よくありがちな心配だとは思うのですが、
心配が現実を超えて一人歩きしているような印象もあります。
(1)どこの国で技術が発明されても人類は豊かになる
(2)韓国・台湾は日本からたくさん部品を輸入している
(3)日本の「自給率」はある意味高い
(4)生活水準は、製造業の科学技術ではなく
全産業の平均的な経済効率で決まる
(5)日本の科学技術は衰退はしていない
(6)中国企業は日本とほとんど競合していない
(7)アジアが豊かになったら日本は貧しくなるとは限らない
>日本の製品は素晴らしい、日本の技術力は
>とても優れているのだと思っていました。
アメリカ人も、アメリカの製品は素晴らしい、
アメリカの技術力はとても優れていると思っているようです。
韓国人も、韓国の製品は素晴らしい、
韓国の技術力はとても優れていると思っているようです。
でも第三者的な視点で考えてみれば、
技術はオリンピックのような国の競技科目ではないのです。
どこの国の人が素晴らしい製品、素晴らしい技術を作っても、
けしからんということはなく、人々の暮らしは豊かで便利になります。
>しかし、今では韓国のサムソンに液晶TVやDRAMなど、
>さまざまなシェアを奪われています。
韓国のサムスン電子は強い分野を多く持ち、研究にも力を入れていますが、
しかし同じような企業が10も20もあるわけではありません。
サムスン電子はデザイン的な面やブランド戦略に力を入れています。
基幹部品を重視する日本企業とはポジショニングに違いがあり、
日本と補完的な役割を果たしている面もあります。
製品がサムスン電子ブランドでも、液晶の重要部品だとか
製造装置・シリコンウェハーとかは日本で作っていたりもします。
そんなわけで、サムスン電子やLG電子の売上が増えるほど、
日本から韓国へのハイテク部品の輸出は増えています。
これは日本のエンジニアにとってもチャンスも生んでいます。
むしろ韓国や台湾では大きい対日貿易赤字が問題視されますが(a)。
(a)日本の韓国・台湾との貿易額(2006年/JETRO)
対韓国 輸出額5.0兆円 輸入額2.5兆円
対台湾 輸出額4.2兆円 輸入額1.6兆円
それでも、韓国や台湾の経済的躍進は目覚ましいものです。
韓国・台湾の発展は、日本にとっても
産業集積として相乗効果があるかもしれません。
イタリアの地理はシベリアよりも経済的に有利です。
イタリアは独仏やスイスなど高度な技術を持つ国と近接し、
シベリアの近くには高度な技術を持って競合する国はありません。
でも経済的には有利なのはイタリアの方です。
奪われるとか、追い抜かれて貧しくなるとかではなく、
スケールメリットや分業関係を生かして豊かになることもできます。
むしろ、欧米で嘆かれるのは、電子系の産業集積が
日本、韓国・台湾、中国・東南アジアに偏ったため、
欧米に電子系の拠点を作る立地上のメリットが
減少してしまったということです・・・。
日本人の移動の都合からして見れば、
韓国のソウルとか台湾の新竹とかに行く方が、
アメリカのシリコンバレーに行くよりは近いのですが。
要は、敵国との戦争のような見方で捉えるのではなく、
国際的ネットワークの中で生きているということです。
経営面としては、日本企業でも日本にもライバル社を抱え、
韓国や中国にも提携企業を抱えている状況です。
>自動車だって今はトップを走っているものの、
>予断を許せる状況じゃありません。
日本とアメリカの自動車生産台数は、
今のところ微小な違いのように思われます。
しかし、中国は生産台数なら異常な速度で急進しており、
日本やアメリカに追いつき・追い越す可能性はあります(b)。
(b)国別の自動車生産台数(右値は前年比/OICA)
(EU27 1858万台 +1.1%)
日本 1148万台 +6.3%
アメリカ 1126万台 -5.7%
中国 719万台 +25.9%
ドイツ 582万台 +1.1%
韓国 384万台 +3.8%
フランス 317万台 -10.7%
インド 194万台 +18.7%
イギリス 165万台 -8.6%
台湾 30万台 -32.1%
でも実は、中国自動車は技術では全然追いついていません。
電子系と比べても技術蓄積は格段に遅れています。
奇瑞汽車とか吉利汽車とかいった中国地場メーカーの
名前を知ってる人は多くないでしょう。
先進国でまともに売れるような品質の車は作れないのです。
中国ブランドの自動車の買い手は国内か発展途上国であり、
当分の間は先進国に浸透する可能性は低いです。
中国政府は自動車を重要産業と位置づけ様々な面で介入していますが、
政府の干渉がどう出るかは現時点では分かりづらいです。
自動車は人件費に比例して簡単に安くなるわけではないため、
