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公立学校で日の丸・君が代に反対する教師
民間の会社だったら、自分の社旗社歌を確信犯的に侮辱する社員はおそらくクビもしくはそれに近い処分になるでしょうが いやしくも公務員として親方日の丸でメシを食っている人間のくせして 日の丸君が代に確信犯的に反対するのはなんか矛盾しているんじゃないか?と思うのですが。 もちろん私立校には各校独自の方針があるでしょうから宗教観などの観点から学校の方針として日の丸に反対しようと何らかまわないと個人的に思います、 ただ、アジア侵略のシンボルだからとかいろいろ言い分はあると思いますが、自分の雇い主のシンボルがどうしても気に入らないなら公務員辞めればいいのに、辞めてから文句言えよと思います。 もっとも日の丸に反対してもせいぜい注意・戒告の処分程度で、クビにされて職を失うほどのきつい処分にされるとまでは思ってないから反対できるんでしょうが。 民間の感覚とのズレを感じてしまいます。 公務員のくせになまいきだぞ と感じます。 できれば公立校で勤務されている方のご回答がいただければと思います。
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>せせら笑われ、ののしられることが、もしかしたらあるかもしれないなどと考えてみたことはあるのでしょうか? 多くの反対派表明教員は、自分の主張に自信を持っています。 同時に、厳しい処分に苦しめられています。 子ども達が理解してくれて励まされることもあります。 逆に、子ども達に十分理解されずにつらい思いを抱いた経験も珍しくありません。 ですから、この御質問には「考えざるを得ない場合が多い」と回答しておきます。 反対の理由も、そして反対することによる苦難も、現在の大きな政治の流れにつながっています。 「日本の戦争責任を自覚するのは国益に反する」という主張が近年無視できない支持を得ているように感じます。 中国を刺激してまでの靖国参拝、教育基本法の改訂、憲法改定への動き、などなども合わせて考えると、今の政府が歯止めなく軍国化しようと動いていることはまちがいないと考えています。 すべての日の丸君が代反対派が全く同じ事を考えるわけではないことはあらかじめ申し上げておきたいと思います。 また、メディアでは過激な方々だけを取り上げて否定的に報道するケースが多いように感じます。 その上で、あえてわかりやすく反対派教員の心情を代表させるならば、次のようなことでしょう。 平和が続いて、自分たちの教え子にあたる後の世代から 「非常識きわまりない最悪の世代だったな!!」と言われるなら、 それは喜ばしいことである。 今、戦争に向かって進んでいることを 広く知ってもらうことができないことはつらいことである。 そして、反対意見を表明する者が少ないばかりに、 「何故戦争に自分たちから巻き込まれていったんだ!」 と責められることは何としても避けたい。 「子どものため」が言い訳に聞こえるという方々は少なくないのでしょう。 しかし、それが当たっている場合だけではないということは御理解いただきたいと思っています。 生徒・保護者への強制の始まりはそれを物語っていると考えていますが、いかがでしょうか。
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- w_Ishihara
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>民間の感覚と書いたのは、たとえば、某財閥グループ中枢の会社の社員が、 >「当社グループは財閥として戦争に積極的に加担した!当社の社旗社歌は >容認できない!」などと主張したら即刻懲戒処分でしょうしそういう主張を >する社員がいたと聞いたことがありません。 >そういう面で矛盾しているのではないかと感じます。 国際的な展開をしていくような大企業であれば、社員に言われるまでもなくそのような歌は歌わないようにしないとその企業は生き残っていけません。 東亜国内航空が国際線を開設するにあたって社名を変更して日本エアシステムになりました。東亜の言葉を近隣諸国で使うわけにはいかなかったからです。 民間企業だからこそ、周辺諸国の感情に敏感です。非民間であるからこそ周辺諸国の人にとって無神経な歌が生き残っているのだと思います。君が代肯定派に共通していえるのは相手の気持ちを思いやる心のないことだと思います。 袈裟論は説得力あるし、卒業式でのごたごたは戦術としてどうかとは思いますけどね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 卒業式のごたごたは見ていて非常に見苦しいです。 反対派教師にさほど感化されていない、はっきりいってそんなことはどうでもいいと思っている関心のない多数派であろう生徒たちからすれば、後に「卒業式に日の丸反対でギャーギャーいう先公がいてカッコ悪かったな」と語るでしょう。
