こんにちは。家具職人(三十歳代)です。
>本当にやりたい事を探すと言いバイトの掛け持ちで学費を親に返しましたがやりたい事がわかりません。
偉いですね。もし、私が質問者様の立場であったならば、親に払わせたままにしてしまうと思います。
これは質問者様の大きな『長所』だと思います。
>私は女の19歳のフリ-タ-です。小さい時から飽き性で習い事も続いたことがありません。
質問者様は、もしかすると『器用すぎる』のかもしれません。器用すぎる人というのは、物事をすぐに理解してしまったりして、『深く(真に)理解していないのに理解した(わかった)つもり』になり、飽きやすいのだそうです。
私自身のことを書いてみます。
私は、ものづくりが物心ついた頃から好きでした。ですが、その頃から手先は不器用です。作業の段取りもうまくできませんでした。
私は、ものづくりを物心ついた頃に独学ではじめました。
好きなものは、見つけるものというより、『好きなもの』がこちら(自分自身に)に向かって走ってくるようなものだと思います。強い力で、磁石がお互いに吸い付き合うようなイメージです。
必死になってこちらから(自分自身から)見つけに行くもの、というより、素直な(自分自身に正直な、物事をありのままに見る、認める)心で日々過ごしていると多分見つかると思います。
きっかけを見つけに遠くに出かける、というより、幼少の頃から、数限りなく経験している『自身の日常生活』を注意深く、素直な心で観察することが有益だと思います。
『素直な心』は、無邪気な心、と言っても良いかもしれません。あるいは、損得抜きにして楽しむ心、とも言えるように思っています。
例えば「すごく好きなもの、やりたいものはあるけれど、こんな趣味持っていたって、将来お金になりはしないだろうな・・・」と思うことは、素直な(自分自身に正直な、物事をありのままに見る、認める)心で、物事を見ていないことになると思います。
少しだけ私自身のことを書いてみます。
私は、家具を造っています。生活に困らないお金は稼げますが、儲かりません。
好きな仕事なので、『仕事=遊び』なので、ストレスがなく、一日中仕事をしていても疲れません。気晴らしや趣味が不要なので、レジャー費用、お小遣いも不要です(タバコ代くらいです)。仕事をしているときが一番精神が安定しています。1日16時間作業をします。食事は、一回につき15分くらいです。昼休みもありません(というか、休みたいという発想自体ないのです)。タバコを1,2本吸うだけです。休みは正月くらいです。でも休みたいとは思いません。『仕事=遊び』なので、仕事をしないことは、楽しみを失うことと同じことと感じるからです。
周囲の人は「あんなに細かい気の遠くなる作業をコツコツとし続けるなんて、なんとまじめな人なんだろう」と褒めてくれます。私もそう思います(笑)。ですが、興味のないことは、どんなに長くても一、二年しか続きませんでした。
「山高ければ、谷また深し」と言います。ひとつのものにだけ向いている人というのは、その他のものには、まったく向いていないということを意味しているのかな、と思います。今は、手先もそれなりに器用になりましたが、その他のすべて(生き方そのもの)が『不器用』です。
私も質問者様と同じで、三日坊主でやめてしまったものが沢山あります。いくつか国家資格も取得してみたり、服飾の専門学校へも行きましたが、そのときは『素直な心』でなかったのだと思います(無意識のうちに、服飾デザイナーは、ものづくりの仕事であり、かつ実力があれば高収入が見込めると考え、無理やり『好き』になってしまっていたのだと、今は考えています)。
『素直な心』でものを見るようにクセをつけると、純粋に何がしたいかが少しづつ見えてきました。将来のこと(給与水準など)や他人の目(世間の目)を気にしていると、自分自身の正直な気持ち(素直な心)を探ることができにくくなり、知らず知らずのうちに自分で自分をだますことにもなりかねないと思います。
自分に素直になることをおすすめします。自分に素直になることで、自分の心の底からの声を聞きやすくなると思います。
また、自身に向いた将来の職業を見つけるヒントは、どちらかというと、自身の身の周りにあることが多いと思います。
両親、祖父母、さらに遠い先祖がどのようなな職業に就いていたかも、非常に重要な判断材料だと思います。
是非、楽しみながら人生を送れるようになってみてください。
お礼
回答ありがとうございます。 そうなんですか??!それはビックリしました;; はい。その気持ちを持って行こうと思います。