今のところ中国で自動車を作る大きいメリットはないのですが、
それでも内需拡大を見込んで急激な増産が行われています。
韓国の場合はまた状況が全然違います。
現代自動車は、多くの部品を日本から輸入しているとはいえ、
先進国に見劣りしない品質の自動車を作れるようになりました。
でも韓国で製造するコストメリットが特段大きいわけでもなく、
韓国の自動車産業が今後も発展するかどうかは
分からないように思われます。
>ソフトウェアを見たって、中国・インドの
>技術者の追い上げは凄まじいものがあります。
将来、インドのSE/プログラマ人材が豊富になり、
通信技術ももっと便利になったら、先進国のSE/プログラマーの
賃金が下がってしまうという可能性は考えられるかもしれません。
しかし、SE/プログラマ以外の先進国の消費者としては、
ソフトウェアが安くなって豊かになります。
つまり、先進国の該当する技術者にとっては頭の痛い話なのですが、
トータルで見れば、優位のある部門に資源が移動することで、
経済効率は上がるということになります。
なお、日本のソフトウェア産業が世界的な活躍をした
歴史はないので、追い上げという問題ではないと思われます(c)。
現時点では、シリコンバレーの技術者の収入は
まだまだ非常に高いもので、オフショアリングは
広範な分野にまでは浸透していないようです。
(c)コンピュータ・情報サービス輸出(2004年/OECD/IMF)
1 アイルランド 186億ドル
2 インド 177億ドル
3 イギリス 106億ドル
4 ドイツ 79億ドル
5 アメリカ 66億ドル
6 イスラエル 43億ドル
7 スペイン 29億ドル
8 カナダ 28億ドル
9 ベルギー 24億ドル
中国のソフトウェアは、インドほど発展していません。
組み込みソフトウェアや内需の分野に限られているようです。
日本の企業は、アメリカの企業ほど
オフショアリングに乗り気ではありません。
>さらには「ゆとり教育」などで日本全体の学力が落ちていて、
>私を含め未来の担い手の技術が世界に通じるのかどうかも疑問です。
人口のごく一部である修士号のエンジニアに要求される学力と
日本全体(平均?)の学力との間には違いが大きいと思われます。
アメリカの高校までの教育の質はひどいものともいわれますが、
大学以降の教育では日本よりずっと充実しているともいわれますし、
医学や自然科学、社会科学では、
アメリカの優位は大きく揺らいではいません。
義務教育の学力を詰め込むというより、
大学以降の教育の充実が注視されていないようにも思われます。
>日本には、地下資源もありません。
>自給率だって僅か40%という異常な数値の国です。
アメリカからサウジアラビアまで、全ての資源を
自給している国はありません。
地下資源や農産物を輸出するor輸入しないと、それだけ
為替レートが釣り上がって工業が育ちにくい可能性もあります。
例えば
自給率=1-輸入額÷(国内総生産-純輸出)だと仮定すると、
↓このような値になるようです(d)。
(d)自給率?(2006年)
日本 86%
アメリカ 86%
フランス 77%
イギリス 76%
中国 68%
ドイツ 66%
韓国 65%
日本人やアメリカ人は、商業とか教育・医療とかの、
貿易とはあまり関係ない分野に大きいお金を費やしています。
物だけあっても生きられませんから。
>それでも日本が豊かでいられるのは、
>頭を使い他国に出来ないことをしたからではないのでしょうか。
生活水準の指標は、貿易額ではなく1人当たりの国民所得であり(e)、
内需産業(こちらの比重が大きい)を合わせた経済効率で決まります。
(e)1人当たりの国民総所得(GNI/2006年/購買力平価/世界銀行)
アメリカ 44,260ドル
香港 38,200ドル
オランダ 37,580ドル
イギリス 35,580ドル
フランス 33,740ドル
日本 33,150ドル
ドイツ 31,830ドル
シンガポール 31,710ドル
*台湾 30,690ドル(GDP/IMF)
イタリア 30,550ドル
韓国 23,800ドル
中国 7,740ドル
インド 3,800ドル
日本が頭を使ってキャッチアップしたことは確かですが、
でも日本だけが特別というわけではありません。
アメリカや欧州と同じ経済効率が達成できれば、
それだけ豊かになるというだけです。
輸出額でも日本が世界一になった事はありません。
輸出額世界一はドイツ、次はアメリカです(f)。
これは中国がまもなく追い越すかもしれませんが。
経済規模当たりの輸出額なら、
ほとんどの国が日本より大きい額を輸出しています。
(f)輸出額(2006年/世界銀行)