- Karinpapa
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ANo7です。確かに、国旗国歌反対即クビということになれば、ほとんどの人は反対できないでしょう。家族の生活がかかっているからです。民間では大勢いるのですか? 収入がなくなり家族が路頭に迷う、しかも再就職先がないような状態になるのがわかっていて、それでも社歌社旗、社の方針に対立する人は。(ごく珍しい例は除いて) それに公務員は失業保険ないですからね、クビになると即収入がゼロになってしまうわけです。 民間の場合、基本的に会社の利益と個人の利益から成立する契約関係だと思います。だから、会社の利益が損なわれる場合、クビにするでしょうし、個人の利益が確保できない場合は自分から辞めていくでしょう。会社と社員は共に団結して大きくなっていこう、という発想が原点にあるのではないでしょうか。ここが教職員とは違う点ですね。 なお国歌国旗に反対している公務員のほとんどは教職員です。そして教師を志す人のほとんどは、国や自治体に奉仕したいから、ということではないでしょう。誰に雇われている、といった意識は確かに低いかも知れません。そして、教職員の本分は、国や自治体に忠誠を誓うことではなく、目の前の子供たちをいかに育てるか、ということにある、という信念もあるでしょう。 なお、自分の信念を曲げずに、免職覚悟で、自分の考えを貫き通す人もいますよ。不審者が入ってきた時に、身体を張って生徒を守り、結果殺されてしまった人もいますよ。公務員が民間に比べて覚悟が足りないのではないか、というご指摘には、こういう理由から同意しかねる、ということです。要するに、覚悟のできてない人は、民間でも公務員でもいるのではないでしょうか。
お礼
再びのご回答ありがとうございます。 公務員の職種でも反対派は教職の方が多数だとは知りませんでした。
- Karinpapa
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私は公立学校で勤務しておりますが、国旗国歌は肯定派です。 個人的な意見になりますが、日教組の「二度と教え子を戦地に送るな」というスローガンはいいとは思いますが、戦争のイメージと国旗国歌を過剰に結びつけるのは同意できません。戦争は「人」が起こしたことであって、国旗や国歌が起こしたわけではありません。言い換えれば、あの戦争に、愛国心の象徴として国旗国歌が「利用」されていただけだと考えます。坊主憎けりゃ袈裟まで・・・の類ですが、袈裟だけ憎んでも何も解決しないでしょう。 そして卒業式などで国旗不掲揚、国歌不起立など、思想はともかく、はっきり言って見苦しいです。卒業式は子供のためのもの、とか組合側は主張しますが、組合の思想を押しつけることもまた、子供不在の行為です。事前の打ち合わせで意見を主張することは構いませんが、当日になってジタバタするのはハッキリ言ってやめてほしいですね。国旗や国歌の妥当性云々より、その見苦しいシーンが卒業生や保護者の記憶に残るだけです。 なお、国旗国歌の問題については上に書いた通りですが、国や地方公共団体側が現場のことを無視した無理難題を押しつけてくることもないとは言えません。これが本当に子供のためにならない、と思ったら、意見を言っても構わないでしょう。公務員にだって思想信条の自由はあります。公務員だから、個人的な意見、思想を全て封殺しなきゃいけないとは思いません。ですがガマンしなくてはいけないことはある、と思います。それは公務員という立場上仕方ないことでしょう。 まあ、お上の言うことを疑いもせずに盲従し実行するだけの公務員しかいなかったら、それはそれで怖いですね。今よりもはるかに恐ろしい国になるのは間違いないと思います。ですから、最近よく叩かれている日教組にも存在意義はあると思いますよ。私は脱退しましたが。 なお、あなたの「公務員のくせに」という表現に、公務員に対する偏見が表れています。国や地方に奉仕する職業であり、個人の利益よりも公共の利益というものを考えなくてはいけないのは確かですが、全ての公務員に対して同じ物差しで偏見を持たれているようですね。民間は公務員よりずっと厳しい環境で働いているんだ、ぬるま湯につかっているような公務員はつべこべ言わず黙って働け!というようなことでしょうか。公務員が甘えているんじゃないかという点について完全に否定できるとは思いませんが、どちらも大切な仕事ではありませんか。地位や身分の上下はありません。あなたの書き込みが、最近逆風に立たされている教師に対してのバッシング目的ではないのだとすれば、ぜひこのような場だけではなく、あなたの近くにいる公務員と直接お会いになってみることをお勧めします。あなたが今まで知らなかった事情や考え方もわかるでしょう。
