんで、不自然な感じがないかを確認することです それを手がかりにして前後左右を読み直せば事実か作文かが見当つきます そして実際はどうであったかを推測する事が出来ます 情報の溢れる時代で、情報によって金銭を稼ぐ人達が増加し、出来るだけ売れるように操作しています 判断を間違えないように、情報に踊らされないように御互いに注意しましょう
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- bazarakm
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宣告は裁判などのように最初から公に告知する時に使われる言葉です 従って貴方が疑問を持たれたり違和感を持たれたのは当然と思います 通知は知らせることですから通知でもいいのですが、 「死亡通知」と言い切ってしまうと亡くなった事を確定してしまいますからやはり配慮に欠けると思います ジャーナリズムはコマーシャリズムと言ってもよいほど 人々を扇動し刺激的な表現を用いるようになっています 今回の件にしても有本恵子さんだけ帰国するなどと仰々しく書きたてていたメディアも有りました 情報を出来るだけ正しく判断するには、今回違和感を持たれた様に、情報の中には必ずどこかにいいかげんで、不自然な感じがないかを確認することです それを手がかりにして前後左右を読み直せば事実か作文かが見当つきます そして実際はどうであったかを推測する事が出来ます 情報の溢れる時代で、情報によって金銭を稼ぐ人達が増加し、出来るだけ売れるように操作しています 判断を間違えないように、情報に踊らされないように御互いに注意しましょう
- buffaloes
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死亡通知というのは、例えば、親が死去した際、子や配偶者によって、親族や死去した人の友人に対して行われる物を言います。 ですから、社会通念に照らして、今回の様な事象を、死亡通知と言うことは出来ないと思いますが。 また、今回の物は、実際に死去が確認されたわけではなく、一方的に、北朝鮮側からもたらされた報告であり、 それに納得して居られない親族の方も、少なからず、居られるようです、まさに、宣告という言葉にふさわしいと、僕は考えます。 上でも書いた様に、死去が確認されてから、親族から、なされるのが死亡通知であるというのが一般的になっている以上、今回の事象に死亡通知という言葉を使うことこそ、拉致被害者の親族に対して、配慮に欠けると言わざるを得ません。 また、死亡と言うことに対して、納得しない方が居られる以上、"遺族"と言う言葉も、配慮がないと僕は考えます。
お礼
ご回答ありがとうございます。そうですか、buffaloesさんは今回の件については「宣告」という表現が適切だと思われますか。確かに「宣告」という言葉には“一方的”というニュアンスはありますが、それがはたして今回の諸々の状況の中で良かったかどうかなんですよね。 後段の「遺族」の表現は僕の至らなさからの、配慮に欠けたものだと反省しております。ご意見ありがとうございました。
お礼
ご意見ありがとうございます。 >「死亡通知」と言い切ってしまうと亡くなった事を確定してしまいます そうでしょうか…。あくまで北側からの「通知」であって、それを確定したものと判断するかどうかは我々日本サイドの問題であるような気がします。 >情報を出来るだけ正しく判断するには、今回違和感を持たれた様に、情報の中に >は必ずどこかにいいかげんで、不自然な感じがないかを確認することです そうですね、これだけインターネット含めいろんな情報産業が発達してくると中にはタチの悪い記者や会社もあって当然ですよね。それに悪意がなかったとしても、事件や事象の複雑さに理解がついていかない記者とかもいると思います。余談ですが、裁判官とかでも近時の複雑な訴訟に理解が追いつかないということもあると聞いたことがあります。自分が信用できると思う媒体を作っておくべきですね。ご教授ありがとうございました。