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「段返り」の謂れ

アメリカスーツでよく使われる「3つボタン段返り」ですが、この「段返り」をする謂れというのはあるんですか? 例えば3つボタンなら「3つボタン中1つかけ」でもいいわけですし、Vゾーンを広くしたいなら「2つボタン」でもいいですし。 わざわざ「段返り」という手間のかかるディテールをしつらえてまで3つボタンにする謂れはあるんですか? よくアメリカスーツは「大量生産に向くようにディテールを簡略化したスーツ」と言われますが、この「段返り」はその「簡略化」の流れから考えると妙に手間がかかるように思えるのですが(それなら普通に2つボタンにしちゃえばいいと思うんですが)。 「簡略化」されたアメリカスーツで、わざわざ手間をかけてまで「段返り」にするってことは、その「段返り」には何かしら重要な謂れがあるんでしょうか?

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noname#29140
noname#29140
回答No.1

アメリカントラデショナルのコンセプト、哲学はアメリカのプラグマティズムにあると言えます。テイラーリングにおける精神的なふるさとをかつての宗主国 英国またはイタリア、フランスなどにおきながらも、より日常の使用に向いたつくりとし、つまり仕立てをより柔らかく、軽く、着心地をソフトにものに、英語で言えば‘comfort"がkey wordとなっているのです。 よく英国、イタリア、アメリカなどとデザイン、技術を国柄などと同様に違ったものとして日本人は認識していますが、こと洋服においてはそれは間違っています。 一応アメリカは 日本では、キリスト教プロテスタントの国ということになっていますが、テイラーリングにおいては、歴史的にはユダヤ人とイタリア人の世話になりっぱなしでした。 はっきり言えば、アメリカントラディショナルとは、彼らユダヤ人や、イタリア人つまり、ユダヤ教やカトリックを信じる、異教徒たちによって、技術的な礎が造られたものと言っても過言ではないのです。 かつてのイタリアには、家内制手工業のテーラリングシステムは存在しても、工場制手工業の量産型テーラリングシステムは 存在しませんでした。 日本でクラシコ イタリアなどと呼ばれている服のほとんどは、戦後 職を求めてアメリカに移民したユダヤ人、敗戦国イタリア人技術者が、工場にてハンドを生かしながら高級紳士服を量産するシステムを作り上げ、そしてベトナム戦争後の不景気のさなかに 本国へ帰ることによって持ち帰ったものなのです。 従って当初より、彼らのターゲットは北米市場であったわけです。 より端的に言えば、サビルローとナポリのカサルヌオボとニューヨークの技術レベルの水脈は ずっと地下でつながってきているのです。 さて、背広服、つまりスーツのルーツは 18世紀後半から19世紀にかけて発展した英国貴族の乗馬服と軍服にあります。どちらも詰襟の服で、現代のスーツは、これらの服をいかに快適に着れるかということを目指して進歩して来ました。 その過程を はしょって説明すればこうなります。まず、ホックをはずし、そして第一ボタンをはずすと、残りは四つボタンになります。 それでもキツイ場合、もうひとつボタンをはずすと、胸周りはぐっと楽になり、そして残りは三つボタンになります。これがイングリッシュのトラデションである、3つボタンの服の起こりになります。 但し、実際は、仮にスーツの上着のサイズが適切なものであったとすると、おへその指1、2本上の位置にて ボタンを留めるのが、着る人のプロポーションをもっとも引き立て、シルエットもナチュラルになると言われています。この位置は、ずばりナチュラル ウエストと言って、人間の上半身にてもっとも寸法の小さいところであ ります。そしてボタンの位置がナチュラルウエストの位置まで返ることによって、それまでになかったリラックス感も表現出来るようになったのです。 それから 大切なことは服地の立体感、つまり陰影です。 ボタンダウンシャツのロール、タイのディンプル、そして衿のロールが作り出す、自然界に存在する3つの異なる素材の作り出す陰影、光と影のハーモニー。これこそアメリカントラディショナルのテイラリングの美しさと言ってよく、着る人の人間性により深みを与えるのです。  ヨーロッパは、いまだ階級社会であって、アメリカは そうではないと言う日本の人がいますが、決してそんなことはありません。アメリカは、立派な階級社会です。 ただ、ヨーロッパと違うところは、たとえ生まれは いやしくても 後で逆転が可能なところにあります。即ちアメリカンドリームです。 三つボタン段返りの服は、三つボタンであることをキープすることによって、その服のルーツが、ヨーロッパ、英国貴族とつながっていることを示しているわけですが、同時に第一ボタンをロールダウン、即ち段返りとすることによって、ヨーロッパの伝統的3つボタンとは違う、アメリカ独特の味わいを出しているのです。 ボタンダウンもそうですが、柔らかさ、comfortがキーワードで、言わば、こうした考え方は、ラグビーに対するアメリカンフットボールのようなものと言っていいかもしれません。 その他、段返りの特徴としては、第一ボタンのボタン穴を最初から掛けずに、わざと前から見えるようにしているため、第一ボタンの穴のみ、他のボタンとは反対側を表として 穴をかがるようになっています。注意して見てください。 ご存知かと思いますが、イタリア人も段返りが大好きです。理由は前述したように、もともとアメリカントラディショナルは、イタリア人とユダヤ人の技術者が作り上げたものだ、ということで、その意味でクラシコ イタリアの元祖であったということも言えるのです。 それから、もっと大きな話として、スーツなど、相手に対してある種の緊張感を与えるような服を、あたかもパジャマのように気軽に着てしまう。 彼らの考える男服のエレガンスとは、まさにこういった精神的な優位さを表現するところにあると言え、三つボタン段返りこそは、この精神性を訴求するのにうってつけのデザインと言えるのです。 最後に、アメリカントラデショナルの服は、量産を目的としているからと言って、決して手抜きの服ではなく、特にオックスフォード社の服は、既製服であっても世界一手がこんだ服であるとも言われています。

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