ドイツ 11,123億ドル
アメリカ 10,373億ドル
中国 9,691億ドル
日本 6,471億ドル
フランス 4,901億ドル
オランダ 4,621億ドル
韓国 3,257億ドル
現状では日本のハイテク輸出産業が衰退する傾向は見られませんが、
もしも日本の工業製品が売れなくなったとすれば、
円安が起こって物価が上がります。
しかし、例えば1ドル=200円になったとすれば、
日本は低コストを武器に輸出を拡大するため、
為替レートはどこかで均衡します。
輸入品にこれまで1割かけていたのを
2割かけなければいけなくなるといった可能性はあります。
例えば中国産衣類・家具・自転車とか、
アメリカ産CPU・ソフトウェアとかの値段が上がります。
でも、例えばレジの自動化などで非製造業の効率化が進めば、
もっと値段が安くなるなんてこともあるかもしれません。
色々合わせてみたら、未来に貧しくなる可能性は低いでしょう。
いやもしかしたら、インド人がサービスや商取引を自動化する
ソフトウェアをがんがん作ってくれた方が、
日本のものつくり振興以上に日本経済に大きく
貢献する可能性だって全否定はできないかもしれません。
>このまま日本の技術は他国に追い抜かれていってしまうのでしょうか。
日本は世界的に高いR&D支出を費やしています。
世界で最も多くの特許を出願している国の1つです(g)。
現時点では衰退といった色は伺えません。
中国進出も産業特化という意味で、
日本企業の技術力に貢献したという見方もあります。
(g)米欧日の特許出願数世界シェア(2005年/OECD)
アメリカ 31.0%
日本 28.8%
EU 28.4%(独11.9% 仏4.7% 英3.0%)
韓国 6.0%
中国 0.8%
台湾 0.3%
雇用が心配という事であれば、日本の研究者の
雇用に現状ではトータルの減少傾向は見られません(h)。
といっても職業柄、研究者の雇用は安定でないかもしれませんが、
中国や韓国がなくても不安定な事には変わりありません。
(h)雇用1000人当たりの研究者数(OECD)
1985年 日本6.2 アメリカ7.3 EU-
1990年 日本7.4 アメリカ- EU-
1995年 日本8.3 アメリカ8.1 EU4.8
2000年 日本9.9 アメリカ9.3 EU5.2
2005年 日本11.0 アメリカ9.7 EU(2004年)5.8
中国に関しては、現時点では日本のエンジニアや
日本企業の技術とほとんど競合していません。
むしろ、需要を拡大して、
日本のエンジニアにチャンスを作っている面もあります。
中国は依然貧しい国で、高度な技術力を持つ企業は少ないです。
まだまだ、基幹部品は作らず輸入する方向性です。
中国から世界への輸出額が増えるほど、
日本や他の地域からのハイテク部品の輸入額が増えます。
ただ中国企業は、部品を汎用化して低コストにするという、
日本企業とは異なった方面の技術開発を行っています。
中国は人材面では頭の切れる人間は多く、
アメリカの著名な大学院、ハイテク企業でも、
中国系エンジニアの人材が欠かせません。
将来的にそれなりに技術開発に貢献する可能性はありますが、
現在のところインフラ・制度・環境面が優れない状況です。
韓国や台湾に関しては、中国とは全く状況が異なります。
韓国や台湾は一昔前のイメージのような遅れた国ではありません。
最近の大学進学率・大学院進学率は日本以上で、
PISAなどの国際テストも日本の成績以上、
相当大きい額のR&D支出を計上しています。
留学経験を持った国際性のある人材も多ければ、
台湾には優良なベンチャー企業が日本よりもたくさんあります。
…といっても現時点では対日貿易赤字が大きく、
それなりに各国は大きい課題は抱えているのですが、
長期的には日本に近い水準を確保できるようになる可能性も
排除はできないとは思われます。
長期的には韓国や台湾は非常に豊かな地域になる可能性はありますが、
これが日本経済に対して負の影響を与えるわけではなく、
プラスの経済効果を与える可能性もあります。
お礼
回答ありがとうございます。 善意の回答で成り立っている教えてgooで、これほど詳しいデータのある回答をいただけるとは思ってもおらず、感激しております。 これほど詳しい回答が出来るというのは、よほど経済に詳しい方なのでしょうか。 仰るとおり、経済は単純な足し算引き算で計れるものではないのですね。 日本の技術としてではなく、人類すべてに貢献出来るグローバルな技術と考えられればよいのですが・・。 まだまだ若輩者なので、どうしても競争心が出てしまうようです。 それでも、この回答をいただけたおかげで心が軽くなった気がします。 ありがとうございました。