お礼
表現が不適切で申し訳ありませんでした 個人的に、反対派の教師は自分がおおっぴらに反対してみせることで 暗に黙示的に生徒に「反対の強制」をしているような気がします。 不快になられると思いますが、公務員の方は自分の社旗社歌に反対してもたぶんクビになることはないと知っているから反対しているのではないでしょうか。もし服務規程が強化され国旗国歌に反対するとクビ!とする規定にもしなったとしたら、猛反発は予想されますが国旗国歌におおっぴらに反対する人は減るだろうと思います。 やはり自分の職を失うのは恐いでしょうから。 民間の感覚と書いたのは、たとえば、某財閥グループ中枢の会社の社員が、「当社グループは財閥として戦争に積極的に加担した!当社の社旗社歌は容認できない!」などと主張したら即刻懲戒処分でしょうしそういう主張をする社員がいたと聞いたことがありません。 そういう面で矛盾しているのではないかと感じます。
- 100siki
- ベストアンサー率8% (7/82)
公務員への差別発言はやめたほうがいいのではないでしょうか? 妻の両親は教師で日教組です。 もちろん、国歌斉唱と国旗掲揚に反対の立場です。 思想は「もう二度と教え子を戦地に向かわせないこと」です。 公立の教師だからこその主張で、運動だと思います。 侮辱しているわけではありません。 その歴史を二度と繰り返してはいけないと思ってのことでしょう。 だいたい、戦後再び卒業式や入学式に国歌・国旗が出てきたのは、 ごく最近のことですよ。 制定されたのも、それほど歴史がないですしね。
お礼
表現が不適切で申し訳ありませんでした
- ANASTASIAK
- ベストアンサー率19% (658/3306)
どうも、拝読していると、日の丸に起立もしない、君が代は口を 開くのもいやだという人は「強制されている」というのがその 理由らしい。それと戦争アレルギー。日本はどうしてこんなに 情けない人間が多くなってしまったのかとまったく嘆かわしい。 日本はこれからも戦争をしますよ。今はアメリカに押し付けられ た9条で平和だなんだといっているけれども、まっとうな憲法で はない。イラクに行って、敵が撃ってきたら発砲できるのか、と 国会で大マジメで議論している。バ○じゃないの、といいたい。 国家主権を守るためには死ぬ気で戦わなければならないでしょう。 そのときには、国民は動員されるんですよ。オレは国旗には起立 しないなんてガキのようなことは言ってられない。日本を愛して この国の国民としてアイデンティティを持っていれば当然のこと です。 それから、会社を辞める問題。公務員にはいくら説明しても分か らない。いちど民間で働いて、仕事の喜びや強制や自由を味わわ ない人間にはムリ。民間の会社でやっている人間はいつでも辞表 を内ポケットに入れて仕事しているんだ。国旗や国家に敬意をは らえない公務員はもちろん公務員であることを辞めるべきだ。
お礼
ありがとうございます
- Isamu_S
- ベストアンサー率21% (25/116)
なにやら公の場に相応しくない表現がありますが・・・ 公務員は「公僕の身=広く公衆に奉仕する者」なのです。 よって、公務員は国もしくは地域のために仕事をするということで、その仕事内容を個人の思想や想いで曲げて勝手な仕事をしてはならないわけです。 そのために法律や条令などがあるわけで、これに反するのであれば処分されるのは当たり前で、それがいやなら辞めていただきたい。(すぐに私立の学校が見つかるか否かの問題ではない、そんな人間に公益性はないのだから不要なだけ) これななにも日の丸君が代問題に限らず公務員としての仕事全般に言えることです。 また、日の丸を国旗とし、君が代を国歌と規定して国民がこれを運用することに何が悪いのでしょうか? 多くの国で、国威発揚のために国旗、国歌に敬意を表していますよね。サッカーでも野球でもスポーツの世界ではメインポールに揚がる日の丸を見ながら君が代を歌う姿に感動して、アスリートはそれを目指しているのではないでしょうか? 確かに戦争にも同じように使うことができるでしょう。 それがあり得ることであり、ありえない事でもあるのではないでしょうか? それなら、未来に向かって日の丸、君が代で国民が一丸となって新たな世界を切り開く方になんで考えが向かないのでしょうか? 過去にどのようなことを組織的に刷り込まれたかはしりませんが、教育の場がこのような状況ではいまの荒んだ学校を変えることはできないのでしょうね。
お礼
ありがとうございます。 表現が不適切な部分は反省いたします
- kiyocchi50
- ベストアンサー率28% (456/1607)
私は、別に日の丸、君が代が大嫌いな訳ではありませんが、やはり「強制させる」という所に問題があると思っています。 アジア侵略のシンボルだから、ではなく、戦争へ国民を日の丸のもとで導いて行ったのは事実で、お上、つまり日の丸に逆らうような奴は「クビ」ではなく「処刑」だったのです。 現代ではあり得ませんか? どうしてそんな事がわかるでしょうか。 さて、よく「気に入らないなら辞めればいいじゃないか」と簡単に口にする人がいます。職業を辞めるという事が何を意味するかお分かりでしょう。辞めてからすぐに私立に就職できるとおもいますか? そんなに簡単に言うべきではありません。 同じ論理でいえば、日本の政府に不満があるやつは日本国民を辞めてから文句を言え、という事です。日本国民である以上、国に守られ非常に大きな恩恵を国から受けているわけですから。国民主権とは言いますが、現実的にはそういうことです。 それと、公立学校は雇い主は国ではないと思いますが。
お礼
そういう見方もありますね、ありがとございます。 ただ、公立校の雇い主は各自治体ではあると思いますが、 公共体ということで、最終的な雇い主のボスは国だと思いますが
- mojitto
- ベストアンサー率21% (945/4353)
公務員が生意気がどうかは別として… 例えばこう考えてはどうでしょう。 某通販番組(ジャパ○ット ●カ●)で観客がいたとしましょう。 (あの番組には観客はいませんが…) オープニングテーマの「♪北の街から、南の街まで、素敵な夢を…」なんて観客が合唱していたら違和感を感じませんか? 一方、某番組(2●時間テレビ 愛は(以下略))は、サ○イをみんなで大合唱します。 卒業式の君が代は前者(社歌のようなテーマ曲)、蛍の光は後者と同じ(思いをひとつにする曲 (建前上でも)みなの総意で歌われる曲)ではないでしょうか。 卒業式は生徒のためにするものです。それにも関わらず先生が生徒に社歌(君が代)を歌わせるのは変ではないですか? 社長、客に社歌を歌わせるのは間違いじゃないですか…と進言することは生意気ではありません。 君が代は天皇への忠誠への歌と解釈しようと思えばできます。民間で言えば「♪売上倍増、業務拡大」と客に歌わせるようなものですから。
お礼
ありがとうございます ただ、社歌というのは会社内のもので対外的なものではないから 「北のまちから・・」の歌と、社内組織のための社歌はたぶんちがうと思うのですが
公務員のくせに生意気かはともかく、質問者さまの意見には同意します。 >>できれば公立校で勤務されている方のご回答がいただければと思います。 私はまだ学生なのですが、この件に関して公務員経験者の言い分を聞いた事があるのでそれを書きます。 その方曰く「公務員が忠誠を誓うのは憲法に対してであって、政府や日の丸、君が代に対してではない」のだそうです。その方が仰るには、これは自分の勝手な言い分ではなく研修で教えられた事なのだそうです。 伝聞なので反論されても答えられませんが(それに、私は彼の意見には同意も納得もしていません)、一つの根拠(言い訳)として参考にして下さい。
お礼
なるほど、研修でそう教えられているのなら、ある程度理解できました ありがとうございます
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お礼
ありがとうございました。 反対されている方の信念や趣旨はよくわかりました。 その平和に対する想いはリスペクトすべきものと感じました。 わたしの表現で不快な思いさせ大変申し訳ありませんでした。 もう一点だけ質問させていただきたいのですが、反対派の方はもし 日の丸がドイツのように新たな国旗となり、「さくらさくら」などの だれが聴いても心地いいみなが歌いたくなるような、万人うけする国歌に変更され、戦前の象徴である日の丸と君が代が、新国旗国歌に変更されたとしても、国旗国歌は国家に対する忠誠心を植えつけるものとして反対するのでしょうか? これは反対派の方でも意見が分かれるところかもしれませんが 回答者さまのご意見をいただければと思います。 以下はわたしの個人的なまとめとしての考えなのですが、人間あるいは社会心理として、誰でも人は、自分の属する組織に帰属心というか自分の属する学校や職場、サークル、会合などを良く思いたいという心理はあると思います。 たとえばわたしは自分の大学の校旗の色や、校歌がすごく好きで、飲み会などで仲間たちとよく口ずさむことがあり強い愛校心があります。 たしかに国家という巨大組織に求心的に帰属心を持たせることは危険な面があるというのは歴史が証明していますが、いまの日本は中国や韓国から戦時の戦争犯罪を詰問され、政治団体など特殊な人間を除き、一般大衆は愛国心をおおっぴらに表明することはなんとなく引け目を感じるあるいはカッコ悪いという表面的な意識があり前であまり人前で表立って愛国的な言動・行動はしないのではないかと思います。ただ、愛国心・自分の国を良く思いたいという隠れた潜在的にある日本人の意識は、人間の社会心理のうえでは、どうしても止めることができないではないかなという感じがします。